1-7 ヒロインとヒーローのロマンス

ついにお茶会当日だ。


婚約者ということで、フェリシアのドレスはシリルが全て贈ってくれた。


フェリシアの桜色の髪にもよく馴染む、ミントグリーンの爽やかなドレスだ。Aラインのスカートには薄い金の糸で刺繍が入っており、裾に行くほど刺繍の密度が濃くなる。茶会はガーデンパーティー形式なので、日の光を浴びたら、このドレスは光り輝いているように見えることだろう。上は首元と腕が透けた生地で覆われている、清楚なデザインだ。ここにも薄い金の糸で草花の刺繍が施されている。


フェリシアにはピアスも贈られた。シリルの目と同じ、アクアマリンの宝石がはまったものだ。仲睦まじい演技をするためとは言え、彼の色を身につけられるなんて嬉しい。


幼い頃から家に軟禁されていたフェリシアは、実はデビュタントすらまだである。こんな素敵なドレスなんて、今まで着たことがなかった。

落ち着かない気持ちでシリルを待っていると、真っ白で凛々しい王子の正装をしたシリルがやってきた。


――す、素敵だわ……。


ファリシアは思わず、ぽうっと見惚れた。まるで童話から飛び出してきた王子様みたいだったからだ。

そのうちシリルもこちらに気付いた。が、完全に固まっている。どうかしたのだろうか。


「私、変だった?」

「変じゃない!変なもんか、むしろ…………」


顔を逸らして口元を覆ったシリルが、ちらりとフェリシアを見る。また勢いよく顔を逸らして言った。


「その。すごく……綺麗だ」


フェリシアは自分の頬がさっと熱を持つのを感じた。とても恥ずかしい。でも、嬉しかった。


「……い、行くよ」


シリルはそう言いながら、すっと手を差し出した。触れていた方が安全なので、手を繋ぐ形でのエスコートにすると初めから決めている。お互い、手袋なども付けていない。


「楽しみね」

「…………春の、妖精みたい……」

「なんて言った?」

「いやなんでも」


シリルは幸せそうに、あどけなく笑った。


――こうしていると、なんだかまるで愛されているみたいに錯覚しちゃうな……。


フェリシアの胸は、また少し痛みを訴えた。



♦︎♢♦︎



茶会の真ん中に、王太子テオドール・ブランシャールはどっかりと腰を下ろしていた。


「あれが……」

「そうだよ。どう思う?」

「どう、って……」


テオドールは小説の登場人物だけあって、非常に見目が整っていた。ぬばたまの黒髪は長く、目は切れ長で、シリルと同じ美しいアクアマリンみたいな色をしている。

一つ一つのパーツが大きく、派手だ。中性的なシリルとは異なり、テオドールは男性的で鋭い美貌だった。

たくさんの女性を侍らせ、彼は高慢に接していた。まさに俺様美形、という感じだ。


だがそれよりなにより、フェリシアは言いたいことがあった。


「仕事、してほしいなって……」

「ぶっ」


隣にいたシリルが口元を押さえて吹き出した。

思ったことを言っただけななのに。


「フェリシア、やっぱり君って最高」

「そう?」

「普通女性はテオドールを見て、開口一番に素敵!って言うんだよ。俺なんかより、ずっとずっとモテるんだ」

「シリルの方がずっと素敵よ?」

「……っ。うん、ありがとう」


シリルは照れてしまったらしく、すっかり大人しくなった。だが、間も無く目的の人物を発見して立ち上がった。


「ノイラート公爵家の、アンネリーゼだ」


アンネリーゼがどの人なのかは、すぐに分かった。

薄紫の真っ直ぐな髪に、印象的な琥珀色の瞳。この人だけ周囲よりキラキラして見えるほど、存在感がある。とても聡明そうな人だった。


「アンネリーゼ!」

「ああ、シリル。久しぶりね」

「王の生誕パーティーぶりかな」


二人は親しげな様子だ。

――シリルの好きな人って、アンネリーゼなのかな……。

会話についていけず気落ちするフェリシアの手を、シリルはぎゅっと握った。繋いだ手を見せつけるように持ち上げて言う。


「こちら、婚約者のフェリシアだよ」

「フェリシア・モーリスと申します。以後お見知り置きを」

「あらあ!!シリルったら、なんて可愛い子を捕まえたのっ!?」


アンネリーゼはとてもニコニコとしている。フェリシアは少しほっとした。


「仲良くしてくれると嬉しいわ」

「あ、私も是非……」

「じゃあ、アンネって呼んでくれる?」

「はい。じゃあ、私のこともシアと」

「…………俺も、シアって呼びたい」


シリルが急に割って入ってきた。何だかむっすりとしている。折角アンネリーゼと話していたところを、邪魔してしまったからだろうか?


「ちょっとシリル、貴方……心狭すぎよ」

「シリルも、シアって呼んでいいよ?」

「本当!?」


シリルの顔は、ぱっと喜色に染まった。何故か分からないが愛称が気に入ったらしい。


「とっても仲良しなのね。安心しちゃった。あのシリルがねえ……」

「ああそうだ、アンネリーゼ。ノイラート公爵領を災害モデル地域にしたいという話を聞いているか?」


シリルはまるで話を逸らすかのように、急に仕事モードになった。


「少ししか聞いてないわ。お父様は、国に領地を取られるんじゃないかと警戒してるみたいよ」

「違うんだ。ノイラート公爵領には大型河川がある。水害が起きる可能性が高いんだ。災害モデル地域にすることで、そのための対策を打ちたい」

「そうなのね……」

「そのためには、現地視察が重要だ。是非娘の君からも説得してくれ」

「……うーん、わかったわ、シリルがそこまで言うなら。大事なことなんでしょう?」


アンネリーゼはふふっと笑ってフェリシアの方を向き、言った。


「シア。シリルは分かりにくいところも多いと思うけど、優しい人なのよ。大事にしてあげてね?」

「あ……はい」


アンネリーゼはひらりと身を翻し、去っていった。美人な上、不思議な魅力のある人だったなあと思う。シリルとお似合いだなと、つくづく思ってしまい、フェリシアはまた少し落ち込んだ。

一方のシリルは深いため息を吐き、小声で言った。


「ありゃ、徹底的に俺を揶揄からかう気だな……」



♦︎♢♦︎



女の子たちが王太子にべったりとくっつき、我こそはとアピールしている。そんな中フェリシアは、ずっとシリルと手を繋いでべったりしていた。

するとあるとき、魔法で未来が流れ込んできた。


「シリル、カロリーナが来るわ」

 

その言葉の通り、茶会会場にカロリーナ・ベネディクト伯爵令嬢が遅れて入ってきた。


ウェーブした白銀髪に、陶器のような真っ白い肌、宝石よりも美しい翠の瞳。完璧に配置されたパーツと、小さな鼻と口。豊かな胸に折れそうな腰の、完璧なスタイル。

彼女は間違いなく、絶世の美女だった。


ガタリ。


それまで横柄に振る舞っていた王太子テオドールが、席を立つ。ぼんやりとしたまま進み出て、カロリーナに向かって膝をついて言った。


「麗しいご令嬢。貴女の名前をお聞きする栄誉を頂いても?」

「……カロリーナ。カロリーナ・ベネディクトと申します」

「カロリーナ………………」


びゅうと風が吹き、彼女の美しい髪が翻る。満開の桜の木から、花びらが一斉に舞い散った。


まさに、小説の始まるシーンにぴったりの映像だった。


「すごい……完全に一目惚れね」

「小説が始まったな」


もう一人、カロリーナに出会うはずの王子シリル・ブランシャールはここでフェリシアにべったりしているのだが、これで良いのだろうか。

カロリーナは結局、テオドールに付きっきりで、シリルには一切関心を持たなかった。


「こうなったか。まあ、俺は第二王子だしね」

「ものすごい迫力のある美人だけど……気にならないの?」

「そんなに美人かな?魔法で魅了されたら困るから、近づきたくないね。まあ魅了をかけられたとしても、≪反射≫リフレクションするけど」

「そう……」


それからシリルは、はっきり、きっぱりと言った。


「俺には、君がいるから」


こうして、小説といくつかの乖離はあるものの――――小説の時間軸が、始まったのだった。

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