2-4 変わり者による避難訓練
「面接地獄がやっと終わった…………」
「クリストフ、お疲れ様。各人が魔法で
シリルはげっそりとしたクリストフを労った。国中に募集をかけた、『水を操れる魔法』持ちの採用面接。それが、今日やっと終わったのである。
「水害が起きたら、水害対策チームを速やかに招集する。採用者は全部で十五人いるけど……特にウルス。彼の能力は強大だ。十メートル四方の面積を
「水流変化を支えるグレタも優秀よね。彼女がいれば避難経路を確保できるわ」
クリストフにお茶を勧めながら、フェリシアが補足した。一定の範囲を安全に保つことができれば、人命が助かる見込みが段違いになる。シリルはうんうんと同意した。
「そうだね。ともかく、彼らを送るにしても……それから彼らの魔力が尽きる前に、避難させるにしても……キーマンは君になるよ、ダーク」
「大丈夫です。俺はシリル様のためなら、この命を懸けます」
同じ部屋に控えていたダークが、しっかりと頷いた。彼が支える魔法の一つは
「ダーク。自分の命は大切にしてね。貴方には、ルーチェもいるんだから」
「……はい」
フェリシアが苦言を呈すと、ダークは母親に叱られた子供みたいに返事をした。
テオドールに盛られた毒の排出が進み、彼の妹のルーチェはもうほとんど健康になったのである。ルーチェは今もダークの横にくっついて、お茶を飲んでいるところだ。彼女は兄と同じ金の目を輝かせながら言った。
「フェリシア様。お兄ちゃんは、ちょっと張り切りすぎているだけです。お兄ちゃんの命は私が守りますので、大丈夫です」
「ルーチェがついていてくれるなら、安心だわ」
フェリシアは微笑んだ。ルーチェの能力も、実はチート気味だ。彼女が持つ魔法の一つは
王太子テオドールの支配下にある間、ルーチェは能力を封じられて使用できなかったそうだ。しかし今となっては、まだ七歳の幼い彼女も強力な戦力である。
「俺たち
「いきます!」
「正直、まだ幼い君たちを働かせるのは、少し気が引ける部分もあるんだけど……本当に頼りにしているよ」
シリルは柔らかく微笑んだ。こうしてシリル陣営は、水害への対策を万全にしたのである。
♦︎♢♦︎
「今日は宜しく頼みます、公爵」
「いや、こちらこそ。我が公爵領をここまで気にかけて頂き、ありがとうございます」
七月、シリルとフェリシアはノイラート公爵領を再び訪れ、公爵マティスに挨拶をしていた。最初は懐疑的だったマティスもシリルの熱心さに押され、今や随分協力的になっていた。
「後ろにいる彼らが、水を操るチームです。いざ水害が起こったら、俺自身も駆けつけますので」
「シリル殿下ご自身が来てくださるのは心強いですが……御身を危険に晒して良いのですか?」
「もちろんです。国民を守るためですから」
マティスは琥珀の目を見開き、感動した様子だった。水害が起こった時は、魔法で速やかに知らせてもらう手筈になっている。マティスの横に座った娘、アンネリーゼも微笑んだ。
「お父様ったら、最近シリルを褒めるのが止まらないのよ」
「こら、アンネ。黙りなさい」
マティスは少し顔を赤くしてアンネリーゼを注意した。アンネリーゼは父に構うことなく、のほほんと笑っている。
「折角シアも来てるし、一緒にお茶でもしたいんだけど、今日は忙しいのよね?」
「ええ、今日は避難訓練をするから」
そう。災害を一ヶ月後に控えた今日は、公爵領で避難訓練をするのだ。マティスに挨拶をした後、シリルたちはすぐに動き出した。避難訓練のことは事前に領民に通達が為されている。
決まった時刻になると、水害が起こった時の、知らせの鐘が鳴り響いた。領民たちはしぶしぶながら避難訓練に協力してくれた。王子と公爵本人が動いているので、協力せざるを得ないのだ。
「こんなことをして、意味があるのかね……」
「今日は商売にならないよ」
そこかしこでそんな囁きが聞こえて来たが、シリルは気にしない。今日は広大な公爵領において、河川が氾濫すると特に危険だと予測される四地点で避難訓練を実施した。シリルはずっとフェリシアと手を繋ぎながら、沢山の場所で演説をした。
「災害など起こらないのが一番だが、この地域で水害が起きる可能性が高いことが既に判明している。皆は自分の命を守ることを最優先にして動いて欲しい!商売も農業も、命がないとできない。今日行った訓練の通りに避難することを徹底してくれ!」
変わり者の王子と噂の広がっているシリルを見物しに来た領民たちは、非常に多かった。時に野次を飛ばされながらも、シリルは喉が枯れるほど、本気の熱を込めて演説して回った。
フェリシアは彼のひたむきさに心を打たれ、何度も手を強く握って励ました。
♦︎♢♦︎
「シリル、今日は本当にお疲れ様。私、感動しちゃったわ」
「いやあ、だって俺の本気度に人命が懸かっているんだ。熱が入って当たり前だよ」
「それにしても、よ。人のためにそうして動ける貴方は、素敵よ?」
帰りの馬車の中で、シリルの肩に頭を預けながら、フェリシアは言った。彼女の薄緑の瞳が上目遣いにシリルを見つめたので、彼は白磁の目元を、ぱっと少し赤らめた。
ダークの
シリルは目元を赤らめたまま、少し首を傾げて言った。
「じゃあ…………ご褒美を頂戴、シア」
「どうぞ?」
シリルの『おねだり』は最近、頻繁になっていた。フェリシアが優しく微笑んで目を閉じると、シリルの唇が降って来る。もう、こうするのが自然になってしまうくらい、二人は触れ合いを繰り返しているのだ。何度か柔らかく唇を食まれる。
「…………これで、ご褒美に、なったの?」
「なるよ。ありがとう……」
シリルは甘いキスをしながら、青い瞳をこの上なく幸せそうに細めていた。
「君がいるから、俺は頑張れる…………」
王宮に戻るまで二人はそのまま抱き締め合い、時々キスをしながら過ごしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます