2章 腐れ縁はいつも突然に

第16話


 クリスマスが終わるまでは異常に長く感じた日常も、過ぎてしまったら一気に加速度を増した。あっという間に仕事納めを迎え、総務部メンバーでの忘年会も終了。28日から年末年始の休暇が始まった。社会人にとっては一番気を抜ける時間ではないだろうか。営業時代もこの期間は携帯も鳴らなかったし、本当に羽を伸ばすにふさわしいタイミングだ。

 しかし、今年は非常に暇である。帰省をしないこともあり、都内で一人年を越す。本当は聖夏と一緒に過ごすつもりだったが、あんなことになってしまって。全く心の傷は癒えそうになかった。柄にもなく部屋の大掃除をしたが、普段全くしないせいで逆に汚くなった気がしないでもなかった。


 きょうは12月31日、大晦日だ。昼間から缶ビール2本空けたが、いつの間にか眠ってしまった。気づいたら20時を過ぎていた。自堕落じだらく具合に呆れるしかない。出前寿司でも取ろうかと思ったが、年末年始は予約しか受け付けてないとのこと。全てが想像通りにいかず、もうため息も出なかった。

 仕方なくウーバーイーツで適当に済ませ、再び缶ビールを空けた。最近はテレビを全く見ないから、毎年やってる歌合戦もイマイチ楽しくなかった。


 だらだらとソファに寝転がっていると、あと5分で2025年になる。例年なら母親が作った年越しそばを食べながら、顔も見たことがない芸能人のカウントダウンを見届けているが、今の俺にはそんな発想はなかった。ただなんとなく、年明けを見届けたら寝るだけ。


(……聖夏、何してんのかなぁ)


 スマホに残っている写真を見ながら、彼女のことを考える。自分でも女々しいとは分かっているけど、受け入れられないのが現実だった。俺が先走ったかもしれないが、結婚の話もチラホラしていたじゃんか。それなのにあんなこと言ってくるとか、本当は別に男が居たんじゃないか。考えれば考えるほどネガティブなワードしか出てこない。


 虚しくなったから写真を閉じた瞬間、テレビからにぎやかな声が響く。視線をやると、ステージ上で華やぐアイドルたちがやって来た新年を盛大に出迎えていた。2025年の始まりである。

 同時にスマホに通知が来る。ソファに寝転がったまま画面を見ると、桜野からのラインだった。


『あけおめ。今年も頑張ろうね。会社辞めないでね(笑)』


 アイツは確か西船橋の実家で過ごすとか言ってたな。恋人もいないみたいだし。実家が近いと気軽に移動できるから、その点は羨ましいというか、移動費が掛からないから魅力的に映る。

 ていうか、俺は辞めたいなんて一言も言ってないぞ。今の仕事にも収入にも満足しているし、今のところその予定はない。むしろ桜野の方は引き抜きとかされる可能性もある。外回りしていれば、その人の仕事ぶりが分かるからなぁ。


『あけおめ。桜野の方こそ辞めるなよ(笑)』


 あくびをしながら送信する。さっきまでぐっすり寝ていたのに、もう眠気が復活している。虚ろな思考でSNSの『ブルーバード』を開く。があってから遠ざかっていたが、久しぶりに覗いてみることにした。

 結局、例の動画がどこまで拡散されたのかは分からない。多分調べれば出てくるが、嫌な汗が止まらなくなるからやめよう。

 適当にツイートを流し見していると、画面上部にショートメールの通知が表示される。そこにはここ数日で記憶に刻まれた名前があった。


『明けましておめでとうございます。友達らしくメッセージを送ってみました』


 佐富士初夏である。つい1週間前に出会った人とは思えないほど、もはや名前と顔が同時に頭に浮かぶぐらいの存在感がある。

 よくある『あけおめメッセージ』でもこの独特さだ。本当に不思議な人。そういえば帰省はしていないとか言ってたっけ。連絡を取ったのは、なんだかんだあのクリスマスの電話以来であった。


『あけおめです。今年もよろしくお願いします』


 とは言え、別に気負うこともない。何も考えず、当たり障りのないメッセージを送る。桜野とのラインも終わったし、新年のあいさつ連絡というのはその程度だろう。

 しかし、その考えはすぐに打ち消される。俺が冷蔵庫から飲み物を取るために立ち上がると、スマホの通知音が響いた。


『起きていらしたんですね。てっきりもう眠っているかと』


 俺をなんだと思ってるんだこの人。夜の9時までに寝るようにしつけられた子どもか? まあ今日は自慢できる一日を送ったわけじゃないが、年越しの瞬間くらいは起きていたいタイプだ。


『昼から寝てたので目が冴えてるんです(笑)そういう佐富士さんこそ』

『私は久しぶりの休日なので』

『年始はいつから仕事ですか?』

『4日から会社に出る予定です。仕事が少し残ってるので』

『土曜仕事ですか? 取引先も休みのところが多いんじゃ?』

『書類作業だけなので社内で過ごします』


 なんだかんだでメッセージのラリーが続いた。

 人材系の仕事とか言ってたっけ。イメージで決めつけるのは良くないが、土日出勤が必要ってことははやはり相当厳しい業界なのだろう。サービス業は仕方ないにしても、せっかくの年末年始なんだし、暦通りに休みたいのが本音だ。

 こういう時の彼女には何も言わないのが適切だ。いい加減な励ましは逆効果。だから話を変えようと思考を回し、ふと思いつく。


『神様って信じますか?』


 あまりにも唐突なメッセージに少し間が空く。混乱している彼女の姿がなんとなく想像できて、つい口角が上がった。そして返ってきた言葉は、思いのほか辛辣しんらつなものだった。


『宗教勧誘ですか? 最低ですね』

『いやいや違いますって! ちょっとボケただけです』

『ではなんなのですか』

『もし暇なら、初詣にも行きませんか?』


 彼女からメッセージが来るまでは、全くそんなこと考えてなかった。全然行く気がなかったけど、想像以上にこの暇な時間が苦痛だった。何かイベントがあった方が良いと思って、誘ってみた。

 佐富士初夏には悪いが、今の俺は深夜テンションならぬ新年テンションである。だから別に断られても良かった。桜野もいるし、アイツとならそのまま飲みに行く流れになるだろう。

 けれど、その返事は意外にも淡々としていた。


『今からですか?』

『明日、ってか日付変わってるからややこしいですね。1日の昼間とかどうでしょうか』

『分かりました。良いですよ。私も暇なので』


 思わず「マジか」と声が出た。断られる前提での提案だったから、逆に焦る。


『ちょっと意外でした。そういうのには行かないと思ってたので』


 別に言わなくても良いことを言ってしまう。でも気になるから仕方ない。無責任な人が嫌いというなら、カミサマのことだって嫌いのはずだろ。人々の願いを聞いているのか聞いていないのか分からないカミサマなんて。


『信じてはいません。裏切られてばかりだから』


 その言葉は、彼女自身の人生を表している気がした。今までのどの言葉よりも重くて、俺の心に突き刺さる。一体何があったんだよ。俺の一個上なのに、どんな人生経験をすれば、そんなにひねくれた考え方になるのか。


『でも無責任にお願いできるのは神様ぐらいですよ(笑)』


 かといって、俺も初詣なんて久しく行っていない。帰省しても行かないことが多いし、作法とかも正直怪しい。あの人は普通にグサグサ言ってきそうだから、ちゃんと覚えていかないと。

 俺がそんなことを考えていると、彼女から返事が来た。


『確かにそれもそうですね……笑』


 あ、笑った。文面だけど。ゲラゲラと笑うのだろうか、佐富士初夏って。

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