第39話 おかえり
「しかたがねーなー。全員俺の前に集れ! 俺が戦場で見てきたものを教えてやる」
ゾングさんはニヤニヤが隠しきれないようです。
ただ自慢話がしたいだけのように見えます。
入団審査を受けていた人達が、ゾロゾロ集って来ます。
「集ったら全員座れーー!!」
キリザ隊長が声をかけると、集った人達が次々と広場の石畳にじかに座り込みます。
試験官の人まで楽しそうに座りました。
「いいかーー全員目を閉じろーー!! ここは、サイシュトアリ国西部シュエステン荒野だーー!! 辺り一面の黄色い荒野!! そこを、お前達は丘の上からのぞき見ている。左手にはフト国軍四万だ。対するサイシュトアリ国軍三万五千は右手に布陣している」
そこまで言うと、ゾングさんは間を取りました。
丁度その時広場に風が吹いてきました。
その風は座っている私達の髪が、大きく揺れるぐらいの少し強めの風でした。
目を閉じる私は、まるで荒野の中にいるような感覚に襲われました。
「左手から、一人の騎士が真っ赤な馬に乗って進み出た。『わが名はフト国四神将が一人ドウカンであーーる!!』ドウカンが進み出て吠え、レンカの宝刀を振り上げた。サイシュトアリ国軍は静まり返った。『ふははは、どうやらアーサーはいないようだな。誰か、相手をする者はいないかーー? いなければ総攻撃をかけさせてもらう』神将ドウカンは大きく息を吸い込んだ」
ゾングさんもそこで大きく息を吸いました。
「……」
全員が無言でツバを飲み込みました。
目の前にいまいましい敵将ドウカンの姿が見えているようです。
「ぜんぐーーん!!……」
ゾングさんは出せる限りの大声で言いました。
集っている人の体がビクンと揺れました。
ですが、そこまで言うと沈黙して、静かな声で続けます。
「神将ドウカンがレンカの宝刀を振り上げたまま動きを止めた。視線はサイシュトアリ国軍……、そこからゆっくり一人だけ進み出てくる謎の紫の鎧の男に向けられた。『な、何者だーー!! 名を、名を名乗れーー!!』あの神将ドウカンが少しひるんでいるようだった。神将ドウカンがひるむ程の恐ろしい、どす黒いオーラをまといながら謎の紫の鎧の男は、ゆっくり戦場の中央へ一歩一歩進んでくる……」
ゾングさんは、また沈黙しました。
「……」
全員無言で沈黙し、次の言葉を聞こうと耳を澄ましました。
私は少し薄めを開けてゾングさんを見ました。
いたずらっぽく笑っています。とても楽しそうです。
「わが名は、イザミギーー!! アーサーの兄弟であーーる!! 兄弟のかたきー!! 果たさせてもらうぞーー!!」
もう、それはもう、全力の声でゾングさんは言いました。
おかげで、全員が座ったまま、どうやったのか分かりませんが少し体が宙に浮きました。
「『ふん、少しはやりそうだな』神将ドウカンが言うと、『万全なのか?』イザミギ様が聞きながら背中の大剣を抜いた。美しい龍の飾り模様が付いた紫の大剣、レンカ紫龍剣だ。イザミギ様が剣をかまえ終わるのを見て、『当たり前だーー!! いくぞーー!!!!』神将ドウカンが馬の腹を蹴った。
『ぐわああああーーーーーーー!!!!』
勝負は一瞬だった。神将ドウカンは左手のレンカの宝刀でイザミギ様の肩を切りつけた。いつもならそれで、勝負が付いていたはずだ。
レンカの宝刀は敵を鎧ごとぶった切る。だが、イザミギ様の紫の鎧は天下に名高いレンカ紫龍の鎧だ。キンと乾いた音がしただけで、傷すら付かなかった」
「な、なんだって、レンカの宝刀で傷すら付かないだって」
「ありえねーー!!」
「レンカ紫龍の鎧……すげーー!!!!」
話を聞いていた受験生がザワザワした。
そして、全員がイサちゃんの方を見ている。
ザワザワが静まると、ゾングさんは話を続けた。
「イザミギ様はレンカの宝刀をよけもせず、そのまま紫の大剣を振った。大剣は神将ドウカンの刀を持つ左手と、左足を切り落とした。神将ドウカンは、さすがだった。左手と左足を切り落とされても、手綱から右手を離さなかった。神将ドウカンの馬も名馬なのだろう、主人の危機に気がつき、一目散に全力で自陣に走った。傷口から大量の血を吹き出しながら神将ドウカンはフト国軍の中に消えていった。イザミギ様は馬を追えるほど速く走れないので追撃をあきらめて、逃げる神将ドウカンの背中を静かに見送った。足元には、レンカの宝刀を握ったままの左手と左足が転がっている」
「うおおおおおおおおおーーーーーーーー!!!!!」
「すげーー!!」
「イザミギ様すげーー!!!!」
受験生から歓声が上がった。
イサちゃんは照れくさそうに頭をかいている。
「フト国軍内は『治療班!! 治癒魔法だーー!! 何をしているーー!!』騒然となった。だが、サイシュトアリ国軍は水を打ったような静けさだった。余りの出来事に見とれて、呆然としたまま動けないでいた。『な、何をしている!! 全軍総攻撃だーー!!!!』サイシュトアリ国軍アーサー騎士団二番隊のノグロ隊長が叫んだ。これが俺の見てきた戦争だ。結果は数に劣るサイシュトアリ国の大勝利。俺が知るかぎりフト国軍の敗戦は初めてのことだ」
「す、すごい……」
受験生が一言だけ言うと静まり返った。
「レイカ姉、ただいま戻りました」
イサちゃんは私の前でひざまずき頭を下げてくれました。
どうやら、私が馬鹿にされて落ち込んでいたのがバレていたみたいです。
「うふふ、良くやってくれました。お帰りなさいイサちゃん」
私は、イサちゃんの頭をなでなでしました。
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