第16話 妹……だと⁉
カレンさんから頼まれた護衛の依頼を、俺は引き受けることにした。大金に目が眩んだわけじゃい。ただ、妹を大切に思う姉の優しさに心を打たれたからだ。
カレンさんの年齢が25歳だから、妹の年齢は多分20歳前後だろう。
新たな運命の予感を感じながら瞬く間に三日が過ぎ、約束の日を迎えた朝。
「風魔小太郎、妹さんをお迎えにあがりました!」
両手に抱えきれないほどの花束を手に、俺は満を持してカレンさんの自宅を訪れた。
程なくして扉の向こう側から物音がし、出てきたのはゆるふあ系の服を着たカレンさん。髪の毛もいつものお団子ヘアーじゃなく下ろしている。
うむ、さすがに自分の属性をよくわかっていらっしゃる。
カレンさんは耳に髪をかけながら、
「すみません。わざわざ自宅にまで来てもらって。ギルドの職員がギルドを通さず冒険者に依頼を出すのはNGなので」
「ええ、ええ、もちろんわかっておりますとも。──それで、護衛する妹さんはどいずこに?」
「え? 妹ならここにいますけど」
ここ? ここってどこさ。
俺の視界に映るのはカレンさんだけなんだが?
「ほら、ご挨拶しなさい」
そういうカレンさんの目線は明らかに下を向いている。
なんだろう。なんだかすごく嫌な予感がする。
胸に抱いていた花束を恐る恐るどかし、視線を下げるとそこには……。
「初めまして! お姉ちゃんの妹のプリシラです」
幼女だ!
幼女がおる!
「友達からはプリちゃんって呼ばれてます。もうすぐ6歳です」
「あ、こ、これはこれはどうもご丁寧に。自分は風魔小太郎と申します。20歳でしがないフリー冒険者をやっています」
異世界漫画でしか見たことのないカーテシーをするプリシラを見て、俺も慌ててお辞儀を返す。その様子をカレンさんがクスクスと笑って見ていた。
「それで、護衛対象の妹さんはいずこに?」
「え? コタロウさんの目の前にいるプリシラがそうですけど」
「ですよねー」
たったひとりの妹って言ってたしねー。
それにしても誰だよ。新たな運命の予感とか抜かしていたやつは。
俺だよ!
……いや、でもちょっと待て。長期的に考えれば、これもありなんじゃないのか?
例えば十年後、俺が30歳でプリシラは16歳……。
「っぶねーー! 危うくカレンさんにはめられるところだった。俺になんか恨みでもあんの?」
「ちょっと何を言ってるのかよくわからないんですけど……」
困惑した様子で俺を見ていたカレンさんが、急に慌て始めた。
「ひょっとして護衛が難しそうですか?」
「え? あ、そうじゃない。そうじゃなくて、どうしてこんな小さい子を星都まで送り届ける必要があるのかと思ってな」
「あ、そういうことですか」
カレンさんはホッとしたように息を吐く。
誤魔化すためにとっさに聞いてしまったが、俺にとっては護衛対象が幼女であろうが老女であろうが関係ない。大事なのは依頼を着実にこなすことであって、本来依頼理由など気にする必要も、また知る必要もない。
ま、何事も例外はあるけど。
「プリシラがどこぞのお姫様で、カレンさんがプリシラの侍従でプリシラを人知れず守っていたけど、敵対勢力に潜伏先がばれて星都に逃がす必要が出てきたっていう話なら、あらかじめ教えてくれると助かる」
「ものすごい想像しますね」
カレンさんが苦笑交じりで言う。
そう言われても登場人物を置き換えただけで、実際あったことだからなー。 あの時はほんと苦労した。
「──ちがうもん」
「え? なにが違うんだ?」
お姫様じゃないってことか?
プリシラは小さなほっぺをぷくりと膨らませて、
「プリシラじゃない、プリちゃん! 友達はプリちゃんって呼ぶってさっき教えたばっかりだよ!」
「お、おう。そこね」
どうやらプリシラは、俺のことを友達と思ってくれたらしい。
わーい、異世界に来て初めての友達ができたぞ。──幼女だけど。
「先にちゃんとお話しするべきでしたね。コタロウさんは星都にあるセントラル魔法学院を知ってますか?」
もちろん初耳なので首を横に振る。
「セントラル魔法学院は三大魔法学校の一つに数えられる名門校です。プリシラは最年少で試験を突破して入学を許可されました」
そういうことね。
どうやら余計な心配だったらしい。それでも警戒に越したことはないけど。
油断は慢心を呼び、慢心は死を呼ぶ。忍び界隈の常識だ。
「つまりプリ──ちゃんは将来有望な魔法使いの卵ってことか。そりゃすごいな」
俺が褒めると、カレンさんは普段の姿からは想像できない照れた笑みを見せてくる。きっと自慢の妹なんだろうな。
そのプリシラは、エヘンと胸を張っていた。
「じゃあプリ──ちゃんをその魔法学院に連れて行けばいいんだな?」
「え、さすがにそこまでしてもらうのは……」
「大事な妹なんだろ。大した手間じゃないし報酬もいいしな。それくらいはサービスしておくさ」
「はい! よろしくお願いします!」
プリシラに向き直ったカレンさんはその場で屈み、
「お姉ちゃんがいないからって、お菓子ばかり食べちゃ駄目だめよ。新しいお友達とは仲良くしなさい。それと、先生の言うことはちゃんと聞くこと。あとは──」
愛あるカレンさんの助言に、プリシラは一つ一つしっかりとうなずいていく。二人の関係がとても良好であることがわかる光景だ。
「──最後に、道中ちゃんとコタロウさんの言うことを聞くのよ」
「わかった! 立派な魔法使いになってお姉ちゃんを楽させてあげるからもうちょっとまっててね」
「バカね。お姉ちゃん苦労なんかしてないから」
「それでも楽させてあげるの。そうすればお姉ちゃんも安心して彼氏見つけられるでしょ?」
「もう、子供が余計な心配しなくていいの」
カレンさんはプリシラにささやかなデコピンをした。
「コタロウさん、妹のこと何卒よろしくお願いします」
「ああ、任せておけ」
カレンさんに勢いよく抱き着いたプリシラは、
「お姉ちゃん、行ってくるね」
「はい、行ってらっしゃい」
姉妹の感動的な別れをしばし堪能していると、カレンさんが思い出したように話しかけてきた。
「ところでその花束って何ですか?」
「……何だろうね?」
カレンさんの自宅を後にする。
積極的なプリシラに手を握られながらやってきたのは、街の中心から少し外れた場所にある
「コタロウ、もしかしてお馬さん借りるの?」
「歩いて行ける距離でもないしな。馬は苦手か?」
この異世界における主要交通機関は馬、もしくは馬車の二択。つまり馬が駄目ならあとは自分の脚でひたすら歩くことになる。だが、幼女が一日に歩ける距離なんてたかが知れている。
馬が苦手ならしゃーない。
多少は歩いてもらってあとはおぶるとしますか。
「苦手じゃないよ。ただ馬に乗ったことがないから」
「乗ったことがない? それって普通のことなのか?」
「んーともだちのミコちゃんとかルカちゃんとかはお馬さんに乗ってた。わたしも乗りたいってお姉ちゃんに頼んだら、危ないからもう少し大きくなったらねって言われたの」
なるほど、つまりカレンさんは重度のシスコンだと。
「お姉ちゃんに言わないで馬に乗ったらプリシラ怒られるかな?」
「俺が一緒に乗ってるんだ。怒ったりしないさ」
しないよな?
いくら重度のシスコンでも。
「やったー! プリシラすごく楽しみ!」
プリシラは目を輝かせながら、なんだかMPが吸い取られそうな踊りを披露していた。
「じゃあ、この馬を貸してくれ」
「まいどあり!」
前金でもらった50万のうちから10万を支払い、俺はスタミナに極振りした馬を選んだ。おかげで中々に痛い出費となったが、プリシラの安全を第一に考えるならこれも仕方のないことだ。
俺はプリシラを小脇に抱きかかえながら颯爽と馬にまたがった。
「うわあー! コタロウ高いね!」
無邪気にはしゃぐプリシラを自分の前に座らせ、
「じゃあ行くか」
「うん! しゅっぱーつ!」
元気なプリシラの声が空いっぱいに広がった。
▼
▼
星都ペンタリアまでの行程は八日間を予定していた。
「コタロウ、今日の晩御飯はなに?」
「さっき昼を済ませたばかりなのにもう晩御飯の心配か?」
「だってコタロウが作るご飯とってもおいしいんだもん」
「そっか、じゃあ気合を入れて作らないとな」
「うん! 気合いだ気合いだー!」
どこかで聞いたようなフレーズを口にするプリシラ。
旅は順調そのものだった。
獣魔に襲われるといったこともなくプリシラも素直に言うことを聞くとても良い子だったので、これで200万はさすがにもらいすぎじゃね? と鼻ホジしたほどである。
もし過去に戻ることができるのなら、あのときの自分をひっぱたいてやりたいと、心の底からそう思う。
プリシラは幼女だが、ただの幼女じゃない。最年少で有名な魔法学校の入学を許されるほどの逸材。そのことを思い知ったときにはすべてが遅かったのだから……。
「プリちゃん、朝だぞ」
「ん……おはよう」
プリシラは眠そうに目をこすりながら俺の膝の上にちょんと座る。俺は早速風魔忍法〝ウルトラスチームドライヤー〟を使ってプリシラの寝癖を丁寧に整えていく。
すっかり定着した朝のルーティンだ。
「コタロウの魔法ってすごく便利だけどすごく不思議だね」
「不思議? どこがだ?」
「だってコタロウからは全然魔力を感じないだもん。なのに魔法使ってるし」
プリシラが人形の髪の毛を
魔法じゃなく忍術だから感じないのも当然だけど……。
そういや蓮華に殺された中ボスが俺たちのことを〝魔なし〟って言ってたっけ。それと関係があったりするのか?
「なぁ、魔力って誰にでもあるもんなの?」
「うん、でもちゃんと魔法として使えるようになるには、才能と努力の両方が必要だってお姉ちゃんが言ってた」
なるほど。異世界定番の魔法といっても、誰も彼もが使えるって代物でもないのか……。
「じゃあ次の質問。相手の魔力って魔法を使えるやつなら誰でもわかるのか?」
「それはわかんなーい」
うん、即答ね。
ここまでの内容をまとめると、
魔力は誰でも持っている。ただし魔法を使うためには才能と努力が必要。
魔力感知はよくわからない、と。
自分たちに魔力がないのは魔族によって召喚されたことと関係があるのかないのか、コナン君ばりの推理力と調査力を駆使すればいずれ明らかになるだろう。
「問題は魔力感知か……」
魔力がないにもかかわらず忍術を使えば、今のプリシラのように魔法と勘違いしてもおかしくない。勘違いで済むならまだいい。疑問視する奴らが出てきたら絶対面倒ごとになるに決まってる。
でもまぁ。
「えへへ」
俺はネッコのように頭をこすりつけてくるプリシラを見る。
魔力感知に関してはプリシラだけの才能のような気がしていた。希望的観測とかじゃなく、ちゃんとした理由もある。
それはクレアの存在だ。半日ほどクレアと行動を共にしたが、魔力がないことについて突っ込まれなかったからだ。
「ま、それでも用心に越したことはないけど」
任務から戻ったら、蓮華たちには人前でやたらと忍術を使わないよう言い含めておかないとな。
「何を用心するの?」
顔を上げたプリシラがそう尋ねてくる。
「ん? 獣魔に用心しないとってことだよ」
「獣魔が襲ってきたらプリシラがやっつけてあげる」
プリシラが無邪気な笑顔でそう言った。
俺はプリシラの頭をポンと撫で、
「頼りにしてるぞ」
「うん!」
もちろん6歳の幼女が獣魔とやり合えるんて思ってない。そうでなくては俺が護衛している意味がなくなってしまう。
「コタロウ、もう髪の毛終わったでしょー。プリシラお腹すいたー」
「おう、悪い悪い。すぐに用意するから」
俺はすぐに朝食作りにとりかかった。収納ボックスなんていうチートなアイテムは持っていないので、早朝近くの川で獲ってきた魚に軽く塩を振って焼く。
一見簡単に思える料理ほど、料理人の腕が問われる。これ豆な。
「──よし、食べごろだ。熱いから火傷しないようにな」
いい感じに焼けた魚をプリシラに渡したその時、周囲に張り巡らしておいたワイヤーに括りつけた鈴から音が鳴り響き、すぐに茂みを踏み荒らしながらソレが姿を見せた。
豚とも猪ともつかない顔。
相撲取りのような体は緑色で巨大な棍棒を手にしている。
あれは間違いなくオークだ。
俺は背中の月光刀を抜き放ち、脇に構える。すると、威嚇のつもりなのかオークは棍棒を地面に叩きつけた。同時に「あっ!」と叫ぶプリシラの声。
「どうした!」
振り返ると、焼き魚が地面に落ちている。
「落としちゃった……」
「驚かすなよ……ここは危ないから離れていろ」
言うもプリシラの耳には全く届いていないようで、服についた魚の焦げをジッと見つめている。
「服も汚れちゃった。お姉ちゃんが買ってくれた大事な大事な服なのに……」
「プリシラ……?」
オークに向けて左手をかざしたプリシラは、
「チェインクロスッ‼」
プリシラの手から黄金の鎖がほとばしり、オークに襲い掛かった。
▼
「プリちゃん、もうそのオークさん降参って言ってるみたいだからそろそろ許してあげようか」
「やだもーん。絶対許さないもーん」
頬をぷくりと膨らますプリシラ。
オークは体中を真っ青にしてブヒブヒ鼻を鳴らしながら、自分の体に巻き付いた黄金の鎖を引きちぎろうと必死にもがいている。だがしかし、もがけばもがくほど黄金の鎖がオークの体に食い込む音が響く。
「ブヒィイイイイイイイッッッ‼」
悲痛な断末魔を最後に、オークはただのポークに成り果てた。
え、えげつな……。
子供というものは純粋な残虐を内に秘めていたりする。たとえばアリの巣穴に嬉々として水を注いだり。たとえば蜘蛛の巣にわざと蝶を引っ掛けたり。それが天才魔法幼女にかかるとこんな恐ろしいことになるのか……戦闘力が高すぎるわ。
プリシラは拳をグッと握りしめ、
「お姉ちゃんのかたき、取ったよ」
いや、お姉ちゃん死んでないから。
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