005:出直す

「あぁ? お前、今俺に向かって何か言ったか?」


 声を荒げた良光に向かって、艦治かんじにぶつかった男が長く伸ばした髪の毛を掻き上げてすごむ。


「おいお前! 後ろからぶつかっておいてそれはないだろう!!」


 探索者の男がロン毛男に詰め寄るが、男は悪びれもせず言い返す。


「んだよオッサン、お前に関係あんのか?」


「自分で眼鏡踏んだんじゃん、ちょーウケるわー」


 ロン毛男とそのツレの金髪女は、探索者の男を相手にせずに初回入国審査の窓口へと歩き去る。


「待てゴラァ!!」


「あの、大丈夫です! 確かに踏んだのは僕なんで。それに予備の眼鏡もありますし」


 探索者の男を止めて、通学鞄を床に降ろしてメガネケースを取り出す艦治。


「んーっと、あれ? 予備が入ってない……」


 メガネケースは空っぽだった。とりあえず破損した眼鏡をそこに仕舞うが、艦治は床に座り込んで途方に暮れてしまう。


「あー、出直すか」


 良光が艦治の肩をポンポンと叩く。


「何か、スマン。俺がいながらこんな事になってしまって……」


「大丈夫です、気にしないで下さい! たまたま運が悪かっただけだと思います。

 それに、声を掛けてもらって嬉しかったですし」


 謝る探索者の男の手を取って、艦治が握手をする。


「そう言ってもらえると助かるよ。

 そうだ、連絡先を教えてくれ。二人が探索者デビューしたら、俺が手ほどきをしよう! それくらいはさせてくれ」


「えーっと、インプラント埋入まいにゅう手術は受けたいんですけど、探索をするかどうかはまだ分からなくて……」


「いいじゃん、教えてもらおうぜ」


 言葉を濁す艦治だが、良光は自身のタブレットを探索者の男へと差し出した。

 タブレットに表示された二次元コードを目で見て脳に埋め込まれたインプラントに読み取り、探索者の男は良光と連絡先を交換した。


「ほら、艦治も」


「……分かったよ」


 良光に促され、艦治もタブレットを取り出し音声認識を使って、自分の連絡先を表示させた。 


沢渡さわたり正義まさよしさんっスね。探索者登録が終わったらまた連絡させてもらうっス!」


「あぁ、待ってるぞ」


 そう言って、二人に力強い笑顔を浮かべる正義。その肩に乗っかっている猫型支援妖精が、ポカーンと口を開けて艦治の顔を眺めていた。





「ごめんね、良光。僕の誕生日まで待っててくれたのに、延期になっちゃって」


「ん? ん~、それは良いんだけどなぁ……」


 良光は艦治に自分の肩を持たせて、ゆっくりとした足取りで艦治の家へと向かっている。

 艦治は裸眼の状態では、ぼんやりとした色程度でしか風景を認識する事が出来ない。一人で歩かせるのは非常に危険なのだ。


 入国管理局を出て、港のバス停に戻り、シャトルバスに乗って駅まで帰って来て、そしてここまで歩いて来た道中。良光はすれ違う人々が連れている支援妖精達全てが、じーっと艦治の事を凝視しているのを感じていた。

 高須は、支援妖精がすれ違う他人をじっと見つめる光景を初めて見た為、非常に気になっている。


「お前、支援妖精と何か因縁があったりする?」


「いいや? 因縁どころか、両親の支援妖精ですらそんなに接点ないよ」


 そんな会話をしている最中も、犬やヘビや鳥やチョウチョなど、色んな形態の支援妖精が艦治の事を目で追ってくる。


「そっかー」


 明らかに気のせいではないと思いつつも、良光はこの幼馴染を安全に帰宅させる事を優先した。


 何事もなく艦治の自宅へと到着した頃には、すでに夕食の時間となってしまっていた。

 メガネケースに入っていなかった艦治の予備の眼鏡は、自室の勉強机で発見された。


「晩飯どうするんだ? 今日もおじさんとおばさんは遅いんだろ?」


「多分遅いだろうね。いつもは帰りに弁当かお惣菜を買って帰るんだけど、今日はそれどころじゃなかったからなぁ」


 艦治の両親は神州丸しんしゅうまるからもたらされる医療技術の研究に没頭している。その事情を理解している為、家事など自分に出来る事は自分でするようにしていた。


「せっかくだから宅配ピザ頼もうぜ! 今日は食べて帰るって母ちゃんに言ってあるし」


 良光がタブレットを取り出して、艦治に気付かれないように母親へメッセージを送った。


「お、いいね。生地はモチモチがサクサクどっちにする?」


「もちモチモチだろ!」


「え? モチモチモチ? 追加オプション?」


「もちろんモチモチって意味だよ。聞き返すなよ恥ずかしい」


 良光が自分のタブレットを操作して、宅配ピザを注文した。二人はピザが届くまで、テレビを付けて時間を潰す。


「そうだ、今日帰ったらこのゲームするつもりだったんだ!

 クソッ、あのロン毛めっ!! 今思い出しても腹が立つ!!」


 テレビにフルダイブ型VRMMOのCMが流れている。脳にインプラントを埋め込む事で、仮想空間で遊ぶ事が出来るのだ。

 教室の黒板ですらハッキリと見えない艦治の視力では、テレビやタブレットでするようなゲームを楽しむのは難しいが、VR空間であれば視力など関係なくなる。

 そんな艦治と良光は、十八歳の誕生日が来たらすぐにインプラン埋入手術を受けて、フルダイブ型VRゲームで遊ぼうと約束していたのだ。


「良光……」


「おっと、もう謝るのはナシな。また明日、学校が終わったら神州丸に向かおうぜ」


「……そうだね」

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