大いなる者
鼓膜に落ちる脅威――。
背筋に落ちる恐怖――。
心底に落ちる絶望――。
大地に落ちる空――。
――ドラゴン。
苦痛に悶え、抑えきれずに放った咆哮さえ無ければ――。
たった二つの命など、瞬く間もなく消え失せていただろう。
咆哮を受けて
震える魔力で結ばれた理は、望んだ距離の半分も叶わず――。
真紅の炎がぶつかり合う余波を受けて、依代を離さぬようにするので精一杯であった。
対するオルネアは意識の全てを炎へと向ける。
そこには気付けなかった後悔もなければアルアへの気兼ねすらも無い。
――ただひたすらに、命を賭けて全身全霊を尽くすのみ。
「――その命、貰い受ける」
余力を残さぬ全力で炎を駆る。
真紅を切り裂きながら飛び上がり、空を覆う翼に迫るが……。
街一つはあろう巨躯は、その体躯に似合わぬ速度で以て翻り――。
風圧を纏った尾の一撃がオルネアへと振り下ろされた。
「――ッ!!!」
衝撃波が雲を散らし灰島の炎をも吹き飛ばしていく。
受け止めようとも勢いは殺しきれず……。
灰島へと叩き落とされ、視界が明滅を繰り返す。
それでも、身に纏う炎の勢いは維持していた。
真上から浴びせられる炎を迎え撃ち、大地を蹴って空へと踊り出す。
ドラゴンとの決戦はこれで二度目――。
一度目の戦いが幸運に溢れていたことを思い知る。
破壊対象の選定――。
街へのみ視点の合った破壊衝動は、索敵を避けて懐へ潜り込むのに最適だったのだ。
今の破壊対象はその範囲も狭ければ壊す物もひとつだけ。
――オルネアだけだ。
文明をも更地にする炎は、たったひとつの対象に向けて荒れ狂う。
咆哮――、次いで羽ばたき――、目測もつかぬ速度で迫る牙。
大腿部から噴射する炎で素早く躱すが、背後から迫る翼の一撃。
攻撃へ転じることを許さぬ重み――、放たれる爪の斬撃。
斬撃弾き、次に迫るは斬撃の根本である右腕五爪の重撃――。
受け止めた端から軋んでいく肉と骨。
瞬く炎――。
体勢を完璧に固められたオルネア目掛け、真紅の炎が浴びせられる。
鎧の片側から炎を噴射して回避。
まともに炎を受けた左腕の重魔獣殻装甲、――融解。
互いに放つ炎は決定打にはならずとも、
その熱は皮膚から肉、鱗から肉、やがてはどちらも骨に達するだろう。
ひと羽ばたきで得た浮力を攻撃に振り切るドラゴン。
その巨躯が沈み込むまであと数撃……。
反撃の機会はそこにしかない。
「――炎よ」
心臓で熾った炎が、右肩、右腕、右掌を伝って剣に流れ込む。
これを切り込む直前に放てば、炎によって延長された刃が翼を断ち切るだろう。
――但し。
溜めが必要なうえ、現出する刃は維持できたとしても数秒。
身体に留め置く炎をも攻撃に回せば連撃も可能だろうが……。
その場合、攻撃をひとつでも受ければ即死だ。
「余力を残して勝てる相手じゃ無い……言われなくても分かってるさ」
振り上げられる五爪――、横に薙ぐ五爪――、十の斬撃。
炎を噴射しての回避か――。
剣に留めた炎を解放して切り抜けるか――。
前者を取るなら羽ばたく隙を与える。
後者を取るなら必殺の間合いに踏み込める。
だが、踏み込んだ先で炎の刃を維持できていなければ、又も躱されるだけ。
どちらにせよ炎は消費する、それなら踏み込んで……。
――が、その思考ごと叩き潰すかのように尾が振り上がる。
斬撃ごと押し込んで勝負を付ける気だ。
それと同時に羽ばたく隙を伺う翼――。
「――ここだッ!!」
限界が見えた炎の残量。
その全てと、剣に留めた炎を解放する。
迎え撃つは十の斬撃――。
炎を纏った剣が斬撃をひとつずつ蒸発させていく。
剣を合わせる度に押し返されるが、その度に炎を噴き出して無理矢理身体を前に押し出す。
蒸発しきった斬撃を抜けて、
続けて襲い来るは風圧纏った尾の一撃――。
受け止めた衝撃が波になって空間を歪ませる、筈だった。
一切の抵抗なく、振り下ろされたままの勢いで、――尾が千切れ飛ぶ。
切り捨てた尾を見送って剣の炎が消え失せ、
背の炎すらも尽きかけているオルネア。
剣士の失速を悟ったドラゴンが大空へ羽ばたこうと翼を広げた。
その瞬間だった。
世界から音だけが消えて、
――直後、鈍色を響かせながら世界に音が戻る。
灰島へと落下する小さな影と大きな影。
炎が尽きた剣士と。
片翼を失ったドラゴン。
どちらも戦意だけは失わず、片や剣を、片や爪を構える。
この戦いはまだ、始まったばかりであった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます