極夜の雪原

@Ixion_0820

序章 降り積もる魂

冷たく白く、美しく舞うソレは、時を刻むように一つ一つ降り積もる。

一体どれほどの時が流れたのだろうか。掌の上で溶けて消えるような儚い花が、大地を白く染め上げ木々を彩る。


「…あの時から、7年か。」

静謐の中に割って入った私の声が、雪風に混じる。

夜更け空のように深く澄んだ青い瞳は、止まず降り頻る銀雪と、明ける事のない闇夜の空に煌々と煌めく蒼い星を捉えていた。

雪が幾らか積もる頃、私の中で深く沈んだ澱が、吐息に混ざり寒空に溶け消える。


嘗て、私が愛し、また私を深く愛してくれた血族が居た

嘗て、止まぬ雪と明けぬ夜の中で、眠る事を忘れた人々の営みが眩しい故郷が有った

嘗て、私が信頼し、命を預けた戦友が居た


今私に有るのは、共に戰場を駆け、幾度も死化粧を施した一振りの剣のみ。

目的の為に奔走する間に私は…多くの物を失った。


「もはや、私に停滞は許されない…」

私の掌からすり抜け落ちたモノの全てが無駄になるような気がして、

私が残してきた道標が消えてしまいそうな気がして、


「…愚かだな、レア・ローラン・ブリジット。例え偽りであろうと、平穏の下に暮らせば良いモノを。」

汎ゆる感情が凍てついたように、暗く冷たい声が私の背後から聞こえた。

雪に溶け込むような白い長髪と色を同じくした上下の衣服、燃える血の河のような暗く紅い瞳をした男が、嫌悪の眼差しを私に向けた。

「何故に、安寧を捨てて自ら辛苦に飛び込む?」


「…レオ・ローラン・シュヴァルツ。"人族"を捨てたお前には分からない。」

「ああ、分からないな。同族の中でさえ手を差し伸べる事はおろか、食い合って潰し合う"人族"の何を理解出来る?」

白い髪の男―――レオは徐に雪を踏み、諦観と悲憤の入り混じった眼を私に向ける


「…お前の言い分を聞く限り、人族は"蛮族"と変わらないように聴こえるが…?」

「…人族も蛮族も隔てなく存在するルールが1つだけ有る。定命の人族はそのルールを忘れただけだ。」

訝しむ私を余所に、レオは一段と低く、声量を抑えた声で続ける


「所詮この世の摂理は"弱肉強食"、力こそが全てだ。力を持たぬ弱者は虐げられ、力を持つ強者は力による自由を謳歌する。"人族社会"では力を持つ者が都合の良いようにその有り様を作り変えただけに過ぎない。」

「……」

私は兄の言葉に頷く事も、拒む事も出来なかった。


「...人族は"人族"に対して余りにも無知だ…無知な者は己が無知で有る事さえも分からず周囲に害を振り撒き、やがて取り返しのつかない大罪を犯す。"ハイデルベルグ"がそうであったように」

「…人はソコまで愚かじゃない。己が浅学さを思い知り、自らの研鑽に取り組む者は居る。」

「覆った水盆を返そうとも、水盆の中身はもう戻らん…!」

レオが紡ぐ言葉の端々に乗せた、昏く揺らめく怒りの炎が強まる

その炎からは、想像を絶する執念を物語っていた


そして、彼の中で沈殿していたソレを吐き出すように、深く溜息を吐いたレオの目は、今は亡き血縁に哀悼を告げる悲哀の色を表していた


「……レア、お前との決着は付ける、だがソレは今じゃない。…母に花を手向けさせてくれ」

"兄"がそう言うと膝を折り、墓標に一輪のアングレカムと祈りを捧げた

冷たい墓標を、雪氷とは異なる温かい水粒が、墓標に数滴落ちた


やがて祈りを捧げ終えたレオはゆっくりと立ち上がり、何処かへと歩を進め始める


「…レオ。」

「……」


歩みを止めた背中に私は、意を決してこの言葉を送る

「…次に会うまでに、死ぬなよ」


微かに口角を上げてほくそ笑んだレオは、再び歩を進めた

軈て一陣の雪風が吹き荒れ、収まった頃には彼の姿は消えていた


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