第18話
満里が男を殴る直前、広場の方から声が聞こえた。
「ちょと秋良何やってんの?」
そのおかげか、満里はブレーキをかける。
──とは言え、本能で感じたままに動く満里が止まったとなると、何かしらの危険を悟ったと言っても過言じゃなくて、俺は追い付いた満里の首根っこを掴んで数歩下がった。
満里も大人しく捕まり、引かれるままに後退する。
一体なにがあったんだ?
「……チッ!」
男が舌打ちをしたのを聞いて良く見ると、女の子を抱き変えていることに気づく。
下がった方の手は握られていて、殴り返そうとしていたらしいことが分かった。
「……満里、少し落ち着け」
「……チッ」
「満里ってば問題起こさないでよ! また抗争なんてヤダよー?」
「うっせぇ」
どうやら完全に毒気を抜かれたように落ち着いてるな。
殺気と言い、やっぱり只者じゃねぇってことか……。
「あ、リンちゃん!」
ふとその場にそぐわない女の子の明るい声に、全身から力が抜けた。それは満里も遥輝も同じらしい。
どこかホッとした表情を浮かべている。
「やっほー! 遅くなってごめんねー」
「呼んでねぇわ。何でココで遊んでるって分かった? 今日のこと伝えてねぇよな?」
「そんなの紀子さんに聞いたからに決まってんじゃん」
なんだ友達か?
草むらから出て来たのは黒髪の細身の男と、短髪の満里と同じくらい筋肉質の男だった。
会話を聞く限り二人が来たのは“兄”に取って予想外のことだったらしい。
「暇だから家に行ったら出掛けてるって聞いてさ、吃驚したわ。つーか、瑠輝を一人にさせんなよ。危ねぇだろ」
「あぁ悪い。咄嗟でな。瑠輝ごめんなぁ一人にさせて」
「ううん!」
「ありがとうな」
なんだあの顔。
さっきと全然違うじゃねぇーか!
つーか、弟もいたのかよ。
弟に見せるのは柔らかい表情で、愛情が篭っているのが見て取れる。
弟も兄が好きなのだろう。何故かずぶ濡れになっているが、巨体の腕の上で楽しそうにしていた。
男三人が話していると俺たちの存在に気づいたらしい黒髪が俺たちを見て、兄に聞いていた。
「それよりこの状況なに。喧嘩?」
「まだ喧嘩にはなってねぇ」
「ふぅん」
相槌を打ちながら俺と満里、遥輝をじっくり見てからニコリと笑う。
「まぁまぁなイケメンだね! なのに真依は俺を選んでくれたなんて嬉しいなぁ!」
わざとだろう黒髪の大きい声に隣りの満里と遥輝が唸り声を上げた。
「あの野郎……!」
「アイツの方がイケメンって言いてぇのかよ! あのモヤシが!!」
重たい溜め息が思わず漏れる。
あんな安い挑発にも乗ってしまうとは、チームをまとめ上げる幹部として短気過ぎるのは問題だろう。
まさかキーケースを拾ってもらっただけで、ここまで大事になるなんて思ってみなかった。
「……なぁ、リン。あいつらどっかで見たことある気がするんだけど」
なんだ、俺たちのことを知ってるやつがいたか。
尚更、もう引き上げた方がいいな。
今日この街に来てから不良を見かけなかったけれど、情報屋の話しでは『天翔』と云う族がこの辺り一体を縄張りにしていると聞いている。
俺達が来たことが噂になると厄介なことになりかねない。
「なにそれ。ミチの知り合いなんて……あれ?」
すると黒髪は何かをすり合わせるように俺たちをじっと見つめて来た。
しばらくして俺だけに視線を注ぐようになり、それから思い出したように声を上げた。
「──あ! こいつ等『#黒薔薇__ブラックローズ__#』じゃん!」
「ブラック……?」
黒髪の単語に金髪の男が首を傾げる。
「そう! 全国No.1の『黒薔薇』! あの真ん中の金髪が総長の『#紫王__しおう__#』って男だよ!」
「あぁ! それだ!」
「うわぁ! 生で見られるなんてスゴイ!」
「あのお兄ちゃんたちスゴイ人?」
「そうだよ! 俺たちと同じくらいスゴイ人!」
「ハハッ! 秋良、お前。厄介なやつに目をつけられたな?」
「目をつけてきたのはそっちだろ!」
三人の会話に聞き捨てならなかったのか、満里が不機嫌そうに叫んだ。
「え、そうなの?」
「知らねぇ」
「知らねーってね! 『天翔』に関わることなんだからしっかりしてよ」
──!!
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