第13話 大手掃除屋事務所

 いらっしゃいませと対応してくれたのは、息吹がこの前見た清潔感のある女性店員だった。

 一瞬、菜花なばなに目をとめた後、直ぐに席へ案内してくれた。考えるような視線が気になった。

「……菜花くん、あの店員さんと知り合い?」

 真っ赤な絨毯の上を進みつつ、息吹は小声で問う。

「あー、オレ基本土日はここでバイトしてるんすよ。なーんか今日地味に混んでるし、ヒマなら働けって思われたのかも」

 なるほどアルバイト先あるあるか。と納得し、奥のテーブル席に目を向けた。パソコンを弄りながらココアを啜っているだけなのに見惚れてしまう美しさ。しきみだ。

 息吹と菜花はほぼ同時にお疲れ様ですと言い、樒の対面に腰掛けた。

「死んだな、藪枯やぶがらし。二人共無事で何よりだ」

 相変わらずの無表情で樒は言うが、藪枯は自分で勝手に死んだ。こちらは奴を真っ当に殺す為に動いていたのに全てが無意味だったような気がして何とも言えない気持ちになっていた。

「死んだのはいいんすけど、成れ果てたってのが謎っすよ。おかげでオレのハンマー汚れちゃったんだがー」

「ああ。奴が自らブレンドドラッグを摂取するとは考えにくい」

 樒はパソコンの画面を皆で見られるよう動かした。再生されたのは、血に塗れた藪枯。そして息吹の声。会話。

「……え、あの、この映像って……いつの間に……?」

 ぽかんとする息吹に、樒が答える。

「レインスーツのボタン、全部カメラになってるからな。良く撮れてる」

「うわお……知らなかった……」

 仕込みカメラに仕込みナイフ。息吹が貰ったレインスーツは多機能の便利スーツという訳か。

 樒が電話を掛けてきたタイミングは、藪枯が息吹を散々痛め付けた後だった。

 つまり、樒は仕込みカメラの映像を遠隔でずっと見ており、藪枯を真っ当に処分する為の証拠が撮れたから後は仕込みナイフで片付けて良いということだったのだ。

 そんな戦闘力ないんですけど! と突っ込みたくなったが結果無事だったので黙っておこう。

 それに、樒にとって息吹はコマ。もし死んだとしても構わなかったのだろう。

 息吹自身も善意で樒の手伝いをした訳ではない。お互いにコマなのだ。

 改めてそう思った途端、何だこの寂しい関係は! と涙が滲んできた。


『──クソがっ……リーラの、野郎……うっ、おえっ、ふざけやがっ……』


 パソコンから藪枯の苦しげな声が流れてくる。

「リーラの、野郎? リーラって確か……」

 口元に指を当てて考える菜花に、

「『リーラシャウチャ』のことだろうな。大手の掃除屋事務所」

 樒がスっと答えた。

「あー! それそれ! 殺処分の依頼しか受けないっていうやべえ事務所っすよね! 息吹くんは知ってます?」

「えと、名前はよく聞くかな。掃除屋といえばリーラシャウチャだし」

「やっぱ大手の知名度すげ〜」

 探偵事務所といえば毛〇探偵事務所、というように掃除屋事務所といえば『リーラシャウチャ』なのが世間一般だ。

 息吹が元来持っていた掃除屋の厳粛なイメージは、リーラシャウチャの密着取材がテレビで放送されたことがきっかけだ。

 勿論、殺処分中の映像は流れなかったが、軍服のようなデザインのレインスーツで巡回し、夜の盛り場でブレンドドラッグを楽しんでいる人を次々と捕まえていたのが印象に残っている。洗練された動きは、流石大手事務所という感じだった。

 実際の掃除屋は巡回なんてしないし、清掃業務が主なので、テレビの印象操作ってすごい。

「で、藪枯はなんでリーラの野郎〜なんて言ったんすかね? 樒さん心当たりあったり?」

 菜花は軽い調子だが、樒はいつになく冷たい瞳をパソコンに向けている。

「ああ。リーラシャウチャは清掃業務を他の事務所にやらせている。それ自体問題は無いし、藪枯の所もその一つだった。金か弱みか、リーラシャウチャの誰かに藪枯は消されたと考えて良いだろう」

 マジで? という表情で菜花と息吹は顔を見合せた。

 双方の間に何があったというのか。気にはなるが、これは樒の憶測に過ぎない。調査をしたところで今度はこちらが消される可能性もある。

 関わらないに越したことはない。

「お待たせいたしました」

 不穏な話を遮るように、ココアとチョコレートケーキが運ばれてきた。

 お馴染みの『樒セット』だ。

 菜花が黙々と食べている間に、樒は黙々とパソコンを弄っている。結構な時間をここで過ごしていたらしく、樒のココアはほぼ空だ。

 息吹は殴られた口元の痛みでちびちび飲むのが精一杯である。

 カタカタとキーボードが叩かれる。何かの資料を作成しているようだ。目頭を押さえる姿から、疲れ具合が伝わってくる。

「なになに息吹くん、樒さんに見惚れちゃって〜」

 菜花がケーキを頬張りながらからかってきた。もう皿が空になっている。

「あ、いや、ずいぶんお疲れの様子だったから……」

「あー、そっすね〜。うーん。息吹くん、ラブホの失踪者の話樒さんから聞いてます?」

 息吹が樒と出会ったあのラブホテルにて、藪枯のコマだった女性に殺された人達のことだろう。被害者は皆ブレンドドラッグ中毒者の保護者。失踪者が見つかっていないことから、死体ごと消された可能性は高い。

「うん。藪枯関連の、だよね?」

「そっす! 警察に取り合ってもらえなかった失踪者の家族が、探偵に捜索願い出して、その探偵経由で樒さんが手伝うことになったらしいんすけど、ま、その調査報告書作成中でお疲れなんすよね〜」

 今更ながら、樒が藪枯を追っていた理由がはっきりした。調査の中で藪枯の素行に気付き、ついでに殺そうと思ったということか。それはやはり私怨もあるのだろうか、と息吹は気になったが、自ら乗り込んで行かなかったところをみると、仕事は仕事として割り切っていそうだ。


 さて、藪枯が死んだ今、息吹が掃除屋のアルバイトを続ける理由が無くなった。四葩よひらの敵とかこつけた、ただの八つ当たりのようなものだったが、結局恐怖が勝って何も出来なかったし、周りに助けられてばかりだ。

 さっさと辞めるのが正解だと、息吹は思った。


 それぞれの皿が空になった頃、誰からともなく立ち上がった。藪枯事務所へ戻り、部屋中清掃しなければならない。

 あの髭面男は既に姿を消しているだろう。他の社員も同様だ。ボスが死んだ今、薄っぺらなチンピラ達に居場所はない。アルバイトの皆は日払いできっちり貰えているといいな。

 扉を開けようとしたところで、カランコロンカランと客が入店した。

「どうもー警察でーす。ああ、お兄さん方、ちょーっとお話いいかな」

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