25.巨人


 昔、一度だけアルヴァルルと狩りに出掛けた事がある。

 多忙を極める魔王アルヴァルルにとっては、宝石の如くに貴重な休日である。それを私のようなものと過ごしてよいものかと困惑したが、アルヴァルル曰く「貴殿が相手でなければ休まらぬ気もある」とのことだった。まぁ確かに、六魔将の中でなら私が一番気楽な相手ではあろう……と、その時は単純に納得した。


 その時の狩りでは、アルヴァルルは木の弓を用いていた。

 得意の魔法は使わないし、魔王城の武器庫に眠る高級な弓を使うわけでもない。どこにでもあるような粗末な木の弓だ。彼は私にも同じものを渡して、「貴殿も己の力のみで挑むと良い」と言い放つ。

 酔狂だな、と思った。魔法だって己の力の一部だし、道具が良くても腕が悪ければ成果は出ないのだし。無意味な拘りのように感じられたが、かといって、アルヴァルルが全霊で挑めば鹿や猪どころか暴龍だって容易く捕らえられてしまう。これくらいの縛りは必要なのだろうと思って、私は共に狩りに挑んだ。


 成果は上がらなかった。

 アルヴァルルの威圧感は獣たちを圧倒してしまうし、私は単に弓が下手だ。

 朝から夕刻まで粘りに粘って、手に入ったのは兎が一匹。射抜いたのは私だ。

 やはり上手くはいかないなぁと笑うアルヴァルルと、その兎を分け合って食べる。当然ながら魔王城での夕餉のような美味さは無いが、なんだか活力の湧くような味だったのを覚えている。


 あの時の狩りと比べれば、迷宮の攻略はそう難しいものではないかもしれない。

 ミリアミが罠を察知し、ラーヤーが駆ける様を眺めながら、私はなんとなしに思う。

 無論、獣を狩るのとは比較にならないような危険もあるのだが……びぃ、と熱線が傍らを通り抜けるのを、溜め息混じりに見送る。

「よし、今だよミリアミさん!」

「承知しました。はぁっ!」

 ラーヤーが石人形の脚を斬り落とし、すぐさまミリアミが短剣を本体へとねじ込む。

 そうして中身を割ってみれば、今度は無事な状態の魔石が手に入るのだった。


「マナイアレスト様の見立て通りですね。私が取り出せば問題ないようです」

「その魔石には既に『綻び』が浮かんでいるがね。視えない限りは大丈夫だろう」

「ふぅ。これでラクモエルスへのお土産も、手に入ったね」


 汗を拭うラーヤーに「うむ」と私は頷いた。

 しかし、ここまでの道中を振り返ってみると……どうにもおかしい。

(簡単過ぎる。確かに石人形も罠も脅威だが、何人も攻略できない脅威とは思えない)

 迷宮の名が知れてから経った長い年月を思えば、私たち程度の挑戦者だって少なくはなかったろう。その悉くが志半ばに散ったというのか?

「考えておられることは予想が付きます」

 思案に耽っていると、私の懸念を察してミリアミが言う。

「お気付きになられていますか? ここまでの道中、死体が少なすぎますよね」

「それっぽいのは、いくつかあったけど……?」

「いくつか、な。迷宮攻略に来たであろう挑戦者は、もっと大勢いる。十数人の大所帯で挑んだという話だって聞いたことがあるぞ」

 今までの挑戦者たちも、この辺りまでは無事に来られたのだろう。

 そうして、この先で何かにしくじり、帰ることが出来なくなった。

 私は後ろを振り返ってみる。照明魔法の届かぬ通路の先は漆黒の闇で、どれだけ歩けば日の当たる場所に帰れるのか、見当もつかない。

「まぁ、どうにも不味いと思ったらグリッチを使って帰ればいい。ラクモエルスへの言い訳も用意出来ているのだし」

「でも『綻び』が全然見当たらないね。おれが使っちゃったから……」

「あぁ……まぁな。それについてもちょっと考えがあるのだ、が……」

 こつこつ、こつこつ。

 話しながら歩いていると、不意に目の前に巨大な扉が照らし出された。

 今までの通路とは、明らかに様子が異なる。迷宮の区切りとなる部屋だろうか。

「調べます。少々お待ちを」

 ミリアミは、ついさっきまで短剣にして使っていた生成物を魔気へと解き、小さな鎚のようなものへと変えて扉を叩く。こんこん、こん。反響する音は重い。

「ふむ……分かりやすい仕掛けなどはなさそうですね」

「触れれば槍が刺しに来る、なんて展開はないわけか。それはいいが、どう開けるんだ?」

「とりあえず押してみようか」

 ラーヤーがそう言って、扉を力の限り押し始める。

 ごごごごご。ゆっくりとだが扉は開く。ただただ重いだけで、他の仕掛けも無さそうだ。私とミリアミも手伝い扉を開ききると、中にはやたらと大きな部屋が広がっている。

「んん。ここは何の部屋だ?」

「分かりませんが、嫌な予感が致しますね。端の方をご覧ください」

 ミリアミに言われて目を向けると、部屋の端には折れた剣や砕けた鎧を纏う哀れな白骨死体がごろごろと転がっていた。はぁ、とため息を吐いて天を仰ぐ。

「ここは一度出直さないか。心の準備が出来ていない」

「確かに怪しそうだけど……あ、待って、扉が!」

 私たち三人が部屋に入って周囲を窺っていると、あの重い扉が勝手に閉じていくではないか。これは不味いと扉に走るが、間に合わない。目前でばたんと閉じた扉には、開く為の取っ手すら見当たらなかった。

「この部屋自体が罠だったか!」

「騒がないで下さい、マナイアレスト様。どの道、避けて通れる扉ではありませんでしたよ」

「それはそうだがね。死体の転がる部屋に閉じ込められたと来れば、次の展開も自ずと分かって来るというものだ!」

 聡明な私の予想を裏付けるように、部屋の奥の壁が形を変えていく。

 そうして私たちの前に立ちはだかったのは、今まで倒した石人形と同じ瞳に、巨大な体。ガヴォレッドをおおよそ二倍くらいにした上背の、強靭そうな石の巨人だ。

「それみろ。これを打ち倒さねば先には進めない、というわけか?」

「倒せばいいんだよ。『綻び』も見えるし、きっと大丈夫!」

 ラーヤーの言う通り、石の巨人は四肢のそこここに『綻び』を浮かび上がらせていた。

 あれを斬れれば、如何に石の体を持つと言ってもひとたまりも無いだろう。

 そう考えてみれば、確かに大きな問題には思われない。ラーヤーとミリアミならば勝てるだろう。私は私で、死なぬように気を付けていればいい。


「……。……。侵入者を認識。人間が一名、変異体ミュータントが二名か」

「む。今までの石人形より流暢に話すのだな、この巨人は」


 まるで魔族や人族がそのまま喋っているような、硬さの無い言葉遣いだ。

 というか待て、今なにか聞き慣れない単語を口にしなかったか? みゅ……なんとかと。


「いや……よく見れば、勇者ラーヤーと魔族が二人か? これは異な組み合わせだな」

「えっ。おれのこと、知ってるの?」

「其方の事は知らぬが、ラーヤーの波長は登録されている。そうして、そこの男」


 石の巨人はこちらに視線を向ける。

 どうにも不穏な気配がするぞ、と身構えていると、巨人は更に続けた。


「蒼い瞳。だな」

「……は? 蔵書院には以前勤めていたが、何故お前が知っている」

「聴いているからだ。成る程、これは特殊な変異をしている」

「勝手に何を納得している! 聴いたとは誰にだ、そこまでちゃんと答えろっ!」


 石の巨人が言うことは、一から十まで怪しい限りだ。

 その一つ一つを問い質したい所だが、まずこれだけははっきりせねば、先に進めない。


「『天命』の……否、こう述べた方が通りがいいか」


 、と巨人は言った。

 いい加減にしろアルヴァルル。私は天へと怒鳴った。

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