第6話 俺が知っているギルドの受付嬢じゃない
俺たちにとって初めて訪れる街は、異世界(中世ヨーロッパ風)を感じさせる風景が見渡す限り広がっている。王都シェスタに次ぐ大きさの街ということもあり、多くの人が行き交っていた。
「おお、なんだか異世界って感じっすね」
猪助の言葉に、俺たちも全面的に同意する。
それにしても……。
魔王軍に占領されるのも時間の問題だとフィアナは言っていたが、街の様子を見る限りどこか
子供たちが笑いながら走り回る姿を何気なく目で追っていると、
「若、早速注目を集めているようですぜ」
街の住人たちが俺たちを見て、なにやらヒソヒソと会話を交わしている。さすがに頭巾は怪しすぎるので外しているが、それでも浮いているのは間違いない。
話しかけてくるような物好きがいないことがせめてもの救いだろう。
「そうみたいだな。さっさとこいつを換金して服を調達しよう」
俺が荷台の獣魔を眺めながらそう言うと、
「若を疑うわけじゃありませんがほんとに金になるんですか?」
同じく荷車の獣魔を眺めながら段蔵が疑いの言葉を口にする。
ちなみに疑うわけじゃないとの前振りがあった場合、ほぼ100%の確率で疑っている。これ豆な。
「冒険者は獣魔を倒して日々の銭を稼ぐ。これは異世界の常識だぞ」
「そんな常識知らないわよ」
「純粋な疑問なんすけど獣魔を狩る人たちをどうして冒険者って呼ぶんすか? 冒険しているわけでもないのに。たとえば退治屋とか獣魔ハンターのほうがよっぽどしっくりくるんですけど?」
「それはまぁ……異世界におけるお約束事ってやつ?」
「なんすかそれ。全くもって意味がわからないっす」
「ようするに深く考えるなってことさ」
「はぁ……」
「フォッフォッフォッ」
街並みを観察しながら冒険者ギルドを目指して歩いていると、いかにも冒険者といった感じの三人組とすれ違う。そのうちの一人である先頭を歩く人物、クールビューティーを地で行くような女騎士に俺は目を止めるも、ものすごい勢いで睨まれ慌てて目をそらす。
「ちッ!」
ちょっと目が合っただけなのに舌打ちって……。
本場の女騎士っておっかねー。
カルシウムが足りてないのかしら?
小魚を食べるがよろし。
「はあぁ……フィアナに続いて今度はあの女なの? 非モテってどうしてこう節操がないのかしら? あ、節操がないから非モテなのか」
母さんが聞いたらさぞかし笑い転げるであろうほどの暴言を浴びせられた挙句、あまつさえ自己完結して話を締めようとする蓮華。
まだだ、まだ終わらせねぇよ!
「あの女騎士だけ実力が飛び抜けているから不思議に思っただけだ。それと俺は純粋なる愛に生きる男であって決して女に相手にされないわけじゃない。そこのところをはきちがいてもらっては困る。あと非モテって言うな」
蓮華は小馬鹿にしたようにフスと鼻で笑って、
「ごめんなさいするなら今のうちよ?」
「なぜに謝らなければいかんのだ。昨日だってさつきが家に遊びに来たぞ」
俺がそう言うと、蓮華は金縛りにでもあったように固まった。
おい、いくらなんでも失礼すぎるだろ。
「嘘……」
「俺がそばにいないと困るって言うから庭で栽培しているイチゴを一緒にとった。控えめに言ってニコニコだったな」
「それって単にイチゴが食べたかっただけじゃ……」
猪助がぼそりと口にする。
「猪助それは違うぞ。イチゴは俺んちに来るための口実にすぎん」
蓮華は温かな微笑みを浮かべて、
「ごめんね。あたしが悪かった」
わかればいいんだよ、わかれば。
足を止めた蓮華が遠ざかる女騎士を眺めて、
「評価は間違ってないけど所詮はどんぐりの背比べね」
すぐに興味を無くしたように歩みを再開する。程なくして冒険者ギルドと書かれた建物に到着した。
建物は二階建て。思っていたよりもこじんまりとしていた。
「とりあえず話をつけてくるから幻爺は獣魔を見張っていてくれ。獲物を横取りする奴がいないとは限らないからな」
「フォッフォッフォ」
サムズアップする幻爺を見張りに残し、俺たちはギルドの中に足を踏み入れる。
中に入ると室内はがらんとしていて心なしか暗かった。
「小太郎様から聞いてた話と随分違くない?」
「あっれー、おかしいなぁ。すぐに新参者か? 的な視線を浴びせられるはずなのに……」
通りすがりに足を引っかけてくるような荒くれ共もいない。いるのは掲示板らしきところで小声で話すいかにも新人の冒険者って感じの二人組だけだ。
「ま、あたしはお金さえ貰えればなんでもいいけど」
「「同じく」」
「ええと受付は……多分あそこだな」
正面奥にカウンター席が四つあるが、座っているのは受付嬢がひとりだけ。「ようこそ冒険者ギルドへ」といった定番の挨拶もなく、机に体を投げ出すような形で突っ伏している。
俺はわざと足音を響かせながら受付嬢の前に立つも、受付嬢に変化はない。
ここ冒険者ギルドで間違いないよね?
「ええと、獣魔の換金を頼みたいんだけど」
ようやく受付嬢はノロノロと顔を上げる。俺たちを見ても慌てた様子はなく、ただただ不機嫌な顔をしていた。
「まじゅうのかんきんー? ちけっとはー?」
「ちけっと?」
「しらないならーとなりのかいたいやにいってー」
かいたいや? 解体屋ってことか?
疑問を口にする間もなく受付嬢は再び突っ伏してしまう。
猪助が「なに寝不足?」的な顔で受付嬢を指差し、段蔵が「さあ?」と小さく肩をすくめる。
「どっからどう見ても仕事をする態度じゃないわね。少し可愛がってあげようかしら?」
蓮華が薄い笑みを浮かべながらそんなことを言う。
お前は昭和に絶滅したスケバンか。
鼻息荒い蓮華をなだめつつ俺たちは外に出る。
幻爺を伴いながら案内のあった建物に向かうと、段蔵ばりに筋肉ムキムキの男が揺りかけ椅子に腰掛けながら暇そうにたばこをくゆらせている。
紫色のシミが染みつきまくったエプロンを身に着けていることからもこの男が解体屋で間違いなさそうだ。
「獣魔の換金はここでいいのか?」
念のために確認すると解体屋は立ち上がる素振りも見せず、大きな作業台に向けて指を差し示した。
どうやら出せということらしい。
「くくくっ。どいつもこいつもいい感じに愛想が悪いねー」
段蔵は楽しそうに言いながら、猪助と一緒に遺骸を作業台にドカッと乗せる。まるで興味がなさそうな視線を作業台に向けた解体屋は、数秒して咥えていたタバコをポロリと落とすと、前のめりで作業台に駆け寄った。
「──間違いねぇ。こりゃ
「いくらで買い取ってくれる?」
高価買取フラグが立ったことを確信した俺は、クールに装いながらも内心では小躍りしながら尋ねる。
すると、解体屋は質問には答えず俺たちをまじまじと見つめてきた。
「お前たちは冒険者ギルドの会員か?」
俺たちが一斉に首を横に振ると、
「だろうな」
「そのギルドの会員でないと買い取ってくれないのか?」
不安を感じながら尋ねる俺に、解体屋は「そんなことはねぇよ」とこともなげに言った。
だったら意味深な返しをするなよ!
「それでいくらなんだ?」
解体屋は巨大ハサミアリンコをジッと見つめ、
「そうだなぁ……素材部分を全く傷つけていないこれだけの品なら300万ってところだな」
「「「「えっ⁉」」」」
あからさまに四人の目の色が変わる。
そりゃそうだ。たかが巨大ハサミアリンコ一匹で300万とかおいしすぎるにもほどがある。
──ん? でもちょっと待てよ……。
「もしかして冒険者ギルドの会員ならもっと高かったりしたりする?」
「そりゃあ専属冒険者なら正規の値段で買い取るからな」
つまり冒険者にも種類があるってことか?
そんな話は初耳だぞ。
「ちなみにおいくらまんえん?」
「600万だな」
「「「「ええええええっっっ!!!」」」
二倍かよ!
いくらなんでもあからさますぎるでしょう。
だったら。
「言っておくがこれから専属冒険者の登録をしても無駄だぞ。もう持ち込んでいるんだからな」
そう言って解体屋はニヤリと笑う。
ぐぬぬぅ……。
そんなシステムがあるんだったら初めから教えてくれてもいいじゃん!
あのやる気の欠片もない受付嬢がちゃんとチュートリアルしてくれないから……って蓮華は何するつもりだ?
唇をチロリと妖しく舐めた蓮華が解体屋の横に立ち、
「ふふふ。わかってる。わかってるわよ。坊やもすみに置けないわねー」
「ぼ、坊や? 俺のほうが大分年上だよな?」
「ふふふ。女を極めた真の女の前では全ての男は坊やになるの」
蓮華はそのまま解体屋にしなだれかかる。見てくれだけは美女カテゴリーに属する蓮華の態度になんだか俺の胸の中がモヤモヤ……モヤモヤ……うん、全然モヤモヤしないな。それどころか上位捕食者的な危険を感じてしまう。
きっと解体屋も俺と同じことを感じたのだろう。引きつった顔を俺に向けてきた。
「あたしってね、風魔一のくノ一なの。そんなあたしに坊やは何をしてほしいのかな?」
「フウマノクノイチ? 何言ってるのかわかんねぇしとりあえず離れてくれ、ください」
蓮華は嫌がる解体屋の太い腕に自分の両腕を絡みつかせた。目を合わせずに見せる笑顔が第一級のホラーを彷彿とさせる。
蓮華はうっすい胸をこれ見よがしに密着させながら、
「うふ。恥ずかしがっちゃって。いかにも絶倫ボーイな顔しておいて意外とシャイなのかしら?……ってなによ! これから手玉にとって600万でアリンコ買い取らせるんだから邪魔しないでよ!」
「もうやめろよ。解体屋さんが怖がってるだろ」
暴れる蓮華を解体屋からなんとかひっぺはがすことに成功する。
ほんと、うちのくノ一がご迷惑をおかけしました。
「お、おまえら妙ちくりんな恰好しているしよそもんだろ? 親切心で教えておいてやるが専属冒険者になるとギルドから出された指示は強制的に従わざるを得なくなる。よそもんだってこの辺りを荒らし回っている魔将バルガの名くらい聞いたことがあるはずだ。たとえばそのバルガを狩れっていう命令をギルドが出したら拒否することはできない。だがフリーの冒険者ならギルドの命令に従う必要はない。今も言った通り買取価格は半分に落ちるがな」
ふむふむ、なるほど。
専属冒険者は正規の値段で獣魔を買い取るが、代わりにギルドの命令は絶対服従。
フリー冒険者は余計なしがらみがない分、足元を見られるってわけか。
「つまりギルドからバルガ討伐命令が出ているってことか」
「お、察しがいいな。そういうやつは嫌いじゃねぇ。ギルドは閑古鳥が鳴いていただろ? 優秀な冒険者は魔族との戦いでほとんどくたばっちまった。残っているのはおしめも取れてねぇひよっこばかりだ。閑古鳥状態は今後も続くだろうよ」
フィアナの話が誇張でもなんでもないことが解体屋の話で証明されたわけだ。
「話の続きだが専属冒険者でないと300万なのはさっきも言った通りだ。しかしな、何事にも例外ってものがある」
「なるほど。そこであたしの体を要求するってわけね。交渉のセオリーがわかってるじゃない。そういうの嫌いじゃないわ」
「だからどうしてそうなるんだよぉ」
解体屋が高速で五歩ほど後ろに下がっていた。
「話がややこしくなるから少し黙っていてくれ。──すまん、続きを」
「お、おう。早い話もし儲けの二割を俺にキックバックしてくれるんならこの甲殻蟲は見なかったことにしてもいい。どうだ?」
いや、この解体屋は何を言ってるんだ?
専属冒険者になったら換金率が二倍になったところでもれなく討伐命令がついてくるじゃん。もれなく面倒ごとに巻き込まれるじゃん。
「もしかしなくても俺をからかっているのか?」
「まぁ話は最後まで聞けって。今のギルドは冒険者を失い過ぎて機能不全に
解体屋はニヤリと笑う。きっとこの男はこういった勧誘に慣れているのだろう。見逃すだけで二割とは中々にあくどい商売がそれでも手元に480万残る。
確かに悪くない提案だとは思うが、
「専属冒険者になるつもりはないからそのまま買い取ってくれ」
「本気か? 別に騙そうとしているわけじゃないぞ」
「それはわかってる」
「ちょっとどうしてこんなおいしい提案を断るのよ。馬鹿なの? お馬鹿さんなの? 480万をどぶに捨てるようなもんじゃない」
「この提案絶対に受けるべきっす」
「こればっかりは二人の言う通りだな」
「フォッフォッフォッ」
ぎゃあぎゃあ文句を、幻爺が文句を言ってるのかどうかはしらんけど、とにかく四人を部屋の隅に連れて行く。
「解体屋はああ言ってるがギルドが俺たちに討伐命令を出さない保証なんてどこにもないんだぞ。現状が切羽詰まってるなら余計だ」
「どうせ首は村に転がってるんだから手間がなくていいじゃない」
そうか。
ってならんわ!
「バルガの首なんて持っていけば大騒ぎになるって俺言ったよね? 目立っちゃうよね?」
目立ちたくない目立ちたくないと言いながら、なぜか目立とうとする
そう説明すると、
「若様ってそういうとこ古風なんすよねー」
「まぁじじい寄りの考えなのは確かだな」
「フォッフォッフォ」
「お前たちが忍びとしての自覚がなさすぎなんだよ」
「あたし思ったんだけどさー。適当に誤魔化せばなんとかなるんじゃない? 貰ったとか拾ったとか言ってさ」
「賞金首が貰えたり落ちていたりはしません」
なんとか四人を説得した俺は、解体屋にあらためて300万で買い取ってくれと告げた。
「ほんとうにいいのか?」
「いい、危ない橋は渡らないのに限る」
「随分慎重だが、まぁそれくらいのほうがいいかもな」
意外にもあっさり引き下がった解体屋は、慣れた手つきで紙にペンを走らせていく。
「ほらよ。受付の嬢ちゃんにこれを渡せば金がもらえる」
換金チケットなるものを手にギルドへ舞い戻ると、さっきと寸分変わらない光景が目に飛び込んできた。
「チケットをもらってきた。換金してくれ」
のろのろと顔を上げた受付嬢は、机の上に置かれたチケットをボーっとした表情で見る。
「さんまんるーらですねー」
「桁が二つ違うけど」
「けたー? ……え? 300まん……?」
意図しない沈黙が俺と受付嬢の間に流れる。
「ええと、何か問題でも?」
沈黙に耐え切れずに尋ねる俺を無視し、受付嬢は懐から取り出した
「婚活……婚活……金づる……」
「え?」
何を言ってるかよく聞こえないんだが。
ここで俺はハッ? と気づく。
女子が好意を匂わす発言をしたときに限って都合よく難聴になるあの現象がついに俺にも起きたのではないかと。
「ようこそ冒険者ギルドへ!」
言って満面の笑みを向けてくる受付嬢を見た俺は、反射的に仰け反ってしまった。
「どうかしましたか?」
親愛溢れる受付嬢の笑みが消えることはない。
そう、俺を反射的に仰け反らせたのは胡散臭さMAXのこの笑みなのだ。日頃から胡散臭い蓮華を見ている俺にはよくわかる。目の前の受付嬢は高確率でろくでもないことを考えているに違いない。
「──小太郎様、何かあたしに言いたいことがあるのかしら?」
地の底を這いずるような禍々しい声が背後から聞こえてくる。こんな声を発する人間は俺の知る限りにおいて一人しかいない。
「今日の蓮華さんもとびきり綺麗ですね」
「そう、どうもありがとう」
体に絡みつくような視線に恐怖を覚えながら軍資金を手にした俺は、逃げるようにその場を後にした。
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