第30話 同棲じゃなくて
♦♢♦♢
「はぁ!? あの人と
鼓膜を突き破りそうな甲高い声が響く。こう言われるのは何となく分かっていたから、あらかじめ耳を塞いでおいて良かったと我ながら感心する。
佐富士初夏に同居の提案をした翌日。時刻は昼の2時を回ったタイミングで、俺は桜野をランチに誘っていた。普段コイツから声を掛けてくることがほとんどだからか、やけにテンションが高かった。
やはり12時のコアタイムに誘わなくて良かった。間違いなく周りの迷惑になってたし、それはいま証明されたわけで。とはいえ、オシャレなカフェの雰囲気を台無しにしているのは事実としてある。女性の店員さんが苦笑いして俺の方を見ていた。申し訳なさそうに会釈する。
「少しボリュームを抑えてくれ。それに同棲じゃなくて同居だ」
「一緒だよ! ちょっと待ってよ何その急展開!? この1カ月で何があったわけ!?」
「分かったから、とにかく静かに話してくれないか」
身を乗り出してきそうな桜野をなんとか制す。まあ彼女の言いたいことも分かる。この間までただの飲みトモダチでしかなかった人と同居するってなれば、そりゃあ驚くか。俺としても、昨日遭遇しなかったらこんなことになっていなかったと思っているぐらいだ。
ブツブツと何か言っている桜野をなだめながら、俺はどこから話すべきかと頭の中で整理する。そして連絡が途絶えていたこと、昨日偶然会ったこと、そこで死神だと言われたこと――それを包み隠さず説明した。
……まあ包み隠さずと言えば嘘になる。彼女からキスされたことは言わなかった。言ったら絶対に面倒なことになるし、面白くもなんともない冷やかしが飛んでくるに違いなかったから。
「冷静に考えてヤバい女じゃね?」
「何で急にギャルになるんだよ」
「ギャルにもなるって。自分を死神って表現するのちょっと痛いし」
「まあ同感っちゃ同感だけども」
食後のコーヒーを啜りながら答える。本当にコイツはズバズバと物を言うな。まあそれが長所でもあるんだろうけど。だから営業成績も良い。下手に気を遣うよりもハッキリ言えるタイプの方が取引先から好かれることも多いし。
そんな彼女は、頬杖を突きながら俺の方をジッと見ている。あまりにも見てくるから、カップをテーブルに置いて視線を返す。
「なんだよ」
「その人に惚れちゃったの?」
「いやいやそんなんじゃないって」
「ならなおのことヤバいよ。春日君が。話を聞くと、何かジンクス破りみたいじゃん。春日君がここまでする理由が意味分からないんだけど」
「……やっぱり?」
「自覚あるの?」
「そりゃあ、まあ」
分が悪くなりそうだったから、またコーヒーに逃げる。
自分でもおかしな事を言っているという自覚はあった。でも、あの場面ではああ言わないといけない気がしたんだよな。なんだろう。死神なんて言われてバカにされた感じがしたからだろうと、勝手に解釈している。
何か追撃が来ると思っていたが、桜野は同じようにコーヒーを飲みながら少し考えている。その表情は暗かった。
「私も変に揶揄うようなことしちゃったから、余計に考えちゃってない?」
なんでそうなる――と言いたかったが、本当に申し訳なさそうな声をしていたからグッと飲み込んだ。
「そんなわけないだろ。桜野のせいとかじゃないって」
「ホントに?」
「当たり前。ここでお前のせいにするような男に見えるか?」
「見える」
「ばかやろう」
変に気を遣わなければ良かったよ、本当に。
にしても、コイツは妙なところを気にするんだな。まあウザいけど純粋にいい奴ではあるし、彼女なりに気に掛けてくれているのだろう。うん、そう考えよう。
「でも絶対大変だよ? シェアハウスって
「もちろん部屋は別々にするぞ」
「そういう問題じゃなくて。いくらプロポーズに失敗して人肌恋しい春日君とは言え、やっぱり急すぎると思う」
「なんで忘れさせてくれないの? 倒れてる人を刺して楽しい?」
「あははっ。ごめんごめん」
桜野は笑っている。本当、佐富士初夏が死神ならコイツは悪魔だ。俺の周りにもう少しお淑やかな人はいないのか。こう……癒やしになるような人がさ。
そんな俺の心を知る由もない桜野はなぜか「うーん」と
「その人の話が本当なら、オトモダチ認定された春日君は1年以内に死んじゃうってことだよね」
「みたいだな。まあ俺は全く信じてないけど」
「だけど、やっぱり気色悪いよ。そんなことを言われるとさ」
「……それはそうだけど」
コイツはこの手の話を信じるタイプなのだろうか。よく分からないけど、信じてしまえば佐富士初夏の思う壺な気がした。腕時計に目をやると、2時15分を指している。30分には出ないといけないな。遅めのお昼休みをもらってる身分だし。
「私はやだな」
急に桜野はそんなことを呟いた。思わず顔を上げると、さっきとは違って真剣な目で俺の心を覗き込んでいる。
「なにが?」
恥ずかしくなったから、目線を逸らして平静を装う。無意識に頭を掻くと、ワックスで固めた髪が少し乱れてしまった。まるで自分の心みたいに。
「春日君が死んじゃうの」
「……勝手に殺すなよ」
「でも、なんとなく」
「そんな気がするって?」
「うん。女の勘だけどね」
「今すぐ捨ててくれ。そんな勘は」
女の勘は良く当たると言われる。さすがに冗談ぽくするつもりはないのだろう。彼女は至って真面目な顔で話している。そうされると俺も本当に死ぬ感じがしてきて嫌になるんだが。
「まあ、何かあったら相談してよ? 私だって貴重な飲み友達と財布を失いたくないし」
「いま財布って言った? マジでもう一円も出さないからな」
「もう冗談だってばー! あはは!」
「はあ……」
優しいのか嫌がらせなのか。もう訳わかんないな。
けれど、俺がコイツに相談というか、報告しようと思ったのもある種の当事者でもあったからだ。佐富士初夏の隣、というのは言い過ぎだが、俺の中で何となくワンセットになっている印象があった。今や唯一の同期だし。
「で、いつから同棲するわけ?」
「同居な。一応来週末に部屋探しに行く予定」
「マジで同棲するんだね」
「同居。まあなるようになれだよ」
「だけど、恋人でもない男女のシェアハウスって大丈夫なのかな」
「何が?」
「ほら、そういうの嫌うオーナーも居るでしょ?」
「……まあなるようになれだよ」
「そんなんで大丈夫かなぁ……」
桜野の不安がひしひしと伝わってくる。お前は母親かよ。
でも、ここまで言ったからには引くわけにはいかないんだ。なんならプロポーズよりもハードルの高いことをやっている気もするぐらい。
とにかく来週末だ。そこで一緒に部屋探しをする約束はしているわけだし、なんとかするしかない。
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