第30話 お姫さまの監禁小屋
✂︎
「……あれ」
差し込む太陽が爽やかに覚醒を促す。
そよ子はふかふかのベッドから身体を起こし、現状を緩やかに把握した。マスター
「……どこなんよここは」
天蓋付きベッドが一つだけの珍妙な部屋だ。
手荷物は勿論無いが、そよ子のアイデンティティであるシャーロックハットは頭に乗ったままだ。変な寝癖がついている。
「ん?」
ハットの中からパサリと何かが落ちた。
紫色の花がついた植物。見覚えはあるが名前がパッと出てこない。
「んえー……アジサイ、ラベンダー、フジ、ヒヤシンス、トリカブト……」
思い付くものをぶつぶつ唱えて気付いた。
「トリカブトか!? なんで!?」
指先数ミリで持ち上げつつ眺めれば、長い髪の毛が数本結び付けられている。まるで呪物だ。
「うわ……絶対マスターがやったわこれ……」
頭や手に傷口は無いため過度に毒の心配することはないが一応手を洗っておきたい。ポケットにトリカブトを押し込み、ベッドから下りた。
扉に鍵はかかっておらず、意図も簡単に外へ出る事ができた。外観は少し洒落たプレハブ小屋で、剥き出しの階段を下りた所で軍服風レインスーツ姿の男と鉢合わせた。このデザインはリーラシャウチャのレインスーツだ。つまりは社員か提携先事務所の人間。
「ああ、起きられましたか。こちらへどうぞ」
低音の丁寧な口調で隣のプレハブ小屋へ促された。受験会場はこちらですのノリで言われても困り果てるのだが。
そよ子は怪訝な顔をしつつ周りを見回し、同じようなプレハブ小屋が木々の間にいくつかあることを確認した。等間隔に軍服風レインスーツ姿が見える。
逃げ場のない監禁小屋という訳か。
「ちょっと手洗ってもいいですか?」
「手?」
「いやあ、トリカブト触っちゃったもんですから」
「……トリカブト? え、トリカブトですか?」
「はい。小屋で自生してるっぽいんで」
「そんなワケねえだ……いえ、大変失礼いたしました。掃除しておきます」
一階が水周りだと言われ、入って探索してみるとシャワールームまで設置されていた。
シンクで手をバシャバシャしつつ、やはりトリカブトを仕込んだのは藤香滋だと確信した。
レインスーツ男の反応からして何言ってんだこいつって感じだったし、殺意も自殺を促してくる感じもない。反論せず謝ったのはお客さまに、いや、お姫さまに失礼があってはならないから。苛立ちを堪えているのが伝わってくるから大変分かりやすい。監視役の皆さんは何をやらされているのかハッキリと聞かされておらずストレスが溜まり気味だとみた。
藤香滋が信用できる前提で解釈すると、これは護身用トリカブト。いざという時敵に飲ませれば行動不能にできる。
しかしだ。スタンガンじゃあるまいし襲われた際咄嗟の対応は不可能。つまりトリカブトの使用場面は無い? この場所は安全だと遠回しに伝えたかった? それともただの嫌がらせ?
「ま、潜入調査しろってところかな」
そよ子はこの場から逃げる策を考えず、軍服風レインスーツ男の指示に従うことにした。
隣の小屋は大きめで、そろりと入ると、ロココ調のソファに座って作業している女性達が一斉に視線をそよ子に向けた。残念ながら
見知らぬ女性六人ぶんの圧に若干怯んだが、
「はじめましてー、
ナチュラルな態度で挨拶をして皆の反応を伺った。
「まあ、やっと起きたのねー。もう三日くらい寝たきりだったのよー。さあどうぞこっちへ」
ほとんどが会釈する程度だったが、一人だけウェルカムな空気を出していた。遠慮なく隣に座ると、ふわふわした雰囲気で微笑みを浮かべた。
「
その名前を聞き、そよ子の心の中で花びらが舞った。
早く帰ろう! 息吹くんがあなたを捜してる! と勢いで伝えそうになったがここは堪えた。軽率な言動は避けるべきだ。まずはこの六人がどういう経緯で監禁されているのか知らなければ。信用できるか否か。
「じゃあそよ子さん、これね、ボールペンにシールを貼ってくれる? 作業しながらわたし達の役目を説明するねー」
そちらから話してくれるのは有難い。そよ子は大人しく手を動かし始めた。
作業は、リーラシャウチャのノベルティグッズ作りだった。シール貼りの他、ハンカチの刺繍やタンブラーの梱包等様々だ。手持ち無沙汰だろうからとリーラが仕事をくれたらしい。
ということは、リーラはこのロゴのヒントに気付いていないのだろう。気付いているなら易々と部外者に仕事を振ったりはしないはず。いや? 手が空いた誰しもがやれる作業だと分かっていたからこそ『7』のヒントが世に出せたのか。だからこそ
隣で芽生は、世間話からゆったりと話し始め、内容からほんのりとリーラの極秘プロジェクトがみえてきた。
芽生達は『リーラのお薬』のモニターで、薬との相性が良かったらしい。
しかし、ブレンドドラッグの中毒症状と、リーラのお薬の副反応は似ており、どちらも黒い血を吐いてしまう。
彼女らが焦って掃除屋に駆け込んでしまったら殺処分されてしまう。
そうならないように、早急に拉致したという事だ。
リーラがそこまでするのは、
『バージョンアップしたリーラのお薬』を作る為。
彼女らの協力が必要不可欠なのだという。
皆、職探し中だったり引きこもりだったり、成人済みで時間に余裕がある人間。急に居なくなって困る人間ではないから都合が良い。
新薬の開発の為に拉致とは怪しさしか感じないが、疑う者はいない様子だ。
「薬と相性がいいって、どういうこと……」
そよ子が呟けば、対面で刺繍をする女性が答えた。
「人の倍気持ち良くなれる体質なんだってさ。確かにリーラのお薬飲んだ時は桃源郷に居るみたいな気分だったな」
芽生も続けて、「わたしも薬飲んだ後のワインですっごい気持ちよく酔ったなー。あんなの初めて」と微笑んだ。他の皆も同じような感じだ。
そよ子は『リーラのお薬』を藤香滋に飲まされたらしいがただ眠くなっただけなので共感できない。それとなく周りに合わせた後、話を切り替えた。
「みなさんいつ頃からここに居るんです? 家族とか友達に心配されん?」
回答はまちまちだったが、二、三ヶ月は作業したり採血したりを続けており、連絡については携帯端末でやり取りしているから平気とのことだ。
「えっ、みんな端末持ってるん?」
そよ子のものは盗られていたので驚けば、芽生が「わたしは持ってないよ」と言った。
「多分お酒飲んでるときに無くしちゃったの。えへへ」
確証がない上、別に無くても構わないという空気が伝わってくる。
そよ子は、芽生のなりすましマンについて思い出した。
おそらく、芽生の端末は意図的に盗られている。そよ子のものもそうだろう。
これも万緑が何らかのヒントを送る為にやったと思いたいが、空腹で上手く推理ができない。
「あらそよ子さん、シールが反対向いちゃってる」
「あっ、やっちゃった」
カリカリと爪で剥がしつつ、『L』が『7』に見える件についてふと思った。万緑捜索に気を取られて決めつけた推理をしていたが、他の解釈も出来る事に気付いたのだ。
ここに居る人数はそよ子含め七人。
七人で思い当たるとすれば……。白雪姫? 確か
「あーダメだまったくわからん!」
そよ子が喚くと同時に、入口の扉が開かれた。
「やあ。ワタシのお姫さま達」
リーラご本人の登場だった。
周りの皆は嬉しそうに恍惚とした表情を浮かべている。リーラのカリスマ性がそれだけでよく分かった。
「さあ時間だ。更なる快楽を求めて、ワタシと共に行こう」
爽やかな笑顔の裏には何かある気がしてならなかった。
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