幕間:浮島の”青紫の”

龍の浮島は人里から最も離れた海の遥か上空に浮かんでいる。

浮島の下には常に大きな雷雲がひしめき合っているため、海上から目視はできない。

また、竜すら飛べぬ高度にあるため、本当に龍種しか到達できない幻の秘境となっている。


大きさは……大体日ノ丸の十分の一ほどだろうか。

龍種はそもそも二桁しか存在せず、彼等は食事を必要としないため、最低限仲間と共同生活ができる広さがあればいいのだ。


浮島には二、三万年以上、穏やかな空気が流れていたのだが、最近、それは唐突に終わりを告げた。


───久方ぶりに島の王が帰ってきたのである。


「久しぶりだな、同胞たちよ」


「龍王様!!!」

「バハムート様!!!」

「我等一同、心よりお待ちしておりました!!!」


ここまではいつも通りだ。

何なら数百年に一度は帰ってくるので、悠久を生きる龍種にとっては、過去何度も繰り返された日常風景であろう。


……問題はここから。


「我々が……元人間ですと⁉」

「あの地上を這う虫ケラだとおっしゃるのですか!」

「人類の進化形態が我等龍種……?」

「はっはっは。龍王様は冗談がお上手ですなぁ」


だが龍王は、地上で強大な魂を持つ人間に出会い、その人間は今にも龍に進化しようとしていると説明した。

またそれ以外にも今回得た様々な情報を渡した。

……例えば進化時に記憶を代償にすることなど。


彼等にとって龍王はこの世界の何よりも尊い存在だ。

本気のバハムートを見れば誰も耳を疑わなかった。


───その結果。


「正直に言うと、実は昔から龍王様がたまに人の姿になられるのを見て、少し気になっていたんですよ~」

「ふむふむ。なかなか悪くはないですな、人の身体も」

「フィジカルと魔法の精度がかなり落ちるけど、それ以外のメリットの方が大きいな」

「さすがは進化前の我等だ。想像以上に身体が馴染む」

「この際、街を人間サイズに改良してもいいかもしれませんね」

「ああ。研究をするならこっちの方が効率が良い」


以前は矮小な人間如きの姿になるのは論外、という風潮があったが、今となっては皆が人の姿で過ごし、街もそれ用に作り替えられるほどになっていた。

暇を持て余した龍種にとっては造作もないことだ。


ここでまた一つ流行った事がある。

彼等は人の姿で戦えば、フィジカルと魔法の威力が自動的に抑えられるため、島を壊さないことに気が付いたのだ。

腕試しと言う名の試合が日々繰り広げられた。

研究と日向ぼっこくらいしか娯楽が無かった龍種にとって、これは一番の収穫であったと言える。


島に住むほぼ全員が、過去、人の域を超えた傑物の中の傑物。

元の姿になった彼等はすくすくと戦闘力を伸ばした。


本日も島の中心にある闘技場では試合が行われた。

出口から二柱の龍種が出てきた。


「はぁはぁ……。龍王様が帰還なされてから毎日が楽しいな」

「バハムート様も戦われないのかな?」

「馬鹿。俺達全員が本気でかかっても瞬殺されちまうよ」

「そ、そうだよね……あははは」

「そういえば最近“青紫の”を見ねぇな。お前なんか知ってるか?」

「知らない~。あの子変わってるからねぇ。また島の端っこに小屋でも建てて静かに暮らしてるんじゃない?」

「まぁ最弱だもんな。それが一番だ」

「龍なのに戦えないって、ある意味すごいよね」


実はこの島には一柱だけ、戦いの“た”の字も知らない龍種が住んでいるのだ。

龍種は仲間愛が凄まじいため、直接いじめられたりはしないものの、変わり者と揶揄されたり、陰口を叩かれたりすることはあった。


また龍種は名前が適当なので、体色に準え、件の龍は“青紫の”と呼ばれていた。


彼等の言うように、“彼女”は今、島の端に小屋を建て、細々と暮らしていた。


「今日もいい天気だねぇ。果樹の生育も順調。……よし、また暇な時に無人島に降りて、美味しそうな果樹でも拝借しようか」


青紫色の長髪を靡かせながら、小屋に入って行った。


そんな静かに生きる彼女には、ちょっとした悩みがあった。

「はぁ……もっと知識が欲しい。正直、龍王様が綴ってくれた地上の本だけじゃ物足りないんだよね」


彼女は戦えない代わりに、島の誰よりも頭が良く、地上の知識に飢えていたのだ。


(農学、魔法学、工学、薬学、錬金術、鍛冶、芸術、人の社会における政治経済、歴史に法律……知りたいことだらけだよ、もう)


質素な椅子に座り、外の風景を眺める彼女の真の名は、三条小鍛冶宗千佳。


間接的にリュウと龍真を救った、大恩人である。

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