想ってはいけない恋が胸を締めつける、切ない青春恋愛

『fragile』は、
亡き恋人を想い続ける少年と、その恋人の妹、そして新たな恋人。
三人の感情が静かに、しかし確実に絡み合っていく恋愛作品です。

誰かを強く想えば想うほど、
優しさが時に人を傷つけてしまう。
本作はそんな「どうしようもない感情」を、
派手な演出に頼らず、丁寧な心情描写で描いています。

物語は高校生活と野球部の日常を背景に進み、
青春の眩しさと、喪失の影が常に隣り合わせで存在します。
恋愛小説でありながら、
「前に進むとは何か」を問い続ける一作です。

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オンライン会議の画面が整って、カメラ越しにトオルさんとユヅキさんの顔が映る。チャット欄には、すでに召喚した文豪さんたちの気配もあって、少し背筋が伸びた。今回扱う作品は感情の揺れがとても繊細やから、丁寧に言葉を選びたいと思う。

(ユキナ)
「ほな、講評会はじめるで! 今回の作品は『fragile』、作者は水島あおいさん。恋愛を軸にしつつ、人の心の“弱さ”や“距離”が静かに描かれてる印象やね。読後に残る余韻が特徴的やと思うんやけど、みんなは最初、どんな空気を感じたんやろ? まずは率直な第一印象、聞かせてほしいな」

ウチの投げかけに、トオルさんが少し考えるように画面越しで視線を落としてから、穏やかに口を開いた。

(トオル)
「ありがとう、ユキナ。僕の第一印象は、“感情の配置がとても整理された恋愛小説”だね。登場人物それぞれが、踏み出したい気持ちと躊躇の間で揺れていて、その距離感が一貫して描かれている。派手な展開よりも、心の動きの積み重ねを大切にしている点が印象的だったよ。読者が感情移入しやすい構造だと思う🙂」

トオルさんの言葉にうなずきながら、今度はユヅキさんが静かに微笑んで話し始めた。

(ユヅキ)
「私も、今の意見に共感します。とくにこの作品は、誰かを想う気持ちが“声にならないまま残る時間”を丁寧にすくい取っているように感じました。言葉にしない選択や、沈黙が感情として伝わってくる。その抑えた表現が、かえって余韻を深めていて、恋愛というより“心の記録”を読んでいる感覚でした」

二人の話を聞いて、ウチの中でも作品の輪郭がはっきりしてくる。画面越しでも、この場の空気が少し柔らいだのを感じた。

(ユキナ)
「二人とも、ええとこ突いてると思うわ。トオルさんの言う“整理された感情”と、ユヅキさんの言う“沈黙の時間”、どっちもこの作品の魅力やね。派手さよりも、気持ちの揺れをそっと置いていく感じが心に残る。読み手に委ねる余白があるからこそ、受け取り方も人それぞれになるんやと思う。ここから文豪さんたちがどう見るか、めっちゃ楽しみやね」

ここでチャット欄が静かに動いた。重みのある言葉が、ゆっくりと流れてくる。

(夏目漱石)
「わたくしは、この物語に流れる“ためらい”の感情に注目いたしました。人は前へ進まねばならぬと知りつつ、心は容易に追いつかぬ。その齟齬が、終始穏やかに描かれている点は誠に見事です。人物同士の距離の測り方が巧みで、読者に思索の余地を残しておる。ただ、心理の転換点が、もう一段階だけ明確であれば、なお深みを得たやもしれませぬ」

夏目先生の言葉を受けるように、また一つ、静かな文章がチャットに現れた。

(川端康成)
「私には、この作品が淡い光の中で揺れているように見えました。強い言葉を使わずとも、感情は確かに伝わる。その抑制が、美しさを生んでいます。人物の心情が、風景や間(ま)と溶け合う点は、日本的な抒情を感じさせます。どうか作者は、この静けさを恐れず、今後も磨き続けてほしい。とても誠実な筆致です」

川端先生の余韻を受けて、感情の温度が少し上がるような言葉が届いた。

(樋口一葉)
「わたしは、この物語に描かれる想いの“慎ましさ”に胸を打たれました。言えぬ気持ちを抱えたまま日々を過ごす姿は、たいへん切なく、同時に優しい。とくに感情を抑える描写が美しく、読み手に寄り添います。ただ、もう少し人物の生活の手触りが加われば、より現実味が増すようにも感じました」

感情の話題が深まる中、時代を越えた視点からのまとめが、ゆっくりと投げかけられた。

(紫式部)
「わらわには、この物語が“心の奥に衣を重ねる恋”のように映りました。想いをあらわにせぬことも、また愛の形にございましょう。人の情は、常に正しさだけでは量れぬもの。構成も穏やかで、余白に情が宿っております。作者殿には、この繊細さを大切に、さらに心の襞を描いてほしいと願います」

紫式部様の余韻ある言葉を受けて、少し軽やかな気配がチャット欄に広がった。

(清少納言)
「わがみは、この物語の“心の揺れが日常に溶け込むさま”ををかしと感じました。大きな出来事よりも、何気ない場面に感情が滲むところが魅力にございます。読むほどに、登場人物の気配が身近になる。ただ、読者が息を整える間(ま)が、もう少し意識されれば、さらに味わい深くなりましょう」

清少納言様の指摘を受け止めるように、鋭さを帯びた文章が続いた。

(芥川龍之介)
「僕は、この作品が描く“選べなさ”に興味を覚えました。人は常に正解を選べるわけではない。その曖昧さを、過度に裁かず描いている点は誠実です。ただ、主題となる感情がどこへ向かうのか、その輪郭がもう少し浮かび上がれば、読後の思想性は一層強まるでしょう。全体として、静かな強度を持った作品です」

ここまでの文豪さんたちの言葉を受けて、トオルさんが画面越しに軽くうなずいた。

(トオル)
「皆さんの意見を聞いて、この作品が“感情の扱い方”で高く評価されているのがよく分かりました。心理の距離、美的抑制、日常への溶け込み方……それぞれの視点が重なって、物語の構造がより立体的に見えてきます。議論が一つの方向に偏らず、補完し合っているのが印象的でした。とても建設的な講評会ですね🙂」

トオルさんのまとめを受けて、ユヅキさんが静かに言葉を選んだ。

(ユヅキ)
「私は、この議論を通して、作品が持つ“受け手に委ねる力”を再認識しました。断定しないからこそ、読み手の経験が重なり、物語が完成する。その余白を肯定する視点が、今回とても印象的でした。次に読むとき、また違う感情に出会えそうです」

全員の言葉が出そろい、オンライン会議の空気がゆっくりと落ち着いていく。

(ユキナ)
「みんな、ほんまにありがとうな。『fragile』は、感情の弱さを否定せず、そのまま抱きしめるような作品やと思う。心理、距離、美しさ、日常――どの視点から見ても、丁寧に書かれてるのが伝わってきたわ。水島あおいさんの誠実な筆致に、改めて拍手やね。次回もまた、ええ作品を囲んで語ろうな!」

そう言ってウチは画面に向かって軽く手を振った。講評会は静かな余韻を残したまま、無事に幕を下ろした。

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甘い恋愛だけを求めている人には、
この物語は少し苦いかもしれません。

けれど、
誰かを本気で想った経験がある人、
「忘れられない気持ち」を抱えたことのある人には、
きっと深く刺さる作品です。

『fragile』は、
壊れやすい感情を、そのまま抱えて生きることを肯定してくれます。
静かで、切なくて、優しい恋愛小説を探している方に、
ぜひ読んでほしい一作です。

  ユキナ🌶

※この講評会の舞台と登場人物は全てフィクションです※