3-3 約束

 事件以降大忙しでほとんど休みのなかったユリウスだが、事後処理が終わってやっときちんと休日を取れるようになった。今日は久しぶりに、ユリウスが一日家にいるのだ。アデルがうきうきしていると、朝食の後、ユリウスが思わぬ提案をしてきた。


「やっとまとまった休みが取れそうなんだ。だから新婚旅行に行こう。随分遅くなってしまったけど」

「新婚旅行!?」


 アデルは寝耳に水で、驚いた。新婚旅行なんて、行けるものとは思っていなかったからだ。そもそも契約結婚であったことだし。


「で、でも……大丈夫なの?私、身辺に気をつけるように言われているし……」

「クロード様の許可なら取っているよ。社交シーズンが休みの間なら大丈夫だろうとの判断だ。『君は働きすぎだから、少しは羽を伸ばしておいで』って伝言をもらった」

「嘘…………」

「といっても、行き先はうちの領地なんだけどね。社交シーズンが休みのうちに一度行っておいた方が良いし、君のことも領民に紹介したい。実益を兼ねすぎていて、旅行というには退屈かもしれないけど」

「そんなことないわ!行きたい!」


 アデルは食いついた。公爵領のことを実際に見たことがないのは、公爵夫人としてどうなんだろうと気にかかっていたのだ。それに旅行中、ユリウスとずっと一緒に居られるなんて、夢のようだ。好きな人となら、どこへ行くのだってきっと楽しい。


「ありがとう。君のそういうところに、俺は何度も救われるな」


 ユリウスは、とびきり甘やかな微笑みを私に向けてきた。あまりの眩しさに、私は途端に、恥ずかしくなってもじもじする。


「言い過ぎよ……」

「そんなことない」


 ソファで横に座っていたユリウスは、私の体をその腕に閉じ込めてきた。空気を読んだ使用人たちが退散していく。頬が熱くなってきて手を当てていると、その上からユリウスがちゅっと口づけを落とした。


「うちの領地は海もあるし、新鮮な果物が採れる農地もある。観光旅行としても楽しめるものにするよ。ちゃんとアレックスにもアドバイスをもらっているから安心して」

「それは、頼りになるアドバイザーね」

「俺はあいつのそういうところは信頼してるからね」

「ふふ…………んっ」


 アデルが小声でぼそぼそ言うと、ユリウスは楽しそうに口を塞いできた。顔を離して見つめ合って、もう一度。食むように唇が動いて、ゆっくり離れていく。この瞬間が何度だって一番ドキドキするし、何度だって慣れないものだ。


「ん…………ゆり、うすっ………………朝よ…………?」

「うん、でも、久しぶりに君といられるから…………」


 繰り返されるキスに、アデルの意識はとろけていく。ふわふわとしたアデルは、ずっと聞いてみたかったことをぽろりと尋ねた。


「ねえ…………あの。キス、の、次のことは…………しないの?」


 ユリウスは、わかりやすくピシリと固まった。その様子に、アデルは一気に不安になる。――――やっぱり自分のこの容姿が原因で、そういうことができないんだろうか。ずっと、ずっと聞きたくて、聞けなかったことだ。


「………………実は、」

「うん…………?」

「この旅行で改めて、初夜をやり直したいと…………思っていて」


 どれだけ辛いことを言われるのだろうと身構えていたアデルは、意外な言葉に目を丸くした。


「………………えっ?」

「俺たちは、始まりがあんなだったから。だから初めての経験は……君にとって少しでも、素敵な思い出になるようにしたくて…………いや、あの。勿論、君が嫌じゃなければだよ?アデル。」

「い、嫌なわけないっ」


 アデルは慌てて否定した。ユリウスがそんな風に考えてくれていたなんて、思いもよらなかったからだ。


「あ、あのね……安心した。本当は、悩んでたの。私がこんな、子ども体型だから、ダメなのかと思って……」


 今度はユリウスが、目を丸くする番だった。彼もまた、そんなことは全く思いもよらなかったようだ。

 

「は……?とんでもない。アデルはきちんとした、大人の女性の身体をしてる。俺はいつだって……君の全部が欲しいと思いながら、キスしていた」

「ほ、本当……?」

「本当だ。君の柔らかさとか、香りを感じるたびに、俺は………………ああ、格好つかないな………………」


 ユリウスはアデルの顔を埋めた。寄せられた頬が熱い。アデルは勇気を出して、気持ちを伝えることにした。


「嬉しい。あのね…………じゃあ、旅行、もっと楽しみにしてるね」

「うん、そうして?」

「じゃあ、地図を見ながら計画を練るのはどう?」

「いいね。賛成だ」


 それから二人は領地の地図を持ってきて、ここに行きたいとかあそこに行きたいとか意見を出し合い、夢を広げた。

 この旅行は、きっと大切な想い出になるだろう……そんな予感がするのである。

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