第38話 状況が暗転した

 中毒者達の殺処分は終わった。

 ゲストルームには足を負傷した社員達が這っているだけだ。

 もう息吹には涙も不安も苛立ちもない。吹っ切れたのか自暴自棄なのか曖昧ではあるが、今は目的を果たす事だけが頭にあった。

 掃除屋という職業を利用し、自己中心的な理由で大勢を犠牲にしたリーラにトドメを指す。

 それだけだ。


「リーラはいないみたいっすね」

 菜花は辺りを見回しつつ言う。

 息吹も、メディアに出ていたリーラの顔を思い出しつつ社員達の顔を確認するが、どうにも居なさそうだ。

 この騒ぎの中、同じ階の所長室で寛いでいるとは考えにくい。

 また駆け回らなければならないのかと思えば、しきみがおもむろに携帯端末を取り出した。誰かに電話を掛けている。何か拾い上げたなと息吹が目で追ったが、小さなゴミにしか見えなかった。



 ✂︎



 藤は、リーラに見付かる事なく医務室へ辿り着いた。抱えたそよ子を看護師風の社員に渡せば、特に理由も聞かず手当を始めてくれた。

「容体はどうですか?」

 藤は如何にも心配しているような声色で問う。

「怪我は大したことなさそうね。これは貧血と過労かしら。しばらく安静にさせておきましょう」

「そうですか。それは良かった」

 社員は藤の微笑みを無視して点滴を準備している。知らない顔の者だろうと患者の相手はきちんとするようだ。

 そよ子はここへ放っておくとして、帰るに帰れないんだよなと困り果てた。

 いっそリーラを殺処分してしまえば安心なのだが、大手事務所の有名人が消えたとなれば失踪事件と報道され、警察も本格的に捜査せざるを得なくなる。憶測が飛び交い、世間は掃除屋に不信感を持ち、それはメンタルの乱れへ繋がり、中毒者が増え、治安は更に悪化する。

 身の安全の為外出する人が減れば個人経営の喫茶店など容易に潰れる。

 医務室の扉前にもたれ掛かりながらぐるぐると最悪の未来を浮かべていた時、藤の携帯端末が震えた。反射的に出てしまうのは職業病といえる。

『藤、ここに来ているな』

 樒の淡々とした口調。感情が読み取れず、怒っているのか単純に疑問を投げかけているのか分からない。

「ん? 僕は喫茶店に居るけど、どうしたの?」

 とりあえず嘘をついた。馬鹿正直に理由を述べるつもりはない。

『一円玉型の爆弾が落ちていた。藤の武器だろう』

 つい舌打ちが出てしまった。昔一緒に働いていた樒なら、痕跡を見て気付くのは当たり前。

 何て説明しよう。面倒臭いな。忙しいからまたねと電話を切ろうとしたところで、

『聞きたいことがある』

 樒が言葉を続けた。

『リーラの居場所に心当たりはないか』

 藤がここに居る理由を問い詰めるつもりはない様子。リーラを捜す方が優先事項という事か。事務所内のカオスを見て、リーラを殺処分してしまおうという気なのかもしれない。真っ当な掃除屋ならそう判断しても不思議はない。現在の藤の状況的に大変有難いが、喫茶店が潰れる未来を考えると少々有難くない。

 素直に答えようか迷い、結局、

「そんなの僕には分からないよ。ごめんね?」

 サラリと嘘をついた。

『……そうか』

 返ってきた声色はどこか悔しげで、樒から初めて感情を読み取る事ができた気がした。

「僕の喫茶店に向かってるかもしれない」

 藤ははっとして口元を押えた。

 いつもと同じ、嫌がらせの足止めをするつもりだったのに、素直に答えてしまった。調子が狂った。

 樒の感情が分かる日が来ると思わず動揺しているらしい。

『分かった。助かる』

 シンプルなお礼の後電話が切れた。

「……ふふ。どんな結果になるかな」

 皆頑張れと我関せずで応援しておく事にした。リーラのプロジェクトも見られたし、遠くの喫茶店にでも遊びに行こうかなと考えて歩き出す。

 だが、何事もなくここを出る予定が変わった。曲がり角で、ばったり会うとは思わなかった。

「やあ藤クン。君の思考は読めていたよ。きっと身を隠すならワタシの近くだとネ」

 リーラがじりじりと近寄ってくる。

「ワタシの事務所内には幾つもカメラがあるんだ。ネズミ一匹なんて簡単に見つけられるのさ」

 その時、藤の腹に衝撃が走った。

 リーラの手には銃のようなものが握られている。話に気を取られて反応が遅れてしまった。

 しかし撃たれた痛みは無い。なんだこれは。身体が重い。今すぐ横になりたいくらいの怠さだ。

「さあ、行こうか。お仕置きの時間だ」

 藤の視界と共に、状況が暗転した。



 ✂︎



「藤の喫茶店に向かう」

 樒の電話が終わったかと思えば、そう言い放った。何故だ?

「え? ティータイムすか? 今から?」

 菜花も、息吹と同じく困惑している。

「違う。リーラを捜しに行くんだ。この欠片は藤の武器だから、何か知っていると思って電話した。案の定知っていた」

 先程拾った物はゴミではなかったようだ。

「なんで藤さんが? って、え! この社員たちやったの藤さんってことなんすか!」

「そうらしい。俺も何故藤がここに居るかは知らない。だが、ここに居る成れ果てた人間は六人だ。リーラが今居ない理由はあと一人を捜しているからじゃないのか」

 樒の言う通り、遺体は六人分。七にこだわるリーラが妥協するはずはない。

 マスター藤が七人目なのか? それは違うように思える。藤は何故リーラが喫茶店に向かっていると思ったのか。そしてこの事務所に来た理由。

「……もしかして、藤さんは誰か一人を逃がしたんじゃないですか? 例えば黐野木もちのきそよ子さんが監禁されていると気付いてこっそり助けに来たところをリーラに見られた。武器の痕跡は致し方なくということになります。そして今、リーラは藤さんが喫茶店に逃げ帰ったと思い込んでいる。こう考えれば辻褄が合いませんか?」

 息吹の仮説に、樒と菜花はなるほどと頷いた。

「よーし! じゃあ急いでリーラを追いましょう!」

 ゲストルームを出ようとする菜花に息吹も続いた。

「少し待て」

 樒が止めた。

「リーラはそんなに単純ではないだろう。素直に喫茶店へ捜しに行くのか」

 確かにそうだ。単純な思考の持ち主なら、大掛かりで非人道的なプロジェクトをやり遂げられないだろう。

「えと、じゃあ、まだこのビル内に?」

「分からないが、息吹の話から考えれば可能性はある」

 再び、事務所内を駆け回る事となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る