第7話 回る因果

「奇襲作戦はいけそうっすか?」


「無理ね。王城の守りが硬すぎるわ。おそらく数人の転移者が王城の結界に関わっているわね。王国(こちら)は転移者一人もいないのよ。三十人以上の転移者を保有してる帝国に勝ち目なんてあるわけないでしょ」


 高めの建物の屋上でローブを着た軽薄な男(カスパー)との魔女の格好をした美少女(ソルシエール)は帝都を見下ろしていた。


「何とかならないんすか? 負け戦とかごめんっすよ。あんた王国一の魔法師なんすよね? 王城に乗り込んで転移者なんて全員ぶっ倒してきてくださいよ」


「王国一と言われてる私でも弱めの転移者に一対一で勝てたら奇跡ってところね。転移者数十人を相手に肉壁一つで単身で乗り込むとかどんな馬鹿でもしないわよ。まあ今回は偵察だし安心しなさい。契約書は読んでなかったの?」


「肉壁すか……えっと……報酬で目がくらんでたんであんまり……てか、何かおすすめの酒あるっすか? 出来ればちょっと良い酒飲みたいっすね」


 カスパーは銀のスキットルを見せニヤリと笑った。

 ソルシエールは心底興味無さそうに口を開く。


「私はお酒飲まないから知らないわ。お前は泥水でも啜っておけばいいんじゃない? というか下らないこと言う暇あるなら早くスキルを回復しなさいよ。そうね、次はあの屋台で焼きそば買ってる神父とその横にいる青緑髪の女を見てもらえるかしら?」


「あー、もうちょっと待ってくれないすか?まだクールダウン中っす。━━って焼きそばすか? あの転生者を煽ててたらなんか急に作り始めたっていう伝説の料理っすよね。あれ酒のお供にいいっすよねー」


「ったく、使えないわね。焼きそばとか転生者とかそんな話とかどうでもいいわよ。相場よりは高めに払ってるんだから働きなさいよ傭兵」


「そんなこと言われても困るっすよ。俺の【魔眼】(スキル)って呪力を見れること以外そこらの眼系統の雑魚スキルと変わらないんすからね。ちょっと目が良いだけっす。相手のスキルや魔法の兆候や残滓を鮮明に見られるのととかは違うんすよ。てか、こんなんで見つかるんすか? 色んな国から人が集まるとはいえ、半分ぐらいは帝国の人間っすし、もう贄なんて残ってないんじゃないすか? 今日見た中ならあんたが一番呪力あるっすよ。いっそあんたが贄なってみたらどうすか?」


「王国にいなかった以上は仕方ないでしょ。それに王国だと集められる魔力が少ないせいで私でも贄にはなれなかったわ」


「国一番の魔法師捨てでも転移者召喚って王国そんなに追い詰められてるんすか……あんた以上の呪力の才なんてまずいないっすよ……よし、回復したっす。で……誰を見れば良かったんでしたっけ?」


「もう行っちゃったわよ。本当に使えないわね。じゃあ……あの金髪の……えっと……何をしてるのしかしらあれ……ともかく少女を見てくれるかしら?」


「了解っす。ん……? 黒髪とピンク髪とその金髪でなんか取っ組み合いしてるっすね……てか、魔法でスキル【魔眼】を再現するなんてあんたやっぱり凄いっすね。それも俺より強力なやつを……」


「別に魔法師ならこれぐらい普通よ。魂に刻まれた固有魔法がスキルなのだから弱いスキルなら魔法で再現出来てもおかしくないでしょ」


「はっ、はぁ……よく分からないっすけど、確か呪力高いと魔力が少し変わって見えるんすよね? もういっそそれで呪術も見えないんすか?」


「見れるならお前なんてわざわざ雇うわけないでしょ。残念ながらこれで見れるのは魔力だけよ。それに魔力が変でも呪力と関係ないことがほとんどね。あまり当てにはならないわ。それで、結果はどうなの?」


「うーん、外れっすね。ここまで呪力の才が無いのはなかなかいないっすね。へへ。疲れてるなら休憩した方がいいっすよ」


「チッ、大丈夫よ。問題ないわ。とはいえこんなことしても見つかるわけないのも事実なのだけど……」


「ん? どうしたんすか? ああ、なんかピンク髪が大泣きしてるっすね」


「少し待っててくれるかしら?」


 カスパーの目の前にいたソルシエールはいなくなっていた。


「ちょっとどこ行ったんすか? あっ、もしかして……転移者数十人を単身で相手しに行ったんすかね?よし、俺は帰るっすか……」


「聞こえてるわよ。対隠密魔法をかけてきたわ。もう一回あの金髪の少女を見てもらえるかしら?」


 ソルシエールはカスパーの頭上に現れカスパーの頭を踏み付けた。

 カスパーは頭を抑え気怠そうに顔を上げる。


「うぶっ……もう、踏むことないじゃないすか。ジョークっすよ。ジョーク。対隠密? ああ、生まれ付き魔力や呪力が薄いっていう人もいるらしいっすね。でも何、回見ても結果は変わんないと思うっすよ。あの金髪の女の子っすよね? ━━ん? え? いや……はは……すげぇ……あんたの数百、数千倍はあるんじゃないすかね?こんな大きな呪力始めて見たっす」


「私の数千倍?何を馬鹿なことを言ってるの? な?は? 何よこの化け物は……」


「ほんとヤバいっすよね……これマジで情勢引っ繰り返せるレベルっすよ……あれ? てか呪力見えたんすね?見えないって言ってなかったすか?」


「いや私が直接見ていたわけじゃないわ。お前が見ていたものを見ていたのよ。獣使いがよく使う視覚共有魔法の応用ね」


「あー、なんか索敵で使ってるやつっすかね。で、今から拉致りますか?」


「いや……決行は夜ね。ただでさえ王国は理不尽な言い掛かりをつけられているのよ。もしスパイ行為がバレたらその材料にされかねないわ。それに贄の情報が万が一にも帝国に知られたらそれこそ終わりよ」


「了解っす。じゃっ、それまで俺は観光でもしてくるっす」


 カスパーはそう言うと人混みの中へ消えて行った。


ーーー


「グフ。フフフ。フッハハハハハ。アハハハハハ。死んだ? 死んだのか転生者? 海の藻屑になったのか? それにどうせあれだろ? 時間稼いだというのもの俺と戦った時みたいに遊ばれてたんだろ? お前、人間の分際で俺様の尻に剣をぶっ刺しやがってくれたよな。ギャハハハ。ざまあねえなぁ」


 転生者の銅像の前でヴァイルはイキり散らしていた。

 ヴァイルは馬鹿笑いしながらカンカンと食い終えた唐揚げの串で像の尻を打ち付ける。

 

「ふぅ……正直、今の弱体化してしまった俺様では転生者に勝つのは厳しいと思っていたが……死んでいたとは俺様は運が良いな。それに一番強いというのもあの転移者とかいう人間にしては悪くない程度の雑魚だ。ふっ、わざわざ人間のふりなんてする必要もなかったな。そうだ。せっかくだし、この像に試し打ちとでもいくか」


 一息付いて、賢者タイムのような穏やかな表情で独り言を言っていたヴァイルは、腕を伸ばし像に手のひらを見せる。


「《ヘルフレア》」

 

 ━━しかし、魔法は発動しなかった。


「え? あれ? 魔力はあるはずだが……おそらくだが人間になった時に魔力回路が変わってしまったのだろう……これでは今まで通りには魔法は使えないな……ではスキルといこうか。肉体は変わっても魂は変わらない。魂に刻まれた魔法であれば肉体の魔力回路は関係ないはずだが……【破壊】、【落雷】、【断罪】、【圧縮】」


 【断罪】が発動し像の首が落ちた。

 激痛に襲われたヴァイルはへたり込み下を向く。


「痛ててて……クソが……スキルもほとんど駄目じゃねえか。これは……鼻血?使い過ぎるとヤバいな……他に何か使えるか試すのも危険か……しかし【断罪】しか使えないとは……人化魔法の時に呪術も併用したがその時の代償か? いや、魂の疲弊も考えられるな……どうしたものか……あ、待てよ……人間の魔法なら使えるんじゃないか? 《肉体強化》」


 マキシムの魔法を模倣したヴァイルは落ちた像の首を蹴り飛ばした。

 像の首は遥か遠くへと飛んで行き、見えなくなる。


「悪く無い。魔力を覆って肉体を強化し、殴り蹴り首を折る。別にこれだけでも十分だな。いや、一応念には念をそこらの奴から武器でも奪ってくるか。フハハハハハ」


 マキシムによって転移者を一人だけだと勘違いした邪竜は首の飛んだ銅像の前で高らかに笑う。

 この後の運命など知る由もなく。

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