3-11 新婚旅行

「すごく良い天気ね!景色が気持ち良いわ!」


 アデルがはしゃいだ声を出して、ユリウスは小さく微笑みながらそれを見守っている。二人は念願の新婚旅行に出発したのだ。

 ふかふかのクッションが敷き詰められた馬車に寄り添って座りながら、アデルは窓の景色を眺めていた。ユリウスは楽しそうに彼女の髪の毛をすいている。

 

 使用人や護衛、それから荷物の乗った別の馬車は、後ろから付いてきている。使用人たちは皆、こぞって今回の旅行に付いてきたがったため、大層揉めたのだ。最終的にはアデルがくじを作り、公正に引いてもらったのである。


「今日はちょうど、アデルの誕生日だからね。良く晴れて良かった。十八歳の誕生日、おめでとう」

「こちらこそ、素敵な日にしてくれてありがとう!!」


 そう、旅行初日の今日は、アデルの十八歳の誕生日なのだ。二人が出会ってから、もう一年近くの時が経ったことになる。そう思えば感慨深いものがあった。


「十七歳になったばかりの去年の私に、今の状態を言っても……多分、信じないと思うわ。公爵夫人になって、しかも新婚旅行に出発しているなんて!」

「俺はこうなって、本当に良かったと思っているよ」


 ユリウスは甘い声でそう告げて、アデルの頬にキスを落とした。ぽっと赤くなったアデルの顎をくいと引いて、口付ける。


「ン…………」

「アデルとキスし放題なんて、最高だな」

「もう…………。私もよ」


 公爵家の馬車はスプリングが効いていて、乗り心地も最高だ。二人はぴったりとくっついて、快適に目的地を目指した。



 ♦︎♢♦︎


 

「ようこそいらっしゃいました、公爵様と奥様!歓迎致します」


 王都からほど近い公爵領に入り、途中の村に立ち寄って昼食を頂くことになった。村長から挨拶を受ける。領民たちは一目でも新しい奥様を見ようと、沢山集まってきていた。

 小さな女の子が代表して大きな花束を持ってきて、アデルに言った。


「ようこそいらっしゃいました」

「ありがとう。とっても綺麗なお花ね……!」

「おくさま……ようせいさんみたい。とってもきれいです」

「まあ。嬉しいわ」

 

 女の子の目は、とてもキラキラと輝いている。アデルは自分の容姿がどんな風に受け取られるか少し不安だったが、歓迎されているようでホッとした。


「だから大丈夫だって、言っただろう?」

「うん、ありがとう、ユリウス」


 ユリウスはすかさず、アデルの手を取ってちゅっと口付けた。領民たちがドッと歓声を上げ、盛り上がる。


「ユリウス!」

「仲の良さをアピールするのも大事だからね」


 ユリウスはその後も事あるごとに、アデルを溺愛していることをアピールして回った。公爵夫妻が相当なおしどり夫婦だという噂は、あっという間に領地中を駆け巡って行くことになるのだった。


 二人は時々休みながら旅路を続け、本日宿泊する海辺の別荘へと到着した。


「わあ!可愛い建物ね!」

「何代か前の公爵が、ハネムーンを過ごすために建てた別荘なんだ」


 海の目の前にある小高い丘に建てられた別荘は、こじんまりとしていて、とても可愛らしかった。真っ白な壁に、美しい青い屋根。庭には沢山の花々が咲き誇っている。さすが公爵家の持つ別荘、丁寧に手入れが為されていることがわかった。


 荷物を置いた二人は早速、海に繰り出した。青々とした海に、真っ白な砂浜が広がっている。とても美しいプライベートビーチだった。海水浴をするにはまだ少し季節が早いが、足だけ浸かる分には問題ない。アデルは靴を脱ぎ、スカートを捲り上げてその白い足を出した。そうして海に足をつけ、ピチャピチャと遊ぶ。


「わあ!冷たくてとっても気持ちが良いわ!!」

「うん…………」


 ユリウスはそんなアデルの姿に、ぼうっと見惚れていた。アデルはそれに気づき、気恥ずかしくなってしまう。だから思わず悪戯をした。


「えいっ」

「うわっ!」


 ユリウスに向かって、ピシャッと塩水を掛けたのだ。不意を突かれたユリウスの顔には、水が滴った。


「アデル!こらっ」

「きゃあーっ!」


 ユリウスも靴を脱ぎ、ざぶざぶと海に入って行って応戦する。二人は年甲斐もなくはしゃぎ、散々塩水を掛け合って、気づけばずぶ濡れになっていた。


「ははは!」

「もうっ!掛けすぎだわ!」


 二人で大口を開けて笑い合う。どうしようもなく楽しかった。

 そこでふとユリウスが動きを止め、アデルの頬をするりと撫でる。大人しく目を閉じれば、キスが降ってきた。


「ん………………ふ…………っ」


 そのまま、しっかりと舌を絡ませられる。水浸しで顔が冷えているのに、お互いの口の中はとても熱かった。少し塩辛いキスの味。二人は夢中になって抱き合い、お互いを貪り合った。


「んぅ…………っ」


 ユリウスはしばらくアデルの唇を堪能した後、顔を離した。そのルビーの瞳は煌めき、甘く蕩けている。


「アデル、水面の光が、髪にキラキラ反射して……とっても綺麗だ」

「ユリウスの目も、とってもキラキラしてるわ」


 二人はそうしてしばらくキスをした後、別荘に戻ったのであった。



 ♦︎♢♦︎



 夕食はアデルの誕生日ということで、大変なご馳走だった。海の幸がたっぷり使われた、贅沢なコースディナーだ。別荘のデッキで、夕焼けの海を眺めながら、ユリウスと一緒に舌鼓を打つ。どれも絶品だった。


「うわあ……夕日が反射して、とっても綺麗ね」

「気に入ってくれたなら、良かった」

「勿論、すごく気に入ったわ!……本当に、ありがとう」


 夕食の後にはサプライズで、バースデーケーキが出された。パティスリーアデルの従業員たちが、アデルに内緒で用意した物だと言う。イチゴのホールケーキに蝋燭が刺さっていて、中央には「ハッピーバースデー」と書かれたチョコレートのプレートまである。まるで、前世の誕生日祝いみたいだ。


「すごい……!こんなの用意していたなんて、全然知らなかったわ!」

「アデルの前世の世界では、こうやってお祝いするんだって聞いてね。皆が用意してくれたんだよ」

「ユリウス、本当にありがとう!帰ったら皆にもお礼を言わなくちゃ……!」

「君が皆に好かれている証拠だよ」


 ユリウスは優しくアデルの頭を撫でながら、静かに囁いた。

 

「改めて、十八歳の誕生日おめでとう。アデル」


 アデルはくしゃりと微笑んだ。それから蝋燭に火をつけて、全て吹き消す。アデルはこれだけでもう、感極まっていた。しかしなんと、ユリウスのサプライズは、それだけでは終わらなかったのだ。


「さあ奥様!メイクアップしますよ!」

「今日は思い切り可愛くしましょうね!!」

 

 夕食が終わると、あっという間に使用人たちに連れて行かれた。しかも使用人たちは、皆何故かドレスアップしているのだ。これから一体何が始まるのかわからず、アデルは目を白黒させてしまった。

 使用人の一人がある部屋のドアを開け、そこに見えたものに――――アデルは、言葉を失った。


「こ、これ…………」


 そこにあったのは、美しいウエディングドレスだった。オフショルダーのエンパイアラインで、胸元のビスチェには美しいビジューがびっしりと施されている。下は幾重にも重ねられたオーガンジーが、ふんわりとしたAラインを形作っていた。その下に広がるトレーンはとても長く、裾には美しい刺繍がたっぷり。更に、刺繍に沢山縫い付けられたスパンコールがキラキラと輝きを放っており、夢のような美しさだった。

 どう考えても、ユリウスとのかつての結婚式で着たものより、上等な品だ。アデルのためだけのオーダーメイドだろう。


「さあさあ、旦那様がお待ちですからね」


 使用人たちはニコニコ顔で、アデルを磨き上げ、ドレスを着せた。その素晴らしい腕前で、控えめだが大人っぽいメイクが施されていく。アデルのプラチナの髪は結い上げられ、大ぶりの白薔薇の生花が幾つか飾られた。その上から、丈の長いベールを被せられる。


「アデル様、行きましょう!」


 アデルは放心したまま、やはりドレスアップしたリナに手を引かれ、馬車に乗せられた。そこから少しだけ進んだ先の海辺には、真っ白で小さな教会の建物があった。まるで童話に出てくるような、可愛らしい教会だ。

 中には既に使用人たちが参列しており、白いタキシードを着たユリウスと、神父が中央で待っていた。小さな教会は沢山の蝋燭でライトアップされていて、とてもロマンチックだった。

 リナにエスコートされ、ユリウスに引き渡される。

 

「ユリウス…………これ…………」

「十八歳のお祝いに何ができるか考えたんだ。それで、もう一度結婚式をやり直そうと思って」

「ユリウス……!!」


 アデルの目はもう、すっかり涙ぐんでしまった。こんなサプライズ、全然予想できなかったのだ。


「使用人たちは、俺たちの事情をお見通しだったみたいだ。だから今日、彼らが皆……本当の誓いの、証人になってくれるよ」

「そっか。そっか…………。嬉しい………………!!」


 ユリウスはほっとした顔で微笑み、アデルの手を引いた。

 

「さあ、始めよう」


 二人揃って、中央にいる神父の前に並ぶ。そうして誓いの言葉が始まった。


「新郎、ユリウス・ローゼンシュタイン。あなたはここにいるアーデルハイト・ローゼンシュタインを妻とし、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しい時も、妻として愛し、敬い、慈しむことを、誓いますか?」

「はい、誓います」


 ユリウスが、凛とした声で答える。次はアデルの番だ。


「新婦、アーデルハイト・ローゼンシュタイン。あなたはここにいるユリウス・ローゼンシュタインを夫とし、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しい時も、夫として愛し、敬い、慈しむことを、誓いますか?」

「はい、誓います」


 アデルも、意志を込めたはっきりとした声で答えた。

 

 これで結婚は、本当に成立した。

 あの時、契約結婚のつもりで臨んだときとは――――全然、違う。今日したのは、正しく本物の誓いなのだ。

 

 次いでリナが、小さな白いクッションを進み出てきた。それはなんと、揃いのプラチナの結婚指輪だった。

 この世界には、指輪交換の習慣はない。これもユリウスが気を利かせて、用意してくれたに違いない。アデルはもう涙が抑えられず、ポロポロと雫を零してしまっていた。

 

「アデル。先に指輪を、嵌めてくれる?」

「ええ……」

 

 ユリウスのすらりとした薬指に、震える手でなんとか指輪を嵌める。次いでアデルがグローブを脱ぐと、ユリウスがすっとその手を取った。ぴったりのサイズの指輪が、自らの薬指に嵌まっていくのを、アデルはぼうっと見つめていた。


「では、誓いのキスを」


 神父に促されて、慌てて頭を下げる。ユリウスによりベールが上げられて、目と目がはっきりと合った。ユリウスの美しい目にも少しだけ涙が浮かび、彼ははっきりと微笑んでいた。


「愛しているよ。アデル」


 そう告げてから、ゆっくりとキスがされる。アデルは夢見心地で、そのキスを受け取った。使用人たちからワッと歓声が上がり、拍手が起こった。


「おめでとうございます!」

「旦那様!奥様!おめでとうございます!!」


 口々に祝福される。最前列にいるリナはもう泣き崩れて、隣にいるメイドに支えてもらっていた。アデルは泣き笑いながら、皆の歓声に答えた。



 本物の誓いをしたその夜、二人は約束通り、初夜のやり直しをした。


 その日はアデルにとって、一生忘れられない――――大切な誕生日となったのである。

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