第5話 予習期間

 朝、すっきりとした目覚め。

 入学式はまだだ。

 学園の本格的な授業は始まってないから、出なくても遅刻にはならないが、学園の雰囲気に慣れておきたい。

 それに予習は大事だ。


「お前、昨夜、どこに行ってた?」


 朝飯を食うために食堂へ行くとサカズムが待ち構えていてそう言った。


「ぐっすり寝てた」

「取り巻きが用を言いつけに行ったら返事がなかった。無視したな。生意気な奴だ」


 そう言うとサカズムは俺が持っていたトレーを取り上げて、料理を俺の上に掛けた。


「何するんだ!」

「教育だよ。呼んだらすぐに来るようにな」


 こんなことも考えて、朝早く起きて屋台の料理を買っている。

 育ち盛りだから、サカズムに料理を台無しにされなくても、余らせたりはしない。

 2食分は食える。


 俺はがっくりしたように装って部屋に戻って、買ってあった屋台の料理を食った。

 これからは食堂では食えないらしい。

 いよいよ依頼が生命線だな。


 頭と体を井戸水で洗い、汚れた衣服を洗濯、着替えて授業に出る。

 それにしても食堂でのできごとはみんな見てるのに何も言わないんだな。

 俺を助けると新たなターゲットになるのを恐れているのか。

 虐めの構図なんてこんなもんだよな。


 座学を2時間。

 入学前だから、予習だ。

 入学したら、試験はあるだろうけど、いまのところ難しい所はない。

 十分についていける。


 そして、戦闘訓練だ。


「入学前だから、体が鈍らないようにするだけで良い」


 先生がそう言って訓練が始まった。

 案山子に向かって木剣を打ち込む。

 うん、慣れないことをすると、いつもは使わない部分の筋肉が痛い。


「ラウド、模擬戦な」


 サカズムがそう言ってきた。

 承諾してもしなくてもボコられるんだろうな。


「1本だけなら良い」

「3本だ」

「それぐらいなら」


「おい、合図をしろ」

「始め!」


 取り巻きのひとりが合図をする。

 俺は木剣を構えた。

 サカズムが打ち込んでくる。

 俺は木剣を叩き落とされた。


「はははっ、拾えよ。まだ1本じゃないからな」


 拾うたびに木剣を叩き落とされる。

 手が痛い。

 わざと軽く握ったら。

 喉に木剣を突き入れられた。


「ぐはっ! ぐっ!」


 息ができない苦しい。


「死んだら虐められないからな。回復魔法を掛けてやれ」

「はい」


 取り巻きが俺に回復魔法を掛ける。

 痛みが引いて息ができるようになった。


「ごほ、ごほっ」

「あと2本な。早く構えろ」


 俺は木剣を拾って構えた。

 サカズムは俺の手の甲を打った。

 激痛が走る。


「痛い!」


 瞬く間に手の甲が赤く腫れあがる。

 骨が折れてないだろうな。


「後1本だ。構えろ」


 俺は痛くない方の手で木剣を拾って構えた。

 サカズムは剣を打ち込み。

 俺が剣を合わせると、片手だから軽々と俺の剣は飛んだ。


 サーカズムは木剣を返し、俺の胴に斬るように打ち込んだ。

 嫌というほど打ち込まれて、俺は吹き飛ばされた。


 ゴロゴロと転がり止まる。

 くそっ、スキル使って全力で打ち込みやがって。

 立ち上がるのもきつい。


 誰も俺に声を掛けることなく戦闘訓練が終わった。

 ようやく起き上がれるようになった俺は痛む体で学園を出た。

 学園の授業は午前中で終わるからだ。

 これは本番の授業が始まっても同じだ。

 午後は自主的に訓練することが求められる。

 努力しないと9割がふるい落とされる騎士学園の試験には通らない。

 この先、やっていけるか不安だ。


 今日も依頼があったのでヨーク・ポーション店に行く。


「こんにちは、今日も子守の依頼で来ました」

「待ってたよ。ちょっとその手はどうしたんだ?!」


 ヨークさんに温かく迎えられた。


「戦闘訓練で」

「回復ポーションがあるから飲む? ただし、新製品の開発中で味は保証しない」

「味ぐらい我慢します」

「男の子だな。そうこなくっちゃ」


 開発中のポーションを飲もうと封を切って蓋を開ける。

 ぐっ、匂いが酷い。

 保証しないのは匂いもだろう。

 鼻を摘まんで思い切って飲む。

 えぐすぎて味が分からないぐらい酷い。

 でも、痛みは消え去った。

 味と匂いは駄目だが、効果はあるな。


 水を貰って飲んだら、人心地ついた。


「効果は抜群ですね。味と匂いは飲めたもんじゃありません」

「だよね。試しに果物とか入れてみたこともあったけど、改善されないんだ」

「開発中でも気にしないので実験台にして下さい。これからしょっちゅう怪我する予定なので」

「悪いね」

「いえ、お互い様です」


 等級外のマナポーションを飲んで、念話を使い赤ん坊と会話する。


『今日はいい天気だ』

『なになに、それ』

『ぽかぽかってことだよ』

『ママはぽかぽか』


 うん、会話にならない。

 まあ、異変があった時に分かればいいだけだから。

 泣かないように気を逸らすだけでも良い。


『目蓋が下がっているぞ』

『ううん……』

『おやすみ』


 赤ん坊は癒される。

 いろいろな嫌なことが忘れられる。


 マナポーションを飲んで念話を使い赤ん坊の思考を読み取る。

 何だか温かいとしか伝わって来ない。

 でも笑っている。

 まあ、念話しなくても赤ん坊の顔が笑っているから分かるんだけど。

 おや、赤ん坊の顔が真面目になって、放心した顔になった。

 嫌だ、気持ち悪いという思念が伝わってくる。

 おしっこしたな。

 俺はてきぱきとおむつを取り替える。

 泣かせずに仕事を終えた。


 子守のプロとして仕事をやり終えた気分だ。

 特別報酬として、等級外マナポーションたくさんと、開発中の回復ポーションを5本貰った。

 あざす。

 特別報酬があるから生きていける。


 今日も安宿に泊まろう。

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