第13話 ポーランド回廊を死守せよ

 東部方面司令部にゲルマン軍の高官が集結した。


「最悪はポーランドが落ちても構わない。ポーランド回廊だけは最後まで死守するんだ。一人でも多くの民間人が脱出しなければならない。ポーランドは良き友であった」


「マンシュタイン将軍はどう考えられる」


「ポーランド回廊に限り、海軍の支援を受けられ、機甲部隊の集中投入、条件を満たせば一定期間の死守は可能である。ワルシャワは持たない」


「海軍に艦砲射撃と艦載機空襲を行わせる。急降下爆撃に固辞しない。日本軍の爆撃機を借りて絨毯爆撃と襲撃、銃撃まで手段は問わない。ソビエトを叩きのめすことに容赦は不要だ」


「海軍は日本海軍の艦隊を借りてソ連海軍の進出を阻止できる。Uボートが敵の港を機雷で封じた。海上の艦隊は未だ不足が否めない。グラーフ・ツェッペリン級は建造中な上にH級戦艦は到底間に合わないことが予想された。我々はUボートを基本に戦う」


「英海軍か仏海軍でも抱き込めれば怖いもの無しですが」


「無茶を言うな。あいつらはいつまでも経っても変わらんぞ」


 マインヒューラーのヒトラー総統はさも当然と参加する。ヒトラーを単なる政治家と侮ってはならず、彼は狂信的な読者家として知識の吸収に貪欲で知られており、戦史を学んでは軍の高官を唸らせた。マンシュタイン将軍でさえ普段の懐疑的な姿勢を改めざるを得ない。もちろん、過去の経験が通ずることもなかった。あくまでも、知識として吸収するにとどめる。知識を蓄積した上に発展的な戦術や戦略を組み上げた。


 東部方面の総司令官は名前だけアドルフ・ヒトラーである。実際はフリッツ・エーリッヒ・フォン・レヴィンスキー・ゲナント・フォン・マンシュタインが参謀総長を務めた。彼は非常に長い名前を有するので一貫してマンシュタイン将軍と称する。当時はまだ参謀ぐらいのキャリアだが、ヒトラー参加の会議にて真正面から意見具申をぶつけ、普通は逆鱗に触れてもおかしくないところを逆に才を見出された。


 マンシュタイン将軍はポーランドを主とする東部方面を任される。つまりは来るソビエト連邦との東方生存圏を巡る大戦争に関して全般の指揮権を抱いた。彼にかける期待は経歴に相応と言い難い。機甲部隊の集中運用や陸空の連携、画期的な浸透戦術に加えて機動防御を打ち出して各員の納得を敷いた。


「私は多くを求めない。ポーランド回廊が落ちようと反撃すればよい」


「ポーランド回廊は落ちません。陸と空と海が協調すればですが」


「ふん。わかっている。戦闘機と爆撃機、偵察機まで準備万端だ。日本空軍も進出している。急降下爆撃にこそ活路があるがな」


「ゲーリング。お前は空軍だけでない。共産主義者の摘発もだ」


「よく理解しております」


「よろしい。己の職務を履き違えるなよ。一番のガンは身内のいざこざである」


(ただの政治家じゃない。この男は本当にヨーロッパを制圧するかもしれない)


 ヒトラーはポーランドを堅守することは端から不可能と冷徹を滲ませる。ポーランドがソ連に接している以上は直接的な侵攻は避けられなかった。彼らの軍隊も精強だろうが圧倒的な量の前には無力を呈する。ゲルマン軍が回廊から打って出ることはなく、防御に徹してワルシャワなどから逃げて来た民間人を自国に迎え入れ、本国が降伏しようとも最後まで抵抗を続けた。


 マンシュタイン将軍は「ポーランド回廊の絶対的な死守」という難題を抱える。ゲルマン軍が精強を極めた。このように宣言する割に再軍備から年数は経っていない。ソ連軍は着実に力を蓄えているが、大粛清の影響から細部まで指揮系統は腐り切っており、戦い方次第では互角に渡り合えると読んだ。


「日本軍もいる以上は簡単に攻められない」


「ポーランドとフィンランドの同時攻撃は?」


「フィンランドにはマンネルハイム戦で耐えるように要請している。ここにも日本軍の冬季戦の達人を配置した。我々は東洋の盟友の力を借りねば」


「日本人を侮ることなかれ。ロンメルが言っていました」


「ロンメルが言うなら間違いないだろうよ」


 ソビエト連邦は陸地に飽き足らず大海洋へ進出を目論んでいる。絶好の港があるフィンランドを標的に定めた。フィンランドにカレリア割譲など最後通牒を突き付ける。ポーランドにもワルシャワの労働者解放を求めた。一気に二正面作戦を展開してくる可能性は否定できない。いかに大ゲルマンが防共協定を構築したと雖も圧倒的な量の前にすり潰された。かの悪逆非道なソビエト連邦を討つことの大義を掲げてイギリスとフランス、アメリカの支援を得たい。イギリスとフランスは論外と言わんばかりに反ゲルマンの色を濃くした。アメリカは対岸の火事と傍観者を貫いている。まったく、ヨーロッパの危機感を覚えないとは鈍感極まれた。


「ポーランド軍に供与することはできません。回廊各地に幾重にも防衛線を構築しています。MG34の改良型は間に合いませんが、多くの兵士に小銃を行き渡らせ、MP40短機関銃が間に合いました。火砲もチェコ・スロヴァキアの協力を得て予備を蓄えて…」


「戦車と装甲車、トラックは足りているか。戦闘機と爆撃機は足りているか」


「ご安心ください。私の監督の下で大量生産を進めました」


「流石だ。シューペアに任せておけば全てが上手く進む」


(こいつのせいでメッサーシュミットは縮小してフォッケウルフが台頭した。日本軍の軽戦闘機まで輸入する始末で無性に腹が立つ)


 ゲルマンはヨーロッパにおいて最も危機感を覚えた上に当事者意識を宿す。その内実は東方生存圏という大進出だった。これ以前に再軍備宣言とアンシュルス、ポーランド回廊変換などイギリスとフランスを刺激することは必然である。さらに、ソビエト連邦を窺う様子は反ゲルマンを加速させた。


 イギリスとフランスに対抗するためにも軍備増強は急務とする。シューペアを監督に効率化を推進した。ヒトラーも各方面に指示を飛ばすが、シューペアがしっかりと必要と不要を分け、資金稼ぎの妄言はバッサリと切り捨てる。あまりにも酷悪な場合はソ連諜報員と類推した。


 シューペアは自国に加えてチェコ・スロヴァキアやオーストラリアなど友邦国も軍需産業の大工場に変える。ソビエト連邦の広大な大地と豊富な天然資源による工業地帯には遠く及ばなかった。彼は兵器の大量生産を志向してゲルマンらしい職人気質を排する。どれだけ高性能な兵器でも高価で量産できなければ容赦なく打ち切った。大して性能の良くない兵器でも安価で量産できるなら生産を拡大する。シューペアの大鉈が振るわれ続けた。


「ポーランドには突撃砲と対戦車自走砲を多く配備しました。突撃砲と対戦車自走砲はシューペア大臣の方針で優先的に生産し、現地で故障ないし撃破で使用不可となった車両を改造し、中戦車よりも多くを生産することに」


「それが良い。無駄に凝った戦車は必要ないが、かと言って、質を疎かにもできんな」


「マインヒューラーが提唱した偉大なる戦車計画は順調に進んでいます。E計画は既にE15を完成を間近に控えました。E-25の駆逐戦車、E35の中戦車は鋭意と研究に開発を続けています」


「E50とE75はどうしている」


「規格外の前代未聞でありますので、正直を申し上げますと、あと数年は待たなければ…」


「わかった。善処するように…期待しているぞ」


 ソビエト連邦の赤い津波が押し寄せようならば大ゲルマンの防波堤がせき止めよう。ヨーロッパの市民が脱出するまで時間を稼いだ。我らの防共協定が反撃の狼煙を上げるまで持ち堪えればよい。そのために新兵器の開発も推進している中にもヒトラーの私案が散りばめられた。シューペアでさえ手を出せない私案は懸念事項かもしれない。


「私のE計画は世界に衝撃を与えよう」


続く

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