第11話 囮役ってそういうことね
✂︎
「うわマジかっ、保険のハッカ飴でなんとかなってくれよ〜……!」
連れて行かれた息吹を横目に、
学生アルバイト達は一瞬ザワついたが、清掃指示役兼ドライバーが居なくなった現場は一気に気が緩み、それぞれ喋りながら漆黒の吐瀉物を片付けている。
菜花が少し離れたとしても注意はされないはずだ。
「あっ、もしもし
『ああ。見ている』
「マジ!? どこで!?」
つい大声が出てしまい、慌てて口を塞いだ。物陰から清掃現場をチラリと覗いたが誰もこちらを見ていなかった。セーフ。
『レインスーツにカメラ仕込んである。それより菜花、囮役が何してる』
樒の抑揚のない声は、教師に怒られるより全然恐い。
「アハハ……オレだってソッコー
こめかみを押しつつ苦笑いで答えた菜花だが、やっぱりこの作戦無理〜というのが本音だ。今のところ藪枯がメンソールタバコが嫌いという情報しか持っていない。
──藪枯が未成年に手を出した瞬間を収めたい。菜花なら囮役として適任だ。
と、まあ単純な作戦だ。確かに年上には可愛がられるタイプだし、高校生といえどヒモのような生活を送っていたこともある。だがそれは仲良くなってからの話で全て相手側からの勝手な好意。
樒は、菜花なら誰でも彼でも魅了できると勘違いしているのだ。
「ってかさー、仕込みカメラあんならオレに付ければ良くないすか? 息吹くんがリスク背負って盗撮役する意味な……」
樒の考えに気付いてしまった。
息吹が捕まることを想定していたからこそ息吹だけにカメラを仕込んだ。
菜花の囮役というのは息吹を潜入させる為の餌。
つまり、菜花が実行しようとした作戦はブラフ。
「……樒さん、最初から息吹くんのこと犠牲にする気マンマンだったってこと?」
『何言ってんだ』
「アハハー……オレの知ってる樒さんはそんな冷酷な人じゃないっすわ! 酷いこと聞いちゃってさーせん!」
『息吹はそう簡単に死にはしない。やる気があるからな』
「どんな理屈よ。ま、オレちょっと急ぐわ!」
通話を切り、速攻でタクシーに乗り込んだ。
清掃中の皆にはすぐ戻ると声を掛けておいたので問題ないだろう。
そういえば殺処分用武器持ってなくね? と置いてある場所を思い出す。
「やっべー……さーせん運転手さん。『
最近清掃業務ばかりだったから喫茶店のロッカーに置いたままなのだ。時給の高い掃除屋のアルバイトを中心に、隙間時間で様々なアルバイトを転々としまくっている菜花だが、あの喫茶店だけは長続きしており、ロッカーは私物で溢れている。
緊急時を考えろと樒に注意されても、重い武器を持ち歩きたくないという怠惰はどうにもならない。軽い武器は菜花の手に馴染まず、殺処分対象者を苦しめてしまう。『残虐行為で悦に浸ってはならない』掃除屋内での暗黙のルールだ。
タクシーに待っていてもらい、小走りで喫茶店へ向かった。菜花の武器はハンマー。ギターほどのサイズで、頚椎を一瞬で粉々にする。ケースごと背負うと見た目はバンドマン。
「あれ? 菜花くん。今日シフト入ってたかな?」
柔らかい声に振り向けば、マスターの
「入ってないっす! 今樒さんと仕事中なんすけど割とピンチでさ〜。じゃ、休憩ごゆっくり!」
バタバタと出て行く菜花を、ちょっと待ってと藤が引き止めた。
「許可証持った?」
「あっ、やっべ」
慌ててロッカーを漁りに戻った。
殺処分武器使用許可証は車の免許証と同じようなものだ。各々好きな事務所で筆記と実技のテストを受ければ誰でも申請できる。
「やべえ……ない……」
ロッカーが汚すぎて見つけられない。そして確実にここにあるのかと問われれば自信はない。
「うーん、じゃあ僕とお茶でもしようか」
にこやかに言われて流されそうになってしまった。
「いやいや、だめっすよ! オレもう行っちゃいまーす!」
緊急時なので許されることを願いつつ、菜花は喫茶店を後にした。
「……ふふ。行っちゃった」
マジシャンがトランプを扱うように許可証を指に挟む藤に、菜花が気付くことはなかった。
タクシーに戻り、直ぐに出してもらったが数分のロスだ。藪枯のことだから息吹を殺すなら
あれ、これ事務所居なかったらやばくね?
なんか倉庫とか廃墟とかだったらやばくね?
向かう先が藪枯事務所でいいのか不安になってきたところで、携帯端末が震えた。
樒から「息吹視点」とメッセージつきで動画が送られてきている。
「おわーっ! 血ーっ!」
レインスーツに仕込んであるというカメラの映像らしい。映っている藪枯の顔には血が飛び散っていてスプラッターパーティーだ。そして部屋の雰囲気からして場所は藪枯事務所であっていそうだ。
「運転手さん! 飛ばして!」
菜花は事務所付近に着くなり階段を駆け上がり、門番の如く佇む髭面男の腹にハンマーの柄を突き刺した。
これでようやく息吹を救出できる。
「待たせてごめーん! え……」
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