第14話 命を奪うということ


「ユーヒ! とにかく、自分のことだけ考えろ! 俺のことは気にするな――」

「言われなくたって、そのつもりだよ! 僕には君のことなんて見てる余裕はないからね!」


 互いにそう声を掛け合うと、二人は自身の腰の剣を抜く。


 なんども言うのは恐縮だが、ルイジェンは銀級冒険者シルバープレートだ。街道で出会う魔物程度は朝飯前でさばける実力者だから何も心配はない。

 が、ユーヒがいるとなると話は変わる。銅級冒険者カッパープレートであるユーヒにとっては、相手次第では一対一ですら手に余るのだ。


 街道わきの草むらから現れたのは、小さい子供のような影――。手脚はひょろりと長く、背は低い。


「な!? 小鬼こおに――?」


 ユーヒはその登場に面食らった。夕日ユーヒの設定では小鬼(=ゴブリン)は基本的には迷宮内に出現するミニオン取り巻きだ。

 野外に現れるなど、あまり記憶になかった。あ、いや、そう言えば無いことはなかったなと思い返す。


「ゴブリンだ! こいつらはとにかくすばしっこいから、囲まれないように注意しろ!」

ルイジェンはそうユーヒに声を掛けると、目の前の2体ほどの首を瞬時に切り落とす。


「ああ、知ってる!」

言いながら、ユーヒは数歩後方に下がり、ルイジェンに近づきすぎないようにしながら、一体だけを引き連れて距離を取った。


 正面同士で相対する限り、警戒するのは相手の突撃攻撃だけだ。その場合、自分の体の中心線さえ守っていれば、そう簡単に致命傷を負うことはない。


(【コモウ】相手に散々痛い目に遭って練習したんだ――。一匹なら――)


 ユーヒは自身のショートソードを正面に構える。


 相手の刺突攻撃に合わせて突き出せば、リーチの長い分、こちらに分がある――。



ギギィ――!


 ユーヒに相対したゴブリンは、忌々しげに金切り声を上げる。

 初めて聞くその声は、やはり、気味が悪いというより、寒気さむけがすると言った方が適切だ。


 ユーヒは背筋に走る悪寒おかんをこらえながら、その時を待つ。

 相手が飛び込んできたら、相手のナイフが届く前に突き刺す。そこにだけ集中して――。


ギ、ギギィ――!!


 ついにゴブリンがこらえきれずに飛び込んでくる。

 ユーヒは相手の軌道をよく見て、その中心線に剣先を置くだけでいい――。


 ぐぇぇぇえええ……!!


 果たして、ゴブリンの身体、胸の中央あたりに剣先が吸い込まれてゆき、ゴブリンは断末魔の声を上げて、絶命した。


 ずさっと地面に落ちる音はまるでぼろきれのように軽かったが、この体格ならそれもそうかと思う。しかし、やはり、刺突攻撃の際の速度は、気を抜けるほどの余裕はなかった。


(やっぱ、速い――!!)


 今のは真正面から来てくれたおかげで、それほど苦労はなかったが、やはり、二匹以上に囲まれれば、一匹は何とかできてももう一匹の攻撃をかわすことは、今のユーヒにはかなり難易度が高い。


(囲まれたら、やられる――)


 素早く視線を移しながら、自分と周囲の位置関係を把握する。


 そうして、ユーヒは、2歩ほど、後ろに下がって距離を置いた。

 これで、ユーヒの正面に見えるゴブリンは一体のみになる。


 よし、この位置なら、と、改めて腰を落として構えを取るユーヒ。これに対し、自分に剣先を向けられたことを悟った正面のゴブリンが、ユーヒに向かって体を向ける。そして、やや腰を落とし、突撃態勢を取ると、すかさず、一気に距離を詰めてきた。


(次も――)


 さっきと同じことをやるだけだ。

 ユーヒは、剣先をゴブリンの体の中心へと合わせてその時を待つ。が、そこからそいつは驚愕の行動に動きを変えた。


 体を捻ったのだ――。


(え? なに? 体の中心が、見えない――?)


 ユーヒは一瞬焦る。【コモウ】は体を捻るなんて真似は出来ない――。が、コイツは「汎用型」だ。そう思えば、予測できるはずの行動だった――。


「く、うわぁ!」


 このまま、交錯したら、こちらの剣先は外れて、相手の剣先はこちらを捉えかねない。ここは、仕切り直さなければ――と、瞬時にそう判断したユーヒは、慌てて、横っ飛びに地面に身体を投げ出す。


 ゴロゴロと転がりながら、なんとか受け身を取り、膝立の態勢を取るユーヒ。これに対し、ゴブリンは既に突撃態勢を整えていた――。


 ギギィ――!!


 声を上げるなり即座に飛び込んでくるゴブリン。辛うじて手を放しはしなかったが、ユーヒの剣はまだ地面の上だ。


「う、うおおお!」


 ユーヒはそのまま、後ろ向きに背中から倒れこみながら、なんとか剣先を立てる。

 

 ゴブリンが飛び上がり、ユーヒと空の間に割って入って来たところに合わせて、剣先を突き出すユーヒ。


「やああ!」


と、掛け声一閃。ユーヒは空に向かって剣先を突き上げた。


 ドスリという鈍い音と、両腕にかかる微妙な重量が、まさしくゴブリンの身体に剣が突き刺さったことを物語る。


 その刺突部位から、大量に何かの液体がユーヒの顔目がけて降って来た。


(う、げぇ――なんなんだこれ――)


 まあ、考えるまでもないのだろうが、そのゴブリンはまだ絶命していなかったようで、ユーヒの上で、バタバタと身悶える。


(グ、グロい――)


 早く死んでくれ――と、必死で天に願う。

 ようやく動きがやんだと思ったら、急激に体にかかる荷重を感じた――。それはさっき地面に落ちた「ぼろきれ」とは全く違った感触だ。


 これが、「生き物を殺す」ということなのか、と、改めて体にのしかかる感触に身震いをするユーヒだった。

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