第22話 学生たちのパーティタイム!(1)

 雪解けが始まり、春の季節を感じる頃。それは唐突にやってきた。


 毎週のように開かれる、クラウ達とのお茶会。その席でのことだ。


 優雅に紅茶を口に運ぶクラウから、予想外の言葉が飛び出した。


「ヒルダ、夜会に参加しましょう」


「夜会、ですか?」


「ええそう、夜会よ。

 あなた、来月からグランツに通うことになるじゃない?

 良い頃合いだから、『一発ガツン★』とかましておこうかと思うの」


 クラウは儚げな微笑みで、大変物騒なことを言い出した。


 私は頬を引きつらせながら、クラウに尋ねる。


「ガツンって、具体的にはなにをなさりたいの?」


 恐る恐る聞いた私に、リッドが横から割って入ってくる。


「そりゃーわかり切ってるだろう?

 あんたの交友関係を、夜会で見せつけるのさ」


 交友関係かー。


 つまり、みんなも参加するということ?


 見せつけて、それでどうなるんだろう?


 私はおずおずと告げる。


「わたくしは社交界のことを何も知りません。

 それで何が起こるのか、教えてくださいませんか」


 クラウは楽しそうに微笑んで応える。


「あなたは頭が良いから、すぐに理解すると思うのだけれど。

 そうね……じゃあヒントを上げるわ。

 夜会は王宮で開かれるの」


「王宮」


 思わずオウム返しをしてしまった。


 夜会デビューが、王様の住むところで開かれる夜会って。


 まるでお父様みたいな難易度だなぁ。


 そんな場所の夜会なんて、ちゃんと振る舞えるかなぁ?


 私が不安で眉をひそめていると、楽し気なクラウが私を急かす。


「ほらほら、考えてみて?」


 仕方ない、このヒントで何が起こるか、考えてみるか。


 王宮で開かれる夜会、目的は私の交友関係を見せつけること。


 ここからわかるのは……まず、フランツ殿下が関わってくるよね。


 王宮で開かれるなら、主催者になるというのが自然だ。


 ということは、第一王子が招待状を出すことになる。


 辞退をするのが難しい夜会にになるだろう。


 そして私のグランツ対策ということは、招待客は在校生になるのが必然。


 もしかして、全校生徒に招待状を送るのかな?


 多くの在校生たちの前で、私がクラウやルイズ、エマ、リッドと仲良くする。


 フランツ殿下も主催者だから、それも含まれるか。


 次の王様と目されている第一王子。


 四方守護軍の最高司令官の娘であるクラウたち。


 これだけの人間と友人であると、在校生に見せつける。


 グランツで心配なのは、『孤児で養子の私の扱い』だ。


 これは、『私を馬鹿にしていると、殿下やクラウたちが黙ってないぞ?』というアピール?


 ……それだけじゃないな。


 貴族子女の世界も平民と変わらないとすれば、当然『いじめ』が考えられる。


 おそらく真の目的は、『私に対するいじめを予防すること』か。



 私はここまでを口にして、クラウの顔を見た。


 クラウは微笑んでいるから、間違ってはいないらしい。


 でもなんだか、まだ何かを期待している顔だな?


 まだ狙いがあるの?


 『ガツン』には、ちょっと足りないのかな?


 私はカップに入った紅茶を見つめ、さらに深く考えていく。



 生徒によるいじめを防止する。それだけじゃ足りないってこと?


 うーん、貴族の世界ってよく知らないしなぁ。


 でも、『社交界は噂で戦う場所だ』って教わってる。


 貴族たちは、噂が好きなのか。


 私に関する、悪い噂を抑えつけておきたいってこと?


 そこまでするのは、ただ殿下やクラウたちと仲が良いだけじゃ力不足じゃない?


 それに、噂の根っこはたぶん、『孤児で養子の私』だ。


 その噂を抑えつけるなら……そうか、『お父様と私の仲が良好である』と見せつければいい。


 ということは、夜会にお父様を引っ張り出せってこと?


 王宮嫌いのお父様を夜会に引っ張り出す口実が欲しいな。


 ……親友である、クラウたちのお父さんを呼び出すつもりかな?


 私がお父様に『みんなが来るから、お父様も行きましょう』と夜会に誘いだす。


 場が用意されれば、私に甘いお父様ならうなずいてくれるかもしれない。


 ……ちょっと待って? それだけの大物軍人とお父様が揃うの?


 お父様たちと私が仲が良いことも見せつけるつもり?


 これは……狙いは在校生だけじゃないな。インパクトが大きすぎる。


 招待客に、在校生の父兄も含めるつもりだな?


 在校生とその父兄に、お父様たちと私の親密さをアピールすること。


 たぶん、これが二つ目の狙いだ。


 在校生の社交界と父兄の社交界で、私のバックに居る人間を見せつけたいのか。


 しかもお父様と仲が良いってことは、もう一つのインパクトがある。


 お父様の息子、現ファルケンシュタイン公爵は宰相だ。


 夜会に呼べるかはわからないけど、ルドルフ様の影響力もアピールできる。


 元筆頭宮廷魔導士にして大魔導士であるお父様。


 四方守護軍最高司令官という軍部トップ集団。


 そしておまけに宰相であるルドルフ様。


 フランツ殿下と仲が良いってことは、王様の影響力も考えなきゃいけない。


 レブナント王国の重鎮オールスターだ。


 これだけの人たちに睨まれながら、私の悪い噂を流す貴族は居ないだろう。


 睨まれたら即座に貴族生命が終わるのだから。


 これなら確かに『ガツン』と言える。


 というか、破壊力が高過ぎじゃない?



 話し終えて、ティーカップから目を上げ、クラウを見る。


 クラウは満足気に微笑んだ後、ティーカップの紅茶を飲み干した。


 ふぅと小さく息をつくと、いつもと違う柔らかい微笑みを浮かべた。


 え、クラウってこんな笑い方もできたの?!


 クラウが柔らかい微笑みのまま私に告げる。


「ねぇヒルダ。私やっぱり、あなたのことが大好きよ?」





****


 クラウってば、とんでもないことを考えるんだなぁ。


 来週の夜会か。夜会ってことは、そのためのドレスが必要なんじゃないの?


「ねぇクラウ。わたくしは夜会用のドレスなんて、持ってませんわよ?」


「それは問題ないのではなくて?

 ヴォルフガング様がぬかりなく手配しているはずですわ」


「ええ? わたくし、今まで採寸もしたことがありませんのよ?

 それでどうやって、ドレスを手配するというの?」


 クラウがニコリと微笑んで私に告げる。


「あら、それは『今あなたが着ている服』にも言えるのではなくて?」


 嫌な予感がして、私はクラウに尋ね返す。


「それはどういう意味でしょうか」


「あなたは『蜃気楼』で私を作れたでしょう?

 あの魔法の開発者オリジナルはヴォルフガング様よ?

 あなたにできて、ヴォルフガング様にできない道理はないわ」


 滝のような冷や汗を感じながら、私はクラウに告げる。


「それはつまり、お父様が『蜃気楼』でわたくしを作ったということ?

 そのわたくしを採寸して、今までドレスを作ってきたの?」


 クラウたち四人は私から目をそらし、他人事のように紅茶を口に運んでいた。


 乙女のプライバシーがゼロね……。


 採寸なんて、下着姿になってサイズを測るんだよ?


 それをお父様がやったの?


 しかも、私の体のサイズを知られてるってこと?


 私は涙目になりながら、クッキーをかじる小動物になっていた。


 ――お父様のばかぁ!


 ルイズが私に優しく声をかけてくる。


「元気を出しなさい。

 いくらなんでも、ヴォルフガング様がご自分で採寸するとは思えないわ。

 通常通り、侍女たちが測ってくれたはずよ」


 ……そうだよね。お父様に良識を期待してもいいよね。


 というか! そうじゃないと私の心がもたない!


 私は顔を上げて握りこぶしを固めた。


 クラウが微笑んで私に告げる。


「では、話はまとまったわね。

 最大の難関はヴォルフガング様を引っ張り出すことよ。

 頑張ってね、ヒルダ」


 私はしっかりとうなずいて応える。


「お任せください!

 必ずうなずかせてみせます!」


 クラウたちがここまでしてくれるんだ。


 ここで頑張らなきゃ女がすたる!

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