第3話 のっぺらぼうとは戦いたくない

 おぼろげだった三つの影が近づくにしたがい、徐々に形を成してくる。

 ひとりは顔がのっぺらぼうで、残りの二人はどこからどう見てもスクリーム。はっきり言ってビジュアルが怖すぎるし、120%仲良くしようって雰囲気じゃない。


「クククッ。一度刈り取った場所なら安心とでも思ったか? 底の浅さといい人族とはつくづく愚かな生き物だ」


 のっぺらぼうを見た少女は、絶望的な表情を浮かべて言った。


「あの先頭を歩く魔族、あれは魔王配下の三魔将が一人、魔将バルガ……ッ!」


 丁寧な説明、ありがとね。

 それにしても随分と魔族に詳しいな。


「魔将バルガって強いの?」


 いや、そんな知らないのかって顔されても。

 俺たちさっき来たばかりだし……。


「四人の3級冒険者と2級冒険者がバルガひとりに殺されました」


 3級冒険者と2級冒険者……。

 うん、全然わからん。

 わかるのは向こうが殺るき満々だってこと。ちなみに俺は殺りたくない。だって顔が怖すぎるし。

 でも俺が率先して動かないと部下に示しがつかないし……やっぱ俺がやるしかないか……。


 嫌々背中の月光刀に手を伸ばした直後、猪助が屈伸運動を始めながら気軽な口調で言う。


「全部で30秒ってところっすね」

「もしかして猪助が相手をしてくれるのか?」

「若様直々に相手をするほどの価値はないっす」

「あ、そう」


 よかったー。

 なんか俺の評価が無駄に高いのが別の意味で怖いけど……。


「なら猪之助に任せたぞ」

「あいあい」


 軽い足取りで魔族たちの下に向かっていく猪助を尻目に、俺は今後のことを話し合うことにした。


「じゃあ明日からのことだけど、なるべく大きな街に行って本格的に情報収集を始めようと思う。異論は認めない」

「認めなくていいからさっさと街に行きましょう。コスメの予備そんなにないのよ。最悪ないならないで自分で作るしかないけどかなり手間がかかるのよねー」

「俺は断然、酒。これ一択に尽きる。異世界ならではの酒を浴びるほど飲みたい」

「フォッフォッフォッ」


 黙って聞いてれば自分の欲望ばっかだな。

 ここは頭領としてちゃんと言っておかないと。

 

「明日は情報収集だからな。間違っても自分の欲望を満たす日じゃないぞ」


 蓮華と段蔵に釘を刺していると、少女が血相を変えて会話に割って入ってきた。


「なに呑気に話しているんですか! あの人バルガと戦うつもりですよ!」

「え? あ、うんそうだね」

「そうだねって……正気とは思えません! 私の話をちゃんと聞いていましたか! 2級冒険者だって殺されているんですよ! 勝てるわけないじゃないですか! しかもたったひとりで! ……どうせ失うはずだった命です。私がおとりになりますから皆さんはその隙に逃げてください」


 会ったばかりの俺たちのことをこんなにも心配しちゃって。

 さすがは俺の運命が選んだ相手だ。

 

「ちゃんと聞いてるんですか!」

「聞いてる聞いてる。聞いてるし大丈夫だって。ほら、あとはあのバルガってやつだけみたいだから」

「え⁉」


 俺の視線の先を少女が追う。少女が目にしたのはニヤけた表情のまま首を跳ね飛ばされたスクリームが、血しぶきを噴き上げながら地面に崩れ落ちる瞬間だった。

 少女は口をパクパクさせていたが、肝心の言葉が出てこなかった。


「我が側近をこうもやすやすと⁉ 貴様、まさか新手の勇者かッ⁉」


 猪助はバルガが剣を抜くよりも早くバルガの背後に身を移し、


「ただの忍びっすよ」


 血だまりに沈むバルガを猪助は冷徹な双眸そうぼうで見下ろしながら、ヒヒイロカネで作られた二振りの小太刀を小気味よく納刀した。


「47秒か。まぁ今のいのの実力からしたらそんなもんだろう」

「フォッフォッフォッ」

「30秒ってところっすね。キリっ。ぷぷぷっ。猪助さんめっちゃどや顔していましたけど17秒もオーバーしてますから!」


 涙目でヒーヒー言いながら地面を叩く蓮華に、顔を真っ赤にした猪助が殴りかかりにいく。


「な、だから大丈夫って言っただろ」

「え……えええええええええええええええええええええっっっ‼」


 少女の叫びが廃村に響き渡った。





 この世界は六つの大陸に分かれている。

 かつて人は全ての大陸を支配していた。しかし現在は、第四、第五、第六大陸が魔族の支配下にあり、第三大陸も魔族の手に落ちようとしている。

 第三大陸を統べるリーンウィル王国が抱えていた最大戦力である炎の勇者が殺された今、リーンウィル王国が魔族に支配されるのも時間の問題。それが少女の見解だった。


「そこまで追いつめられているのに第一大陸と第二大陸はなぜ手を貸さない?」


 疑問を口にする段蔵に、


「きたるべき魔王軍との戦いのため戦力を温存しているんだと思います。まとまった兵を送ればその分自国の防御は薄くなりますし、元々第一大陸のアースネスト共和国と第二大陸のテザリア帝国は水と油のような関係性でしたので……」


 少女は淡々と答える。

 つまり魔族に追い詰められている状況下であっても、戦力の均衡が崩れたら戦争に発展するかもしれないと。

 異世界とはいっても本質的に人のあり方は変わらないらしい。


 しかしこの娘ほんと事情に明るいよね。ただの村娘なはずなのに。

 それともこの世界ではそれが当たり前なのか?


 少女のことをまじまじと見ていると、少女は言いにくそうに話を続けていく。


「あの……あなたたちは何者なんですか? 冷静に考えてみれば魔族たちが詰めていた屋敷で私を平然と連れ出せるなんておかしなことです。しかも2級冒険者でさえ歯が立たなかった魔将バルガを一瞬で……。その見慣れない服装と破格の強さ。──あなた方は勇者様、ですよね?」


 どうしよう。

 そんなキラキラした目をされたら、今後魔族に召喚されましたなんて口が裂けても言えなくなってしまう。

 下手したら新種の魔族に認定されちゃうかも!

 

「そういえばアレもそんなこと言ってたっすね。俺たちは忍びっす」


 言い淀む俺に代わって答えてくれたのは猪助だった。


「シノビ……シノビって何ですか? 詳しく教えてください」


 おお! 猪助が上手く話題をそらしてくれた。

 きっと猪助のことだから何も考えていないんだろうけど。


「何って聞かれてもねー」


 口ごもる猪助の視線は蓮華に向く。蓮華は段蔵へ視線を向け、段蔵は幻爺を見る。


「フォッフォッフォッ」


 最終的に皆の視線は俺に集まった。


「……忍びとは主に諜報、破壊、謀術、暗殺などを行う組織の総称だ。ちなみに忍びの起源は13世紀頃、荘園制の支配に抵抗した悪党とか聖徳太子に使えた大伴細入おおともほそひとが聖徳太子から【志能便しのび】という称号を与えられたことに端を発するなど諸説あるがはっきりしたことはわかっていない。俺たちはどんな任務にも耐えられるよう常日頃から肉体はもとより精神を極限まで鍛え上げそして」


「あ、なんとなくすごい人たちっていうのはわかったのでもういいです」


 詳しく教えてほしいって言うから教えたのにこの仕打ち!


「と、とにかく明日から情報収集だ。それともう一つ大事なことがある。わかる者は挙手」


 いち早くシュバッと手を上げたのは蓮華だった。


「はい蓮華さん」

「一にも二にも、三四があろうがなかろうが金一択です」

「実に蓮華らしい欲に塗れた回答だけど……正解です」

「いえーい、褒められた」


 蓮華は段蔵とハイタッチを交わす。

 別に褒めてはいないんだけど……。


 ぶっちゃけ水と食料さえ確保できれば、たとえ異世界だろうと生きていくことに不自由はない。しかし、蓮華や段蔵の欲する品を手に入れるためにはどうしたって金が必要になってくる。

 情報も表層のものは金などなくても手に入るだろうけど、層が深くなればなるほど金がものをいってくるのは日本でも異世界でもそう変わりはないはず。

 なにより俺のささやかなる野望のためにも金は必要だ。


「あのぉ……」


 次に手を上げたのは、意外にも少女だった。


「ええと……」


 そう言えばまだ名前を聞いてなかったし、教えてもいなかったな。

 少女は俺の思いを察してくれたようで、


「助けていただいたのに名前も伝えていませんでしたね。私はフィアナと言います」

「……蓮華」

「段蔵だ」

「猪助っす」

「フォッフォッフォ」

「絶賛彼女募集中の小太郎です」


 俺たちもそれぞれ名乗り、あらためてフィアナの話に耳を傾けた。


「もしお金に困っているのでしたら、魔将バルガの首を冒険者ギルドに持っていけば換金できると思います」

「え? アレって売れるの?」


 俺たちの視線は一斉に魔将バルガへと向けられた。


「はい、名のある魔族には懸賞金がかけられています。それが魔将ともなればかなりの懸賞金がかけられているはずです」

「かなりって具体的にはどれくらいなのよ」


 言葉の端々にトゲトゲが見え隠れする蓮華の問いに、フィアナは多分ですけどと前置きしたうえで、


「1億ルーラくらいはもらえると思います」


 1億ルーラーと聞いて、1億ルーラー=1億円と勝手に脳内変換された。それは四人も同様なようで、お互いに顔を見合わせてしまう。

 ここまでフィアナとも問題なく意思疎通できていることからも、異世界あるある自動翻訳機能が俺たちにもしっかり働いているらしい。


「ちなみに1億ルーラーでどれくらいのことができるの?」

「え? それってどういう意味ですか?」


 ミスった!

 1億ルーラがそのまま日本の価値と同等とは限らないと思って聞いたけど、金の価値がわからないのはさすがに不審がられてしまう!


 なんか横でニヤニヤしている蓮華がこの上なくうざったい。

 案の定フィアナは疑心の色を覗かせながら、


「やっぱりあなた方は異界から召喚された勇者様──」

「や、実は山奥で自給自足の暮らしをしていたから金とは縁遠い生活を送っていたんだ。ほんとほんと」


 我ながら苦しい言い訳をしてしまった。

 それでも目は逸らすまいと俺はフィアナをジッと見つめ……。


「かわいい。ギュッとしたい」

「え?」


 しまった! 

 ついつい心の声が駄々洩れになってしまった!


「若様、それも心の声になってないっす……」

「なんですと⁉──くくくっ。忍びの俺をここまで動揺させるとは。フィアナ嬢も中々にやりまするな」

「別になにもしていないんですけど……」


 約束された静寂がしばし訪れ……。

 

「コ、コホン。1億ルーラでどれくらいのことができるかでしたね。そうですね……無駄遣いをしなければ10年は働かなくても余裕で暮らしていける金額だと思います」


 フィアナは若干気まずそうな表情でそう言った。

 再び訪れる静寂。

 そして──。

 

「アレは俺が倒したから全額俺のものっす!」

「若輩者に経験を積ませてあげたあたしの優しさがわからないの? 大体たかが47秒に決定権などあるはずもない!」

「まぁとりあえずこの四人の中で一番つえーやつが総取りってことでいいよな?」

「フォッフォッフォッ」


 殺気を隠そうともしない四人は互いをけん制するように睨み合う。

 まぁ無理もない。

 忍びが信じるものは基本金だし。

 そう、ナチュラルに俺がハブられているのも無理はない……。


「ちょっと聞きたいんだけど勇者ならバルガを殺すことができたのか?」


 フィアナは考える素振りを少しだけ見せて、


「断定はできませんけど魔将クラスであればおそらくは。あとは特級冒険者。それと星光教会に属する星導士も殺せると思います。ただ特級冒険者も星導士も世界に数人しかいないと聞いたことがあります。裏を返せば魔将とはそれほどの強者です。なので私はあなた方を勇者だと……」


 なるほど、それは非常にまずい……。

 フィアナの話が事実なら、魔将バルガを換金しに行こうものなら間違いなく大きな騒ぎになる。いずれは国の中枢にまで知れ渡ることになるだろう。

 勇者という虎の子を失ったリーンウィル王国とやらは死に体らしいので、絶対に力を貸してほしいと言われるに決まってる。

 基本金で動くのが忍びだが、どんなに金を積まれようとも祖国でもない国の存亡をかけた戦いに巻き込まれるのは目に見えている。そんな状況に陥るのは絶対にごめんだし割に合わないし、なりより目立つことこの上ない。

 段蔵の言いぐさではないが、せっかく異世界に来たんだら殺伐とした稼業はこの際忘れてのんびり過ごしたいのが偽りのない俺の本音だ。


 俺はパンと手を叩き、けん制し合う四人の注目を促した。


「バルガは換金しない」


 言うや否や蓮華は母親が子供を見るような目で俺を見て、


「お腹こわすからアレを食べるのはやめときなさい」

「食べるかあんな気色悪いの!」

「ならどうして換金しないのよ。納得のいく説明を求めるわ」

「同じく」

「同じく」

「フォッフォッフォ」


 不満たらたらのこいつらに、俺は換金することによる弊害をこんこんと説明した──。


「──うーん。楽しく過ごすためにも金は欲しいっすけど異世界に来てまでそんなことになるのはめんどうっすねぇ」


 猪助の言葉に、蓮華も渋々といった感じで同調する。

 その一方で悪い笑みを浮かべる段蔵がいた。


「なんかよからぬことを考えてる?」

「随分と失礼な物言いですな。ただこの国の王と魔王ゼブルってやつを屈服させてこの大陸を若のものにするのが一番手っ取り早く後々面倒もないかなーと思ったまでで」

「俺に国盗りしろって言ってるのか?」


 さすがに呆れていると、


「かつて秀吉によって奪われた北条の地をこの異世界で復活させる。風魔の名をこの異世界にとどろかすなんて実に面白そうですぜ」

「風魔の名を轟かすうぅ? はっ! なんで異世界に来てまでそんなくそ面倒なことしなきゃならんのよ」

「できないとは言わないようで」


 ニヤニヤ笑う段蔵をにらみつけると、段蔵は大げさに肩をすぼめてみせた。


「まぁ北条のことはこの際冗談だとしても、風魔を束ねる頭領たるものそのくらいの気概は持ってほしいと思ったまでのこと。もちろん他意はありませんぜ」

「思うのは段蔵の勝手だけどさ。くれぐれもみんなを扇動するなよ」

「へーい」

「国盗りなんて死んでもやるわけないじゃない。そんなことして何が楽しいのよ」

「いまさらカビも生えないような話を持ち出されても正直困るっす」

「フォッフォッフォッ」


 蓮華も猪助も幻爺も段蔵の言葉に惑わされないようでなによりだ。


 こうして異世界一日目の夜はふけていく。


 翌朝。

 フィアナにはお留守番をしてもらい、俺たちは王都に次ぐ大きな街だというミザリに向けて出発した。

 

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