5.魔将


 六魔将とは、その代の魔王によって力を認められた魔族たちである。

 ある者は戦の腕を。ある者は異常なまでの生命力を。ある者はその計算高さを。

 他の魔族とは比べ物にならぬと判断された者たちが、栄誉と権限を与えられるのだ。


 そう聞くと立派なものだが、事実としてはどうだろうか。

 ガライロイなどは分かりやすく魔王の剣を気取って励んでいたが、大半の魔将は心根が歪み切っていた。放置すれば魔族社会に害を為し得る奸物を、魔王が圧倒的な力によって制御している。そのように言った方が、実態に即しているだろう。


『喜悦』のラクモエルスも、その手合いである。


 彼は全ての命を遊戯盤の駒として捉えていた。

 森羅万象は彼の退屈を紛らわす為の道具であり、悲嘆も苦痛も、劇的でさえあれば悦楽の糧とする。そうして彼は、その価値観を隠そうともしないのだ。


「以前に、魔将エルレドールがアルヴァルルの暗殺を企んだことがあってね」

 ざくざくと、枯れた草を踏み進みながら、私は傍らのラーヤーに語り聞かせた。

 私たちがこれから助けを求めに行く男。西の湖畔に棲むラクモエルスが、果たしてどのような魔族なのか。

「エルレドールは、西の村に暴龍が現れたという話をでっち上げ、アルヴァルルが討伐に向かうよう仕向けたんだ」

「アルヴァルル、一人になった?」

「そうなる筈だった。そうして孤立したアルヴァルルを、エルレドールが自身の配下と共に討つと……まぁ、そんな計画だったのだろう」

 仮にこれが成功していても、アルヴァルルに勝てたかは怪しいものだが。

 それ以前に、エルレドールの目論みは上手くいかなかった。

「実際の所、エルレドールとその配下は、決行当日に暴龍に襲われたんだ」

「え。……嘘、だったんじゃないの?」

「うん。エルレドールは魔王を殺す為に嘘を吐いた。だけど、と考えた男がいたんだよ」

 暴龍とは、魔気を限界以上に取り込んだ高齢の龍である。

 鱗はどんな鋼よりも硬く変化しており、吐く息には体内から溢れた魔力が混じっている。故に物理と魔法の両方に強い耐性を持つが、一方で理性を失っており、本能のままに暴れ狂う。魔族たちの中では、災害の一種として恐れられた存在だ。


 それを、ラクモエルスが捕らえて連れてきた。

 想定外の事態に慄き、混乱のままアルヴァルルに助力を求めるエルレドールの姿を見て、大笑いしたかったからだ。


「そんな理由で……?」

「狂っているだろう。言っておくが、ラクモエルスも無傷で暴龍を捕らえたわけではないぞ。魔気は枯渇し全身傷だらけ。腕は折れ、片目はあわや失明寸前という所までいった」

「うわぁ」

 ラクモエルスの所業を聞き、ラーヤーは口の端をひくつかせた。

 暴龍を捕らえるのが容易だと言うなら、まだ分かる。性格が悪い、で済ませてもいいだろう。しかし、面白そうだからと己の命を顧みず危険に飛び込むのは、異常である。

 ついでに言うなら、ラクモエルスはエルレドールの事を嫌ってはいなかった。

 いつでも魔王アルヴァルルの隙を窺い、機を見ればその命を奪い自分が後釜に収まろうとする、彼女の熱意を高く評価してすらいた。

 だからこそ……その熱意が空振った時の慌てふためきようが愉快なのだと、ラクモエルスは私に語って聞かせた。私にはとても笑えなかったが。

「そんな人の助け、本当にいるの?」

「必要だとも。私たちはほら、魔王城には戻り辛いから」

 魔王アルヴァルルが何を知っていたのか理解する。

 その為には、アルヴァルルの足跡を追う必要がある。具体的に言えば、私室を探索して彼の読んでいた古い書物を調べたり、綻びに関する覚書が無いか探ったり、だ。

 けれどアルヴァルルの私室は、当然ながら魔王城の内部にある。魔王殺しを手引きした反逆者として石もて追われる身となった私には、容易に手が届かない。

「おれのせいかな……」

「いや、悪いのはアルヴァルルだ。引き継ぎが荒い。それから運も悪かったな」

 ラーヤーの正体が兵士たちにバレたのは、あの不自然な風のせいだ。恐らくはあれも綻びのせいだろう。ラーヤーに過失はない。


「私たちが魔王城に戻るには、魔将の協力が必要だろう。そして六魔将の中で私たちの話をまともに聞いてくれそうなのは、残念ながらラクモエルスだけなのだよ」


 あれはあれで、綻びの存在を信じてくれた数少ない魔族だ。

 アルヴァルルの遺言に関しても、信じるか、信じなくとも面白がる。

 頼りたくない気持ちはあるが、背に腹は代えられないだろう。


「しかしまぁ、今日中には着かないだろうな。また例の秘術で移動出来れば楽だが」

「グリッチが使えるほどの綻び、ここにない」

「うん。不思議なことだが、経験上こうした場所には大した綻びはないな」

 私が多くの綻びを視るのは、主に魔族の生活圏内だった。

 小一時間も街を歩けば、目に入る綻びの数は百を優に超えるだろう。

 反面、今歩いている森や洞窟の中などには、綻びがあまりない。

 木々や獣道には時折か細い蒼の光が浮いているが、その程度の綻びではグリッチは使えないのだとラーヤーが教えてくれた。

「そう考えると、ラーヤーはよく一日で魔王城まで辿り着けたな?」

「……おれの村から魔王城まで、綻び、たくさんあったから」

 ラーヤーは答えながら、きょろきょろと周囲を見回す。

 その所作はどこか不安げで、もしかしたら、と私にある疑問を浮かばせる。

「綻びのない景色を視るのは、初めてなのか?」

「……うん。なんでわかったの?」

「君の目が、ずっと綻びを探しているようだったからな。移動の為……というのもあるだろうが、それにしては落ち着きがない」

 あるべきものが無い。ラーヤーには、周囲がそう見えていたのだろう。

 私でさえ、きっと綻びが全く視えなくなれば、同じ反応をしてしまいかねない。


 その日は結局、夜が更ける前に野宿することとなった。

 天幕もない野外で眠るなど、いつぶりの事だろうか。魔域の夜は冷えるからと、私はラーヤーに多めの薪を拾ってくるよう頼んだ。素直なラーヤーは、こくりと頷いてしばし駆け回ると、細身の腕にいっぱいの薪を集めてくる。私はその薪を、待っている間に掘った小穴に放り、ぱちりと指を鳴らして点火の魔法をかけた。

「これでよし。しかし食事がないのは問題だなぁ。流石に腹が減った」

「そうだね。なにか、探してくる?」

「止めておこう。私も君も、この森に詳しいわけではないだろう? そこらの獣や魔物に負ける私たちではないだろうが、遭難は避けたい」

 しくしくと飢えを訴える腹を無視して、私は地面に身を横たえる。

 それを見習ってか、ラーヤーも焚火の向こうで静かに横になった。

「朝になればまた歩こう。村にでも着けば、食事にありつく方法も思い浮かぶさ」

「うん……」

「道中で獣を見つければ、それを狩るのでもいい。狩猟は私の得意とする所ではないが、ラーヤーと協力すればなんとかなるだろう」

「……うん……」

 私がつらつらと述べていると、ラーヤーの声が段々と小さく遠くなっていく。

 おやと思って目を向けると、彼はいつしか、瞼を下してすやすやと眠りこけていた。

(勇者……英傑……あまり似合わない言葉だな)

 ラーヤーの眠る姿を見て、私はそう思う。

 彼は確かに善性の生き物で、魔王アルヴァルルと渡り合えるだけの実力者なのだろう。しかし今こうして眠る彼の姿はどうだ? どこにでもいる、可愛らしい少年ではないか。

(アルヴァルルと戦ったのは、敵討ちの意味もあったのだろうが……)

 そも、こんな少年を勇者だなんだと奉るとは、人域はどうなっているのか。攻め込んでいる魔族側の将が言うことではないと理解しているが、どうにも納得がいかなかった。

 ラーヤー自身は、己の役目をどう考えているのだろう。

 今日一日、ラーヤーは私はおろか、アルヴァルルにさえ憎悪の感情を向けなかった。村を焼いたガライロイは別としても、ラーヤーには魔族全体を敵視する気持ちが無いのかもしれない。

(それで勇者をやれたのか、君は?)

 ガライロイの件が無ければ、敵にさえ殺意を向けることは出来ないのではないか。

 そんな心配が、不意に私の胸へ湧いてくる。或いは私が、彼の唾棄すべき敵として振舞えたのなら、感情の置き所も定まるのかもしれないが。


(ラーヤー。君は今、なにを思って動いている?)


 私が魔王を失い、魔将としての存在意義を失ったように。

 ラーヤーが背負っていた勇者の使命も、電撃的な一日で果たしてしまった。

(いけないな。腹が減ると、余計なことまで考えてしまう)

 ラーヤーの今後など、私が考える筋合いではない。

 それは人族として、ラーヤー自身が考え決めていくことだ。

 私は、ただ私のこれからを考えていればいい。アルヴァルル亡き後、私はどう生きていくべきなのか。或いは綻びの探求の中で、その答えが見いだせればいいのだが。


 答えは出ぬまま、私は眠りの中に落ちて。

 翌日。朝早くから起きて歩き出した私たちは、道中に村を見つけると共に絶望した。


「見ィつけたぞマナイアレストォォォッッ!!」


 雷霆のように響く声と、赤褐色の猛牛が如き大角を備えた巨躯。

 率いた配下もそれにふさわしく、角や毛皮の獣じみた特徴が目立つ魔族が揃う。

 見間違えるわけもない。私は嘆息し、「一応聞こう」と問いを投げる。


「何故、お前がここに……?」

「貴様ならここを通るだろうと、ラクモエルスが教えてくれたのだッ!」


 大男の言葉に、私とラーヤーは無言で顔を見合わせる。

 どうして私たちの動きが掴めたのか。それは今となっては、些末な問題だ。


「話した通りの奴だろう、ラクモエルスは?」

「マナイアレスト、嫌われてたわけじゃないよね」

「さて、どうだかな。面白がられているのは確かだが」


 私がアルヴァルルを討った勇者と魔王城から逃げ出した、と知って。

 マナイアレストは本当に反逆者なのか。そう推察するよりも早く、奴は思ったのだ。

 ああ、マナイアレストが困ったら、きっととても愉快だろうなぁ、と!


「私は不愉快だ、ラクモエルス!」

「なぁにをごちゃごちゃ言っている、反逆者、『小角』のマナイアレストォォ!」

「叫ばなくても聞こえている! お前と違って私の耳は遠くないんだ……ガヴォレッド!」


 今、村に入ろうとする私とラーヤーの目前に立ちはだかる大男は。

 ガライロイに並ぶ、もう一振りの魔王の剣。名をガヴォレッド。


『粉砕』のガヴォレッドが、私たちの探求の旅を粉砕しようとしている。

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