重なり合う足跡

朝の光が「境界の街」に差し込み、稔は昨夜の不思議な出会いが夢だったかのように感じながら目を覚ました。しかし、まだ薄く香りの残るコーヒーの記憶と、老人の言葉が心に残っている。彼は自分がこの街にやって来た理由、そして本当に探しているものが何なのか、少しずつ近づいているように思えた。


朝食をとった後、稔は再び街の中を散策することにした。広場を歩いていると、ふと懐かしい声が耳に入った。それは数日前に再会した悠の声だった。彼女は小さな子どもたちと一緒に絵を描いていた。稔はそっと足を止め、その様子を遠くから眺めた。


「悠、楽しそうだな……」


悠の笑顔を見ていると、自分も昔のことを思い出してしまう。仕事に追われ、心の余裕を失っていた頃のこと。彼女もまた、あの時と変わらないように見えたが、どこか柔らかな雰囲気をまとっているようだった。稔が少し近づこうとしたその時、悠がこちらに気づいて手を振ってくれた。


「稔!また会ったね」


「まさか、こんな場所で子どもたちと一緒にいるなんて思わなかったよ」


悠は楽しそうに笑いながら、子どもたちが描いた絵を見せてくれた。稔は彼らが描く自由で色鮮やかな世界に引き込まれ、思わず目を見張った。そこには、街の風景や、彼らが見たという奇妙な生き物、幻想的な風景が描かれており、どれもが稔にとって新鮮だった。


「君も一緒に描いてみる?」


悠の提案に、稔は少し戸惑ったが、促されるままに小さな絵筆を手に取った。何を描くべきか悩んでいると、ふと昨夜の老人の言葉が頭をよぎる。「心の奥にある迷い」――それがどんな形をしているのか、自分でも分からなかったが、なんとなく浮かんだイメージを絵にしてみることにした。


気づけば、稔の手は無意識に動き、淡い色合いで静かな森を描き始めていた。その森は、まるで自身の内面を映し出しているかのように不安げで、しかしどこか温かみのある場所だった。


「素敵な絵だね。まるで、君の心の中の一部を覗き見ているような感じがするよ」


悠が静かにそう呟いた。稔は少し恥ずかしそうに笑いながら、自分が描いた絵を見つめた。言葉では表せないが、どこか懐かしい気持ちが心に広がっていく。


「この街に来て、ようやく少しずつ自分と向き合う時間を持てるようになった気がするんだ。まだ答えは見つからないけれど、何かを探すこと自体が大切なような気がしてきた」


「それは素晴らしいことだよ、稔。迷いながらでも前に進むことで、きっと君だけの道が見つかるはず」


悠の言葉に、稔は深く頷いた。彼女と共に過ごす時間が、まるで彼の迷いに光を差し込んでくれるようだった。稔は再び悠に会えたことに感謝しながら、彼女との絆がかつてのものよりも深まっているのを感じた。


その日の帰り道、稔はふと足を止めて振り返った。そこには自分が歩んできた足跡が重なり合い、迷いながらも確かに前に進んでいる証が残っていた。それを見た瞬間、稔の心の中に小さな希望が芽生え始めていた。


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