第16話
霧島家脱出騒動から三か月がたった。
千都さんと信頼関係を築いて、今月から私は喫茶店への復帰を許された。
それも霧島家に一番近い駅から自分で通うことを許されたのだ。
そんな日常が変化を遂げ、プライベートも仕事も充実した日々を送っている。
そして今日も週に三日の出勤日だ。
「お疲れ様。千聖くん」
「お疲れ様」
制服から私服に着替えをしたあと、同じ時間にあがる千聖くんと一緒に職場を出た。
千聖くんは駅の近くのマンションに住んでいて、私はその駅から電車に乗るから自然と一緒に帰るようになっていた。
それにしても病弱だからか、千聖くんと千都さんは似ていない。
体格とか身長がそうさせているのかもしれないけれど…。
「千都とはどう?」
「え? あ、うん。楽しく毎日送ってるよ」
「それならよかった。あのときはどうなるかと思ったよ」
「お騒がせしました…。
「……幼馴染なんだっけ?」
「うん。元許嫁かな」
今では『元』なんて言えるようにもなって、すっかり心境も変わってしまった。
昔はあんなに好き…だったのに。
でもその『好き』も年が離れてるから、お兄ちゃんのように好きだっただけかもしれない。
千都さんへの想いとは全然違うもの。
「千聖くんは実家に帰ったりしないの? お正月とかも帰ってきてないよね…?」
「用事もないから。親も留守にしてるから余計にね」
そういえば千都さんの親御さんは旅行に出かけてるんだっけ…?
籍をいれるときに一度だけ会ったことがある。
千都さんはお父さん似って感じがしたなぁ。
「でも今年は帰ろうかな。結愛と千都のことからかいにでもいくよ」
「からかわないでよ…! ごめんって!」
「ははっ。結愛は可愛いからいじりがいがあるよ」
「千聖くんの彼女さんのほうが絶対に可愛いって!」
「俺の恋人もまぁ可愛いところもあるけど、年上だしかっこいいところのほうが多いよ」
千聖くんは照れる素振りもなく、スマートにそう言った。
私は千都さんの話をするだけで顔が真っ赤になるのに、これが大人の余裕ってことかな。
……
布団に入りながら、今日あった出来事を千都さんに話した。
「仕事はどうだ?」
「うん。とても楽しい」
「それならいい。無理だけはすんなよ。あとなんかあったらすぐに言え」
「はい」
こくりとうなずけば、千都さんは私の頭をなでながら「おやすみ」と言って瞼を閉じた。
もう少し話をしていたかったけど仕方ない。
朝も早かったんだから、眠いに決まってる。
「おやすみなさい」と言って私も瞼を落とした。
だけど睡魔はやってこなくて、飲み物を取りに行こうと起き上がる。
だけどその瞬間、お腹に腕が回ってきて勢いよく布団に組み敷かれた。
「どこに行くつもりだ」
「え…? のみもののみにいこうかなって…」
そう言うと強張っていた千都さんは深いため息をついた。
「……はぁ」
「ゆきとさん…?」
千都さんは私の体に乗りかかって、ぎゅっと抱きしめる。
ぴっとりとくっつく体にドキドキと心臓が騒ぎ出した。
「また出ていくのかと思っただろ…」
「出て行かないよ…!」
「ならいいんだ。悪かった」
体が離れ、千都さんはそのまま立ち上がった。
そして私に手を差し出して「行くぞ」と声をかける。
「寝てなくていいんですか…?」
「ああ。一杯だけ付き合えよ」
「っ……ありがとう、千都さん」
「俺が頼んでんだから、礼なんかいらねぇだろ」
千都さんは本当に優しい。
その優しさに申し訳なさを抱えながらも、その手をとった。
「明日も早いのにごめんなさい」
「俺が付き合えって言ってんだ」
キッチンに行く間、私たちはずっと手をつないでいた。
千都さんが作ってくれたホットミルクを飲んで、布団に入れば、ようやく眠りにつくことができた。
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