みんな「ノーフューチャー!」だったはずの未来で生きている

栗原菱秀

1 みんな「ノーフューチャー!」だったはずの未来で生きている

かつてThe Whoのロジャー・ダルトリーは「老いぼれる前に死んじまいたい!」と叫び、セックス・ピストルズのジョニー・ロットン(ジョン・ライドン)は『God Save The Queen』で「No Future!」を連呼し、カート・コバーンは「自分のことが大っ嫌いで、さっさと死んでしまいたい」と嘆いていたように、古来より(ってせいぜい5、60年程度のものだが)現状に絶望して未来を悲観するのが由緒正しいロック仕草とされてきた。ような気がする。


まあ、彼らほどではなくとも、現状に不満を抱きながら変えることも出来ないと無力感と虚無感に苛まれるのは、若い時期特有の流行病みたいなもので、程度の差こそあれ、一度はそういうことを考えるものではないかしら?


「は? そんなこと考えたこともないっス」


という人がいたら申し訳ないが、そういうことにして話を進めたい。

で、じゃあ、そんなことを言っていた人間がその後どうなったかといったら、ドラッグにまみれた結果死を選んだカートはともかく、ロジャー・ダルトリーとジョン・ライドンはどっこいしぶとく生き続けて、ロジャー・ダルトリーは80歳になり、ジョン・ライドンはあと2年で古稀を迎える。

ついでに、去年大ベテランのローリング・ストーンズは新作を発表して話題をかっさらった。

という感じで、どいつもこいつも見事に老いぼれ、なかったはずの未来でのこのこ生き続けているってわけである。


「はっ、みっともねー」 なんて言ってこのことを嘲笑えるのは若者の傲慢さと狭量でしかない、と分かるようになるのは、やはり歳を取ってからだ。 昔なら私も、


「あーあ、あんな風に言ってたのにねぇ……」


なんて、少々がっかりしていたもの。

でも、ある程度人間生活も長くなってくると、若い頃の「純粋さ」なんて無知の言い換えにすぎないと気付くし、軸がぶれないなんてのは変わることを恐れた臆病者の言い訳でしかないと分かってくる。

だからって、まだまだ何も経験してない青二才のくせに分かったようなことを言ってる奴は、もっとつまらないぜ。

むしろ、何も知らなくて経験も浅いんだから、若い時は思う存分恥の搔き捨てで良いと思う。 成功より恥と失敗の方が視野を広げるものだからね。

でも、そう思えるようになるのも歳食ってからじゃないと実感できないから、若い時はとにかく何もかもがもどかしいのもめちゃくちゃ理解できる。


それでも、今の子って(と、いっぱしのおばちゃんみたいなことを言ってみる)妙に物わかりの良い素直な子が多くて、綺麗にまとまってるのがなんとも寂しく見える。 大人たちに心底嫌な顔をされながら、


「これがあたい達のやり方よ」


とヤマンバメイクをしていた女子高生の強烈な自己主張が懐かしい。

(そんな女の子達だって、今や立派に親になってるんだぜ。当時、娘の格好を見ていた親御さんたちはさぞや肝を冷やしただろうけど、知恵熱が下がるとちゃんと世間と折り合いをつけて自律するものなんだよ)


カートが生前毛嫌いしていた、でもカートとは別のベクトルで自分や時代の絶望感を歌っていたパール・ジャムのエディ・ヴェダーだって、カートの死の直後のインタビューで、


「なあカート、そこ(天国)にオレの居場所はあるかい?」


と語りかけていたものだけど、そんなことを言っていたエディだって12月になればもう60歳だ。 還暦祝いに赤いちゃんちゃんこ贈らなきゃだわね。

って、うっそぉ! マジかよ……(そっちに驚くのか)。

偶然にも、カートの死の直後にパール・ジャムが発表したアルバム『Vitalogy』のオープニング曲は「Last Exit(最後の出口)」だったけど、最後だったはずの出口を抜けたって生き続けてるよ。


「あの頃」の自分が思っていたこと、言っていたことが嘘だったわけじゃない。

その時の気持ちに誰よりも誠実だっただけだ。

でも、TPOや年齢で装いを変えていくことが当然なように、人間だって同じ殻を着続けるわけにはいかない。

人間は変わる。変わり続ける。

変わらないのは、死ぬまで生き続けることだけで十分なのだ。


パール・ジャムがライブで演奏したThe whoの「Baba O'Riley」の中の、


「泣くんじゃない、そこは10代の荒野でしかないんだから」


というフレーズを、バンドメンバーはもちろん、オーディエンスの、人生の酸いも甘いも山も谷も味わってきただろうオーバー40どもがニコニコして歌っているのを見ると、人生そう絶望しなさんな、と思えてくるのだ。


で、最後に本当にどうでもいい余談を。


エリザベス女王が崩御された当時、もともと公式が『God Save The Queen』の動画を上げてたのに、女王の死に合わせて改めてこの曲の動画(それも、プラチナジュビリーの日に行ったテムズ川川下りライブのやつ)を上げて「追悼」してたんだが、これのコメント欄にあった、


「女王は死ぬが、パンクロックは死なない」


というコメントに対する、


「は? パンクなんとっくの昔に死んでんだろ」


なんていう反論から、当人たちとは関係ないところで侃侃諤諤の謎のパンク論争が21世紀におっ始まってて大笑いしましたわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る