第42話 用法用量を守って
✂︎
藤は、痛みにふらつきながらも、一足先に医務室へ向かっていた。仕込みの武器はもうストック切れの上、これ以上戦闘に巻き込まれるのは勘弁だったからだ。
医務室へ入るなり、丸椅子に座らされ、手早く手当てされた。
激しく染みる痛みに、流石の藤も微笑んではいられない。
「ぼろぼろやなー。マスター」
近くで声がした。見れば、カーテンから顔を出した
「目が覚めたんだね。お姫さま?」
小馬鹿にして言うとそよ子は顔をしかめ、藤の近くの空きベッドに腰掛ける。
「あんたが裏切ってなかったんは良いとして、あのトリカブトなんなん? 髪の毛なんか巻いちゃって気色悪い」
そういえば仕込んでおいたなと藤は思い出した。喫茶店の夏季限定メニューに出すパスタのトッピング。トリカブト風ほうれん草の試作品があったから嫌がらせにと入れておいたのだ。
「非常食として入れておいたんだけど分からなかった? 髪の毛巻いておけば、僕の差し入れだって気付くでしょ? 美味しかった?」
いつも通り完璧な微笑みを貼り付けて言えば、
「食えるかあっ!」
鋭く突っ込まれた。
どうやら身体は大丈夫のようだ。
「んで、なにがあったん?」
聡明なそよ子の事だ。詳しい説明は必要ないだろう。
「今頃、リーラさんは死んでるんじゃない? 樒くん達の手によって、ね」
「……そう。やっぱそうなるよなー。私は結局、なんもできんかった。ただの足手まとい」
あからさまに落ち込んでいるそよ子に、慰めの言葉でも投げた方が良いか迷ったが、それは自分の仕事ではないなと藤は何も言わなかった。
タイミング良く、扉が開いた。
看護師風社員が溜息をつく。
「……事情は聞いてるけれど、怪我人が多いわね」
入ってきた三人は藤の姿を見て安堵し、それぞれベッド上にて手当てされ始めた。痛い痛いと悲痛な声だけが聞こえてくる。軽傷の樒だけは直ぐにカーテンから出て、そよ子の隣へ腰を下ろした。
「
ぎこちないが、こんな風に柔らかい言い回しをする樒は初めて見る。
藤もそよ子も顔を見合せて驚いた。同時にふっと頬が緩んだ。
樒は傷と共に、人間的に欠けた一部を貰ったのかな、なんて思ったりした。
✂︎
手当ての後、来た時よりも多い人数で帰る事になった。
辺りはすっかり暗くなったが、暑いままだ。厭な湿気が肌にまとわりついてくる。
遠くなっていくリーラシャウチャのビルを背に、息吹は姉の最期を思い返した。救いたかった人を救うことは叶わなかったが、無理矢理ポジティブに考えれば、今後身に覚えのない殺処分をされる人は居なくなるはずだ。しかしヒーローだったら死者を出す事なんてなかっただろうなと、ファンタジーな考えが過ぎってしまう。
松葉杖の菜花が、一番後ろを歩きつつ口を開く。
「息吹くんはこれからも掃除屋続けるんすか〜?」
「あー……うーん……」
続けるとなれば、いつか顔見知りの殺処分をする時が来るのだろうか。厭な事を考えてしまう。
軽い問いに詰まった息吹の悩みを察したのか、
「まあ、息吹くん身体能力低いもんな〜。清掃業務だけ続けるとか、そもそも向いてなかった〜って辞めちゃってもいいと思うすよ!」
菜花は気を回してくれた。毎度ながら良い子すぎる。
「あ、そうだよね。じゃあ──」
息吹がみなさんお世話になりましたと言おうとした時、
「俺の事務所で働いて、慣れれば良いだろう」
樒にストレートな勧誘をされてしまった。
一度アルバイトを辞めている息吹を再び雇ってくれるとは。何だか必要とされているような気がして胸がじゅわっと熱くなる。
これは断れない。殺処分の辛さより、樒と一緒に働けるという嬉しさが勝ってしまった。不謹慎だろうか。だが、
「あ、はい! よろしくお願いします」
迷わず頷けば、樒は優しく微笑んでくれた。
出会った頃より表情が豊かになった気がして息吹も頬が緩む。
樒とはこれから先も、お互いの傷を舐めあっていくのかななんて、なんとなく思った。
菜花の気遣いを無視したようになってしまっただろうか。息吹がおろおろし始めると、
「なんやろー? 樒と息吹くんにみえないはずの赤い糸がみえるわー。妬けるー」
前を歩くそよ子がからかい、
「ふふ。
藤が恐がらせてくる。
大人気ない大人達だ。
しかし、あからさまな否定では無い事から、遠回しの応援と捉えることも出来る。
「アハハ。まあ息吹くんがやる気あるなら応援しますよ! 困ったらいつでもオレのこと呼んで!」
菜花は気を悪くせず、明るく笑ってくれた。
周りの優しさで、この先も何とかなりそうな気がしてくる。
ストレスの多い現代、メンタルの安定という目的を外れ、快楽を求めてブレンドドラッグに手を出してしまう者は後を絶たないだろう。しかし、求め過ぎれば身体が壊れる。悦の時間は一瞬だからこそ魅力的なのだ。
咲いた花に、ずっと綺麗でいて欲しいからと水を与え過ぎれば枯れてしまう。人間も同じで、ずっと悦に溺れていたいからとドラッグを与え過ぎれば枯れてしまう。
混ぜるな危険のストレスケアドラッグが簡単に手に入るのは、そんな人間の欲を試す為なのかもしれないなんて、またファンタジーな事を考えてしまった。
『掃除屋』という存在が、欲深い人間の抑止力になり続けるように、中毒者の殺処分は徹底しなければならない。
「みなさん、ちょっとドラッグストア寄っていきませんか?」
息吹は、一日で酷く疲弊したであろう皆を誘った。
「ストレスケアドラッグ買って帰りましょう。今日はリラックスして眠りたいじゃないですか。あ、もちろん、用法用量を守って。ですよ」
了
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