始原の刀
背筋を伝う
近づけば近づくほどに足が重くなり、呼吸さえままならない。
目を閉じたとして、降りた瞼に意味など無いだろう。
――存在強度の桁が違う。
「あれがッ……」
「ええ……!そうです!」
列島の中央大地。
異様な熱気が渦巻く中心に、その刀は突き立っていた。
灰色の世界で唯一白く光を返す刃。
柄は無く、刀身のみ。
見るだけで窺い知れるその圧倒的な切れ味は、
ただそこに在ると云うだけで周りの空間を切り裂き続けているかのようだ。
「回収しますね……!」
そう言って一歩踏み出したアルアだったが……。
――――キンッ。
高く澄み渡るような音が響き、後ろに倒れ込むアルア。
オルネアに振り返った顔には狂気が浮かび、在ったはずの前髪が一部切られていた。
突き立った刀身はただ静かに光を返すのみ。
内包する剣気、剣圧だけで、踏み込んだ者を切って捨てたようだ。
近寄るな――、と云っているかの様に。
「えへっへっへぇ~……!!?」
「落ち着け!今書き始めたらお前の書ごと切り刻まれるぞ!
……ゆっくり下がってこい」
落ち着いて半狂乱になる、という器用なことをしながら安全圏まで下がるアルア。
さっそく腕を12本増やして書き殴り始めた。
「何度見ても気持ちが悪い」
「ぐひゃひゃっひゃっ!見てくれなんてどうだっていいんでうッ!!
目の前に在るのは始源の刀ですよ!!?
余すこと無く記さないとえへーッ!!」
狂ったエルフはひとつ置き、ひとまずは自分も近づいてみるが……。
――――ギィンッ!
放たれたであろう不可視の剣閃は、同じく剣閃によって相殺された。
衝突の余波、空間の揺らめきを見届けた後。
背に帯びる剣に小さく意識を傾ける。
――少し離れた灰の丘に野営を設置。
アルアの狂気が沈静化した折を見て作戦会議となった。
「解法は既に思いつきました。
此処へ渡るために用いた魔法が役に立ちそうです。
正確にはその考え方ですかね?」
物体を移動させる魔法は大別して二種類、浮遊と転移だ。
海越に転移を使わなかった理由はオルネアの魔法への耐性を考慮しての事。
但し、浮遊を用いてもその結果は変わらない。
「そこで私は一次接触と二次接触という考えに至りました」
オルネアの魔法への耐性、接触することでの
間接的な接触に留めれば魔法が解れることは無い。
「道標と移動の魔法を光の線へと込め、
組み上げた荷車には繋ぎ目にのみ魔法での接着を施しました。
結果として魔法は崩壊すること無く理を結び、見事海越を果たすことが出来たのです」
簡単そうにやっていてその実、幾つもの技巧を凝らしている。
聡明で博識、胆力もある。
これであの狂気さえ無ければ……、と思わずにはいられない。
「あの刀の厄介な点はその剣気、剣圧にあります。
一定範囲内に踏み込んだ対象を容赦なく切り捨てる……、
それが魔法であっても例外では無いでしょう。
で・す・が!
切られてない物もあるのです!」
「勿体付けるなって」
「ズバリそれはッ!!」
「……被った、すまない。……そんな顔するなって」
「んも~せっかちさんですね!……んでっ!!
あの刀に切られてない物、
――それは
聞いても一瞬意味が分からなかったが、
灰の大地に突き立った刀を見て直ぐに合点がいく。
「そういうことか……!」
区別無く全てを切り裂き続けるなら、突き立った刀が地表にある筈がなかった。
故に突き立った大地、それを覆う灰にこそ何らかの耐性があると見抜いたのだ。
「あの灰で以て刀を包み込めば、いかに強大な剣気、剣圧であっても押さえ込める筈なのです!
早速試してみましょう!」
魔力で掴んだ灰を刀の上からばら撒く。
灰に含まれたアルアの僅かな魔力に幾度か空間が揺らめくが、やがてはそれも治まり……。
完全に埋没したのを確認して外側から押し固め、
万が一封が破れた時の為に何重にも結界を重ねる。
剣気、剣圧は灰が遮断しているようだった。
「持ち上げてみますね」
小柄なエルフ、身の丈にして149。
それに迫る始原の刀、刃渡100、柄20、全長120。
更には灰が覆っており、アルアが抱えるには少し大きい。
「刀剣の中では比較的長い方ですね」
「それよりも手は大丈夫なのか?
かなりしっかり持っているようだが……」
「大丈夫です。
灰が刀身を覆った段階で封印は成功してたみたいですね。
……むむッ!?」
一変したアルアの様子に思わず駆け寄る。
アルアの視線は足下、刀が突き立っていた元に向いていた。
――白骨。
美しさすら漂わせる亡骸。
骨の傷を察するに、たった今回収した刀に貫かれて絶命したようだ。
「オルネアさん、……ほいさっ!」
「ちょ、ちょっと待てアルア!」
封印した刀を投げて寄越すアルア。
反射的に受け取ってしまったが、解れる筈の結界が解れない。
「一番外側に灰の膜を施してます。内側から魔力で接着してるので解れません!
……それより、この亡骸を調査したいんですが構いませんか?」
魔法が解れないようにと腰の引けた様子で固まっていた剣士は、気の抜けた返事を返す。
「では早速――」
亡骸を掘り起こそうとした瞬間だった。
迫る絶命に――。
時間の圧縮に因って引き延ばされた体感が、吹き上がる炎を見つめていた。
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