第8話 はじめての魔術授業(2)
「はい、なんでしょうか。お父様」
私はびくびくしながら尋ねた。
お父様は厳しい表情をふっと緩め、困ったように微笑んだ。
「ああいや、そんなに怖がらなくていいよ。
予習をしてきた、ということではないんだね?」
予習? 教科書もなにもないのに?
「はい、お父様。予習はしておりませんわ」
「では、何か気付いたことはなかったかい?
いくらなんでも、何も知らずにあそこまで動かせるのは信じられない」
気付いたこと? 魔力が見えたことかなぁ?
私はお父様に、自分の指先に魔力が見えたことを伝えた。
お父様は目を見開いて驚いていた。
「そうか、精霊眼!
お前は自分の魔力を、その左目で見ることができるんだね!」
あー、言われてみればそうかも?
右目では魔力が見えなかった気がする。
「だから巧く動かせたのでしょうか。
精霊眼って便利なのですね」
お父様は真面目な顔で首を横に振った。
「いや、魔力が見えただけでは説明がつかないよ。
思い通りに動かすには魔導のセンスが必要なんだ。
お前には魔導の才能があるよ」
そう言ってお父様は、私の頭を優しく撫でてくれた。
……えへへ。なんだかこういうの、照れちゃうな。
お父様が私の頭を撫でながら告げる。
「だが魔力が尽きるまで力を使うのはやり過ぎだ。
それはとっても危険な事なんだよ」
魔力が尽きる、というのは指先から魔力が無くなった状態を指すのだろう。
「お父様、魔力が尽きるとどうなるのですか?」
お父様は真剣な表情で私に説明してくれた。
魔力を使い過ぎて尽きてしまうと、『急速回復』という状態になるらしい。
生命力を魔力に変えて、回復を図るのだとか。
それはつまり、生命力が失われるってことだ。
お父様は「それは時に命を削るに等しい」とまで言っていた。
自分の限界を見極めて、魔力が尽きないような癖を付けなさいと。
私は勢いよく右手をあげて返事をする。
「はい! お父様!」
ちょっと元気すぎたかな?
淑女として失格?
……怒られなかったからセーフ!
私だって、命を削ってまで魔術を使いたい訳じゃないし。
限界を超えないように魔力を使う癖を付けないとな。
待てよ? 命を削る?
「お父様、質問してもいいですか?」
「ああ、いいよ。どうしたんだい?」
「人間は生命力が尽きれば死んでしまうのですよね?」
「うん、そうだね」
大前提だ。
「魔力が尽きると、生命力を使って回復するんですよね?」
「ああ、そうだ」
「そして、生命力が弱まった時に魔力を使い切ると、死んでしまうことがある。
生命力を使い切ってでも、魔力を回復させようとする。
そういうことですよね?」
お父様の言うことをまとめると、そういう結論になってしまう。
私はそこが納得いかなかった。
小首をかしげながらお父様に尋ねる。
「死んでしまえば元も子もないのに、なぜそうなってるのでしょう?」
お父様はとても良い笑顔になってうなずいた。
「いいところに気が付いたね」
お父様は、そばにあった黒板を引っ張り出し、図解を始めた。
人間は『魂』と『精神』、『肉体』で構成されている。
それが現代の魔術理論だそうだ。
魔力は『魂の力』と言われてるらしい。
生命力は『精神の力』や『肉体の力』と定義されている。
「――そして人間の『根源』は、魂に宿るとされている」
「根源? 根源とはなんですか?」
「人間のコア、今は『人を人として定義する”何か”』だと思っておけばいい」
なんだか難しい概念だ。
あとで復習しようっと。
私はノートに次々とペンを走らせていった。
魔術理論には、『魂』が残っていれば、肉体や精神が滅んでも、人は復活できるという仮説があるらしい。
「お父様、それは『精神や肉体は魂の器』ということですか?
器は代用できるけど、魂は代用ができない。
だから器を犠牲にしてでも魂を守る、そういう仕組みですか?」
そうでなければ筋が通らない。
お父様が楽しそうにうなずいた。
「まさにその通り」
とはいえ、やっぱり仮説止まりらしい。
魂の抽出や、新しい器への移植なんて実験は、倫理的な問題で禁止されてるんだとか。
そりゃそうだ。魂の持ち主からしてみたら、たまったものじゃない。
試すわけにはいかない実験だ。
お父様は、この理論通りであれば「神話を裏付けられるんだがね」と言っていた。
大陸最大勢力の宗教団体、白竜教会。
そこの教義が、『人は死後、神様の所に行って、また地上に生まれ変わる』というものだ。
魂だけが神様に呼ばれ、新しい器に魂が宿るということ。
今のお父様の仮説通りの仕組みだ。
となると、いつか『神様』という存在も魔術理論で説明できる日が来るかもしれない。
魔術体系で世界の
「お父様」
「なんだい?」
「魔術って、とっても面白いのですね!」
私が心からの微笑みを浮かべると、お父様は満足気にうなずいていた。
****
私の魔力が尽きてしまったので、午後の予定が変更になった。
少し休憩を挟んでから、座学のお時間だ。
黒板の前でお父様が基本的な魔術理論を説明していく。
私は質問をしながら、ノートにペンを走らせ続けた。
『魔術』とは、魔力を使って『この世の法則』を変化させる超常現象。
高度な魔術によって、『この世の法則』を塗り替える超常現象を『魔法』と呼ぶらしい。
さらに、この魔法は厳密には『現代魔法』と呼ばれているそうだ。
千年以上前、とても古い神話の時代。
人間は別の形で魔法を使っていたらしい。
そちらの魔法は『古代魔法』として、『現代魔法』とは区別されている。
古代魔法には『古き神々』が関わっている、ということまでわかっているそうだ。
それ以上は伝承頼みなので、研究が進んでいないらしい。
各地の言い伝えを集めたり、古代遺跡と呼ばれる巨大建造物を調査してるのだとか。
『古き神々』は神話の時代に信仰されていた神様たちで、あまり詳しい情報は残っていない。
だけど古代遺跡には、そんな古代文明の遺産が残っていることもあるそうだ。
その名を通称、『
物が残っていれば、『
たとえ見つかっても、それは国家機密にされるらしい。
外部の人間が知る方法はないそうだ。
名前からして、神様の力が関係してるんじゃないかと、お父様は言っていた。
私は興味が向くままに質問を繰り返した。
ノートはあっという間に埋まっていき、授業が終わる頃にはノートを使い切る勢いだった。
これ、毎回新品のノートと予備のノートが必要だな?
授業の終了と共に、お父様が自嘲するように笑った。
「なるほど、『ついつい教えすぎてしまう』とは、こういうことか」
お父様はぺしぺしと、額を叩いている。
「どういうことですか? お父様」
私はノートを胸に抱えながら、小首をかしげた。
「今日教えた内容は、一週間かけて教える範囲――いや、それ以上だね。
理解が早く、よい質問がポンポンと飛んでくる。
思わず余計なことまで、どんどん口走ってしまう。
怖い生徒だよ、お前は」
お父様は微笑みながら、私の頭を撫でてくれた。
怖いの? 嬉しそうだけど。
私は笑顔でお父様に告げる。
「でも、とっても楽しい時間でした!
ありがとうございます、お父様!」
****
夕食後、私は許可をもらって、お父様の書庫に来ていた。
お父様はウルリケと目配せをして、うなずきあっていた。
――睡眠時間を削らせるな、と言いたいんでしょ? わかってますって。
私はそれっぽいタイトルの本を、背表紙に目を走らせながら探していく。
いくつか手に取り、中身を斜め読みしていった。
――あった。
魔力の総量は、鍛えてもほとんど増えないらしい。
でも精神力や体力は、魔力に変換することができる。
鍛錬すれば伸ばしやすいこの二つを鍛えれば、結果的に魔力総量を増やすことにつながる。
つまり、魔導士も心と体を鍛えることを怠ってはいけないそうだ。
挿絵には、ムキムキに鍛え上げられた魔導士の絵が描いてあった。
思わず自分がムキムキになっている姿を想像して、げんなりしてしまう。
「いや、さすがにこれは、お嫁の貰い手が減る……」
体力は却下! でも、精神力なら、ムキムキにならない!
こういうことは、実践あるのみ!
私は精神力を鍛える実践法が載ってそうな本を数冊選びだした。
本を胸に抱えて、書庫を後にした。
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