迷いの館
リュウイチに導かれて、稔は「迷いの館」と呼ばれる場所に足を踏み入れた。見た目はただの古びた屋敷だが、この館には街の住人たちの「迷い」が集まっているという。廊下の先には数えきれない扉が並び、どれも異なる模様が施されていた。
「ここにある扉は、それぞれが人の迷いを映している。中に入れば、その迷いに向き合わねばならない。でも、自分の心を見つめる勇気があるなら、何かしらの答えが見つかるだろう」とリュウイチが言った。
稔は少し戸惑いながらも、ひとつの扉を選んでノブに手をかけた。開くと、そこには昔の自分の姿が見えた。学生時代の稔だった。無邪気に未来の夢を語る友人たちに囲まれながら、ひとりだけ夢を持てず、ただ流されるまま日々を過ごしていた自分だ。
「君もそんなことを考えていたのか」
いつの間にか、リュウイチが隣に立っていた。稔は小さく頷く。
「あの頃、皆が未来に夢を描いていたけど、俺は何も見つからなかった。だから、いつも迷ってたんだ」
「それは今も同じなのかい?」
稔はしばらく考えた。目の前に映る過去の自分と、現在の自分。その間にどれほどの時間が流れたかを思い返す。しかし、答えは一向に見つからなかった。
「正直、今でも分からない。ただ、この街に来れば、何かが分かるんじゃないかって思ったんだ」
リュウイチは微笑みながら、静かに答えた。「迷いを抱え続けるのも、またひとつの人生さ。でも、ここでその迷いに一度向き合ったことで、少しだけ何かが変わるかもしれない」
稔はふと、目の前の過去の自分が、そっと微笑んでいるのを見た。それは決して解放された表情ではなかったが、どこか小さな希望が見えるように感じた。まるで、自分の中に眠っていたものが、少しだけ目覚めたかのようだった。
館を出ると、リュウイチが言った。「迷いは簡単には消えない。でも、迷いと共に生きることもまた、君の一部なんだ」
稔は小さく息を吐き、リュウイチに向かって微笑んだ。「ありがとう、リュウイチさん。もう少し、この街で過ごしてみたい」
二人は再び街の中心へと歩き出した。その背中には、かすかに光が差し込んでいるように見えた。
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