第34話 ソルスの料理屋
『出立は明朝8時です。準備を整えてギルド玄関ホールまで来るように。今日はここまでです――』
メルリアからはそう告げられて、ギルドを出てきた。
「ルイ、そのう、こ、これからもよろしくお願いします!!」
ユーヒは、そう言って、ルイジェンに腰が二つに折れるぐらいに頭を下げる。
「や、やめろ! 今更改めてなんだよ!? そういうのはいいから、これまで通りでたのむ」
ルイジェンも気恥ずかしくてまともにユーヒが見られない。こちらはユーヒに
なんとなく気まずい空気を漂わせる二人――。
だが、いつまでもギルドの玄関前の路上で突っ立ているわけにもいかない。
「そのう、なんだ、まあ、気にするな。こんな
「こんな
「ば、ばか! そこは軽く流すところだろ! 俺は精霊族の血が濃いから、そのう、なんだ、人間の女のようには見えないって話だろ! それ以上言うとホントに怒るからな!」
「え? ああ、胸とか尻とかってこと――」
ぱかーん!!
「~~~~~~! つ――! ひどいな! それで叩くのはやめてくれ、結構いたいんだぞ!!」
ルイジェンがツンと上向いて、腰に鞘付きの剣を戻しているのを見やりながら、ユーヒが抗議する。
「言うなと言っただろ! もういい! そんなことより、俺は腹が減ってるんだ! 今日は第一目標達成記念報酬ということで、それなりのものをご馳走してもらうからな!」
「わかったよ。それで? どこかいい店しってるのか?」
「それなんだがな――」
結局二人は連れ立って歩く。ギルド前の通りは東西に延びていて、東に行けばソードウェーブの港、西へ行けばソードウェーブ城砦がある。
二人は港から離れる方向、つまり西へ向かって少し歩く。そうして、城砦までに辿り着く前に右折して北へと向かった。
ユーヒは自身の物語の記憶をたどる。
たしか、こちら方面には、旧ソルス地区が存在しているはずだと思い出す。
そもそも、ソードウェーブの街は、存在しなかった。
ルシアスがこの地域を公領として王から受領した時に、旧ソルスの町と、海岸線の間に港町を建て、新しい街を造成したのがソードウェーブである。
そこから街並みも徐々に拡充されてゆき、城砦も建築され、現在のソードウェーブの基礎となった。
「この先のソルス地区に、美味いチーズ専門店があってだな……」
ルイジェンはどうやらすでに目星をつけていたようだ。
彼、あ、いや彼女の食事に対する目利きは相当のものだということをこれまで共に旅してきたユーヒはよく知っている。
彼女に任せておけば、美味しい食事にありつけることはもう疑わなくなっている。
それに、値段についてもそれほど高価なものを要求してこない。
それなりに手ごろで、なおかつ充分すぎるほどにおいしいものをよく知っているのだ。
彼女が実力に比して冒険者ランクが低めなのは、もしかしたら、こういう事に時間を使ってきたからかもしれないなと、うがった見方をしてしまいそうになる。
ソルス――。
そこは、
農夫の息子だった少年アルバート・テルドールと、背中に大剣を背負った風変わりな黒革鎧の剣士ルシアス・ヴォルト・ヴィントの運命的な出会いから物語は始まったのだ。
感慨深いものがあるな――。
ユーヒはそう思いながらルイジェンの隣を歩く。
ルイジェンが道すがら、その料理屋の紹介をしてくれている。本当に彼女は食べ道楽なのだなと改めて思うユーヒだった。
しばらく歩いてゆくと、少しずつ家もまばらになり、古き良き牧歌的な風景が広がる農村風景へと変わってゆく。
少し日が傾いて来て、二人の左手から照らす日の光が、遠く東の眼下に広がる東の大海を照らしている。
ここってこんな丘の上だったんだ――。
そこまで細かい設定をしたわけではなかったから、意外な事実に心を揺さぶられることが多いことも、この世界に来てからよく経験している。
「お! 見えてきたぜ? あの料理屋だ――」
ルイジェンが、丘の上の方を指さして言った。
完全に日は落ちていないが、すでに門扉や塀には篝火がたかれている一軒の料理屋と思われる建物が目に入る。
ほどなく、その料理屋の扉を開くルイジェン。その後について入るユーヒ。
建物の感じからそれほどの広さはないと思っていた通り、店内は大した広さではなかったが、いわゆる一般家庭の木造りの家は、この世界に来てからそれほど見ていなかったから、ユーヒには新鮮だった。
「へえ、かわいらしい造りだね? なんか、みんなちっさい――」
天井が低いため、圧迫感はあるが、その分、テーブルや椅子も小ぶりで、バランスはいい。店員の案内に従って席に着くと、店内が見渡せて、これはこれで結構落ち着く。
「すいません。チーズフォンデュ二人前と、ピッツァ・ピッコリーナの中サイズを一枚、あと、葡萄酒を二つジョッキで――」
と、手慣れた様子でルイジェンが注文をする。
結局、この日も、ルイジェンの選んだ料理に満足したユーヒは、美味しいチーズと葡萄酒を心行くまで堪能することになるのだった。
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