第33話 愛の巣探し(笑)③
希望した物件は想像以上に良かった。外観も綺麗だし、内装もリフォームしたばかりで新築感がある。駅まで徒歩15分も遠いように見えるが、全然歩ける範囲内だ。都内で長く生活すると歩くのが普通になってしまう。良くも悪くも。
「お部屋の広さなど、いかがですか?」
「良いですね。収納は広くはないですけど、これだけあれば十分そうですし。和室が空くと思うので、ここに置くことだってできますね」
「そうですね。お二人なら3LDKで十分かと思われます」
先ほどから俺たちの応対をしてくれている、確か――
「事後物件という言葉をご存じですか」
「どわあっ!」
背後から幽霊のように声を掛けられたせいで、体が盛大に跳ねた。俺の目の前にいる沖島さんも驚いているが、すぐに平静を取り戻している。
俺は振り返ると、まさに死んだ魚の目をした佐富士初夏がいた。思わずため息を吐いて、彼女の言葉に向かい合う。
「事故物件だなんて縁起でもない。ここがそうだって言うんですか」
「事故ではなくて事後です。事後物件」
「……ジゴ?」
あぁ、そういえば聞いたことがある。内見中に不動産屋の営業マンと客が性行為に及んだ、ってやつだろう。インフルエンサーか何か知らないが、その動画が流出してバレたんだっけ。にしても、なんで動画なんて残すかな。どこで漏れるか分からない世の中になっているのに。……というか、なぜいまその話が出てくるのだろうか。
「一時期ネットで叩かれてましたよね」
「はい。その匂いを感じたんです」
……なんだって?
普段の雑談であれば何とも思わないが、内見中にそんなことを言われると、スルーするわけにもいかない。真面目に受け取れば、ここがそうだと言う意味だろう。さすがに俺もその物件までは知らない。
「ま、まさかここが!?」
「そうではありません」
「へ、ど、どういうことですか」
彼女はすぐに否定する。なんなんだ一体。沖島さんの前で変な話を持ち出されると、それこそ誤解を招きかねない。というか今は部屋の話をしてほしいんだが、本当に何を考えているのだろうか。頭の中を覗き込んでやりたいぐらいだ。
気がつくと、佐富士初夏の視線が妙にズレていた。俺の後ろ側――まるで沖島さんがそうだと言っているような雰囲気があった。
「ちょっと、さすがに失礼ですよ。いい加減にしてください」
すかさず、俺が小声で指摘すると、彼女はどこか不思議そうな顔をした。
「沖島さんではなくて、適当さんの話です」
「はいっ!? いったい何のことですかね」
「さっきから彼女を見る目が
「はぁ……?」
そんなわけはない。さっきだって鼻を伸ばした自覚はないし、今だってフツーに会話していただけではないか。なんてったって、俺はもう少し大人びた女性が好きだし。まあ……告白されたら少し考えるかもしれないけど。
「ほらやっぱり。そういうところは本当に直した方が良いと思いますよ」
「な、何も言ってないでしょ! 大体さっきから何なんですか! 突っかかってきて言いたいことあるなら素直に言ってくださいよ」
「別に何もありませんよ。ただ気になったので指摘してあげただけです」
このやろう……俺が言葉を選んでやっているのに。本当にこの人と同居なんてして良かったのだろうか。いいや……完全にミスった。提案した時の俺は、まるで生き急いでいたみたいだった。もっと冷静になって考えるべきだった。桜野の言う通りだな。
「あ、あのっ! ケンカは……ね、あんまり良くないですから……!」
佐富士初夏に意識を奪われていたが、沖島さんの震えた声が響く。家具も何もおいていないから、その声はハッキリと俺たちの中に届いた。同時に、やってしまったと後悔。この人も同じ感情なのかは分からないが、いずれにしても人に見せる場面でないことは確かだった。
「す、すみません! お見苦しいところを見せてしまって」
「ごめんなさい。ご迷惑おかけして」
「い、いえいえ」
「お部屋はすごく良いですね。広さも十分ですし」
「そうですか。良かったです」
沖島さんは彼女の落ち着いた言葉を聞いて、心の底から安堵したようだった。というより、収拾がつかないことを恐れていたのだろう。本当に申し訳ないことをしたと思っている。店員に迷惑を掛ける客になりたくないと常々思っていたが、佐富士初夏が隣に居るとどうも難しい。そういう意味ではしっかり『死神』なのかもしれない。
「ここって2年契約ですか?」
「そうですね。以降は自動更新になります」
「途中で退去すると1カ月分の賃料が発生する感じですかね」
「えっと……はい、そうですね」
佐富士初夏との賭けは、1年後まで俺が生きていることである。
つまり、2年も一緒に暮らす必要なんてない。理想は1年更新の家だが、一般的には2年更新の物件が多いし、そこは妥協しても良いところだろう。
「退去される可能性があるのですか?」
「その辺がちょっと決まってなくて。1年は居たいと思っているんですが」
「全部この人次第なんですけどね」
佐富士初夏は沖島さんにそう言い切る。誰のせいでこんなことになったと思っているのか。そりゃあ、提案したのは俺だけどさ。嫌なら嫌と言えば良いのに、なんだかんだで俺に押し切られたんだよな。かなり屁理屈をぶつけたこともあって、反論の余地を与えなかったのが実際のところだけど。
「でも、物件としてはここが良いですね。どうですか?」
「私も問題ないです」
「分かりました。では戻って、簡単に今後の打ち合わせをしましょう」
沖島さんがそう言ったのと同時に、佐富士初夏のスマホが鳴った。彼女は画面を見ると「ちょっとごめんなさい」と言い残して外に出て行った。俺も後を追うつもりだったが、電話を盗み聞きする感じがしてリビングをウロウロして様子を見ることにした。
「すごく仲がよろしいんですね」
「そう見えますかね。ケンカばかりですよ」
「ケンカするほど仲が良いと言うじゃないですか」
彼女はニコニコと笑っている。書類をカバンに差し込む仕草には、まだ学生感がある。店内でも感じたが、すごく可愛らしい人だった。図抜けて美人とかではないが、きっと男にもモテてきたのだろう。――ってキモいな。やめよう。
「お付き合いはしていないんですね」
「ええ」
「する予定もないんですか?」
「ないでしょうね。まあ1年後の自分はどうなっているのか分からないですけど」
「あはは。それもそうですよね」
最初はひどく緊張している様子だったが、さすがに一緒に居て1時間以上経つ。彼女の口調こそ丁寧だが、トーンは明らかに上がっていた。
「この仕事してどのぐらいなんですか?」
「新卒で入って2年目です」
「一番大変な時期じゃないですか?」
「あはは……でも楽しいですよ」
まあ客に対して『楽しくない』なんて言う営業マンはいないだろう。もし居たらソイツは懲戒ものだ。彼女もそうで、楽しいという言葉の裏側には新卒特有の『気だるさ』が感じられた。まあ考えすぎかもしれないが。
とりあえず愛想笑いを返す。頭の片隅では
「春日さんはどうしてシェアハウスをしようと思ったんですか?」
「え?」
「あ、いや、す、すみません。その、
沖島さんは俺から目線を逸らす。客の事情に首を突っ込むのは感心しないが、2人しかいないこの空間の雰囲気がそうさせたのだろう。
確かに、異性と二人きりである。決して肯定するわけではないが、事後物件を生み出した元凶の気持ちが分からないでもない。人の秘密に触れることで、その人を知った気になる。それが理性という名の常識を忘れさせる。
「大それた理由なんて無いんです。本当に成り行きだったんですよ」
「成り行き、ですか」
「そうです」
無論、ここで本当のことを告げる必要なんてない。
契約が終わったらもう関係がないわけだし、佐富士初夏が死神で~、1年以内に俺が死ぬらしくて~、なんて言ったところで話が進まない。
「だったら、こちらも成り行きで良いですよね」
「え、何がですか?」
言葉の意味が分からずに聞き返す。沖島さんは自身の名刺に何かを書き込んで、やがてそれを俺に手渡してきた。
「もう少しお話聞かせてください。ほら、可愛いって言ってくれたじゃないですか」
「あ、あれは――」
冗談だ、というのは失礼すぎるか。さすがに。
そんな俺を尻目に、
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