転生ヒトラー世界を救う
竹本田重郎
第1話 アンシュルス
1938年3月12日
ゲッペルスの演説はいつ聞いても胸が躍ろう。
「まずはオーストリアの英断を称えよう。大ゲルマンとオーストラリアは手を取り合い、卑劣な社会主義国の侵略に備えなければならない。大ゲルマンは諸君らを呑み込むのではないぞ。我らは友邦なのだから」
民衆はワアワアと沸いた。
今日は記念すべきアンシュルスであるが、なんと、一方的な併合は冗談にもしない。私は偉大な大ゲルマンの指導者として平和的な対話を望んだ。ソビエトを起点に社会主義の浸透を阻止するためにオーストリアと防共戦線の締結に至る。武力をチラつかせた脅しの対話は採るものの、実際に武力行使に打って出ることは一切慎み、平和的な進駐に漕ぎ付けたことは大戦果と誇る。
「それではオーストリアの同志に披露しよう! 総統閣下の大師団だ!」
軍楽隊が奏でる行進曲に支えられて先陣を切った。
「ヒトラー!」
「ヒトラー! ソ連から守ってくれぇ!」
「オーストリアはドイツと共にあるぞ!」
民衆の大歓声に応えなければ礼儀でないと身体を乗り出してみる。ゲッペルスが心配そうにしているが、年齢不相応の肉体を手に入れるトレーニングに励んでおり、この程度のバランスで転倒するような体幹でなかった。それ以前に念願の三号戦車のキューポラから姿を出す。四号戦車もあるが三号戦車の方が先進性に勝った。イギリス、フランス、ソビエトに対する牽制球を投げつけ、大ゲルマンは長年の束縛から解き放たれて貧弱から精強と変わったことを主張する。
英国は海軍協定を抜本的な見直して我々の海軍増強を認めてくれたが、私はイギリスよりも日本と連携を強化することを選び、陸のゲルマンと海の日本で協力する姿勢を打ち出した。地理的にも日本と組むことで邪悪なソビエトの社会主義思想を封じ込める。ゆくゆくはソビエトを挟み撃ちと撃滅した。ユーラシアの大陸にゲルマンと日本の理想郷を建設しよう。
日本の前に自国周辺を固める必要を呈した。大ゲルマンの嘗ての構成国たるオーストリアやチェコスロバキアと関係改善に努める。時には内側から切り崩すなどの非合法的手段も採用した。ソビエトの膨張からヨーロッパを守る防衛線を構築するに手段を選んでいる余裕は無い。
「マインヒューラー。あなたの指導力は世界を呑み込むことでしょう。もう感動し切りで涙が枯れてしまいました」
「世辞は要らん。今は民衆に応える時間だ」
「はっ!」
(オーストリアの市民は大ゲルマンの幻想を抱いている。それも長くは続かず戦火に塗れよう。それまでは楽しい夢を見させてあげることが指導者の務めだ)
オーストリアは元よりゲルマンの影響力が色濃くあった。現地のオーストリア支部の活躍も目覚ましい。ゲルマン=オーストリア防共協定は市民の後押しで妥結に至った。オーストリア政府はドイツ支部の弾圧を試みる。これに市民が猛反発して支部へ直接的に参加したり、資金や物資を提供する間接的に支援したり、等々の追い風で国民投票を引き出した。
国民投票では「ゲルマンと手を組む」か「自主独立を貫く」かの二択が用意される。国民の意思を反映させることで正当性を帯び、イギリスとフランスが遺憾の意を表明しようと雑音に過ぎない。オーストリア政府の代理人であるクルト・アロイス・ヨーゼフ・ヨハン・エドラー・シュシュニックは国民投票で決戦を挑んだ。
国民投票の結果は過半数はおろか87%がゲルマンと手を組むことを希望する。
シュシュニックを筆頭に総辞職を余儀なくされた。オーストリア支部出身のアルトゥル・ザイス=インクヴァルトが首相に座る。インクヴァルト首相は支部出身者で閣僚を固めて直ぐにゲルマン軍の進駐を要請した。国境線にて待機していた軍団が雪崩れ込むが、予想外のオーストリア市民の大歓待を各地を受けて遅延を強いられ、スケジュールが切迫して嬉しい悲鳴が聞かれる。
「この精強な大師団が諸君を守り通す。しかし、まだまだ足りていないのが現状であった。諸君の中に祖国を・家族を・誇りを守りたい気持ちがあれば十分だ。どうか我々に手を貸してもらいたい」
「ゲルマン軍は諸君を待っている。戦車と装甲車、戦闘機、戦艦…」
(ここで志願兵を募るのも許してもらおう。オーストリアからも徴兵できれば不足を解決できる。どれだけ兵器が揃っても兵士がいなければ動かせない。日本海軍に大艦隊を派遣してもらい、ソビエト海軍は一方的にねじ伏せられるから構わんが、陸軍と空軍はどうにもならない)
「俺は志願するぞ! 祖国を守るんだ!」
「生活が苦しいからな。軍に入るしかない」
「どうせ一人でくたばるなら兵隊になって死ぬ方がマシだ」
三者三様の十人十色で入隊を希望する者が現れた。民衆の中にはいわゆるサクラが紛れている。周囲に伝染するように口裏合わせを重ねた。白色の生地に強烈な塗料を数滴だけでも垂らせばあっという間に染まる。遂には車上のゲルマン=オーストリアの盟主に向けて入隊を宣言する者まで現れる始末だ。流石に収拾がつかなくなると困る。警備役の親衛隊兵士が制止して接近を許さなかった。こう見えて多方面から恨まれて常に暗殺の危機に瀕している。
「それではご登壇いただくとしよう。我らの敬愛する総統閣下だ」
三号戦車から軽やかに降りると特注の軍服を端から端まで正した。人前に出て立つ以上は頭の頂から足の先まで整えることが一般的な常識である。大ゲルマンを率いる者がだらしないと締まる所が締まらなかった。ゲッペルス宣伝大臣が待つ演壇までゆっくりと歩みを進める。こういう時は演出が何よりも重要らしい。ゲッペルスら宣伝相が設けた段取りに則るが、演説の内容自体は自分で組み上げ、一部に関して添削を行ってもらった。原稿を持つなんて楽は排除して隅々まで暗記したものの、アドリブを入れることは確定的であり、添削を無に帰してしまおう。
「歴史上誰よりも偉大な盟主! アドルフ・ヒトラー!」
「ハイル!」
「ハイル!」
「ハイル!」
このような光景を目の当たりにするとは予想だにしなかった。私がアドルフ・ヒトラーと生まれてドイツから世界を救うのである。サクセスストーリーを開始する狼煙を上げる時でも一旦はだんまりを決め込んだ。主役の登場に熱狂している民衆を落ち着かせてから静かに語り始める。私が演説を行う時の常套手段と愛用するだけは効果覿面なのだ。
「諸君らの支援に心から感謝申し上げる。私が望んでいるのは皆の望みと同じ。そう世界平和の実現だ」
これは嘘偽りでない。
心の底から平和を訴求して自らの手で勝ち取ってみせる。
そのためにラインラント進駐や再軍備宣言などアウトローを承知で進めた。
「ここ数年で私と君達はいかに平和を愛しているか行動で証明してきた。イギリスやフランスの上辺だけとは違う」
イギリスはチェンバレンを筆頭に宥和外交を展開してくれた。これのおかげで大ゲルマンは拡大を続けられる。フランスも遺憾の意を表明すれど手足は動かなかった。我々はノビノビと防共体制を構築できるが、両国は慌てて会議の場を設けることを求め、私から時すでに遅しを呈させていただきたい。
「世界は我々を裁くことなどできない! 正義のために行動し続ける! 大ゲルマンはオーストリアは如何なる圧力に屈せず歩み続けるのだ!」
火山の噴火の如き大歓声に包み込まれる。私の演説はマイクよりスピーカーを通じて発信された。アンシュルスを祝う特設会場に来れないような遠方で暮らす市民のためにラジオ放送も行っている。オーストリアに漏れなく提供する配慮を怠らなかった。こういった積み重ねが市民の心を動かすのだろう。
「我らの行動が正しい思う者はついて来てもらいたい! 間違っている者は遠慮なく去ればいい! きっとソビエトに食われる! ソビエトに食われるか、大ゲルマンと友にあるか、今一度諸君らの意思を見せてほしい!」
アンシュルスは大成功に終わった。
続く
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