第三章
3-1 第一王子クロード
アデルが秘密の告白をしてから、一週間が経った頃。アデルとユリウスは共に、第一王子クロードの執務室に招かれていた。主に、三人でシナリオについての詳細を話すためだ。
アデルはクロードと深い話をするのが初めてなので緊張していたが、開口一番にクロードは気軽な調子で話しかけてきた。
「僕が一番心を許しているユリウスの奥方なのだから、楽にして良いよ。クロードと呼んでくれ。僕は、アデルと呼んでも?」
クロードはいつもの完璧な王子様スマイルではなく、友人の妻に興味津々と言った感じだった。アデルは、クロードのことを疑って掛かりすぎているのかもしれないと反省した。
事前に知っている性格の情報だけで人柄を決めつけていては、良くないだろう。目の前にいるのはキャラクターじゃない、生きている人間なのだから。
「私のことは、是非アデルと。それでは、お言葉に甘えさせていただきます」
「そうそう。じゃないと、腹を割って話せないからね。それより……ねえ、聞いてよアデル。こいつこの間、『アデルを害するなら、俺はあなたから離れます』なんて言ったんだよ?」
クロードがユリウスをひょいと指差して言ったので、アデルは仰天した。
「はあっ!?ゆ、ユリウス。殿下に向かって何てことを…………!!」
「でも、俺の本心だから」
ユリウスには、全く反省した様子が見受けられない。どこ吹く風である。
「そう言うわけだからさ。多少のことは不敬に問うたりしないから、安心して」
「はあ…………夫がとんだご無礼を……!!」
「いやいや。しかし、聞いたよ?君たち、ついこの前まで契約の夫婦だったんだって?ユリウスは堅物だから、相当苦労したんだろう、アデル」
クロードは苦笑して見せる。どうやらすっかりバレているらしい。彼の表情は、ただ友人を心配する、一人の男のそれだった。
「うう、お恥ずかしいです。……でも、そんなユリウスだからこそ、私は好きなんですよ」
はっきりと答えると、クロードは安心したような微笑みになった。ユリウスは照れくさそうだ。
「アデル。友人としてユリウスのことを頼むよ。こんな奴だけど、本当に誠実だから」
「はい」
アデルも笑顔になる。ユリウスは友人の数こそ少ないかもしれないが、随分恵まれているなと感じた。
給仕によってパティスリーアデルのケーキがサーブされ、人払いが済まされる。「最近はもう、君のところのケーキしか食べられなくなったよ」とはクロードの言だ。いつの間にか王室御用達になっていたらしい。
人の気配がないことを確認し、ユリウスが遮音の魔道具を起動する。ここからが本題だ。
「ではクロード様。まずは『シナリオ』の内容をこの冊子にまとめて参りました。テキスト量が膨大な物語ですから、全てを網羅できているとは思えないのですが……」
「とても助かるよ。話が早いね」
クロードは素早く冊子に目を通していながら、わからない部分などを細かく確認していった。特に警戒すべきイベントについては、三人で対応策などを話し合っていく。クロードはとても慎重で丁寧だったので、それだけの作業でも随分時間が掛かった。
「うん、大体わかったよ。今一番警戒すべきなのは、第二王子派が籠絡されることかな。特に、ニコラ自身がね……。それに、この聖女の力は強力で厄介だ。ただし、僕はこの『ヒロイン』と恋をする気はない」
「はい」
「シナリオに対抗するにはやはり君が鍵だ、アデル。君が、あらゆる変化の起点になっている。今後もよろしく頼むよ。僕は……この国を、荒れさせたくないだけなんだ」
「はい、それも良くわかりました」
アデルがクロードと話していて感じたのは、彼が心から国の行く末を案じているということだ。だからこそ物語ではヒール的に立ち回って、状況を操って見せることもあったのだろう。頭が良すぎる人が重要な立場にいる、というのも大変なことである。
「改めて。アデル。僕と、友人になってくれないかな。ユリウスを通して、じゃない。僕は君と、人と人との付き合いがしたいと思っている」
「ええ、喜んで」
「君は抜群に聡明だ。だから、この国を守るためにその力を借りたいと思う。宜しく頼むよ」
そう言ってクロードが少し頭を下げたので、アデルは慌ててしまった。
「クロード様!いけません。どうか頭を上げてください……」
「いや、既に君にはかなり助けられている部分がある。その分だよ」
クロードが柔らかく笑った。それから、少し言い出しにくそうに切り出す。
「それに……君には、もう一つ。内密に頼みたいことがあって……」
「?何ですか?」
「僕が、隣国ファレールから妻を迎える話は聞き及んでいると思う。…………その人の、友人に、なって欲しいんだ」
おや、とアデルは思った。クロードは何だか、随分と恥ずかしそうだ。女性に対しては、案外奥手な面があるのかもしれない。
「私で良ければ、喜んで。他国から嫁いでくるのですから、きっと不安なことも多いでしょう」
「そうなんだよ。僕は彼女とも、単なる政略結婚の相手ではなく……できれば人と人として、尊敬しあえる関係になりたいと思っている。けれど、僕だけでは力不足なことも多いだろう。何せ、女性と深い付き合いをしたことがないからね……」
「そこは、仕方がないと思います。クロード様がそういうお気持ちでいることを、率直に伝えれば宜しいかと思います」
「…………うん。ちょっと、緊張しているんだけれどね。実は来月から、この国に慣れてもらうためにしばらく滞在してもらうことになっているんだ」
「来月!随分急ですね……」
「事態は緊急を要しているからね。第二王子派閥への、牽制の意味合いもある。彼女には一ヶ月半程度滞在してもらって、婚約の儀もそのうちに済ませる予定なんだ」
ずっと静かに私たちの話を聞いていたユリウスだが、ここで一言、言葉を挟んだ。
「アデルは勘違いしているかもしれないが、クロード様は本当に女性慣れしていないんだ。いつも表面上の付き合いしかして来なかったから」
「まあ、その通りだけどさ。はっきり言うね。ユリウス…………」
「俺がもう一人いるものと思って、アデルにはサポートしてもらった方が良いと思う」
「成程…………」
何だか妙に納得してしまった。クロードとユリウスの仲が良いのは、こういう共通点があるからなのかもしれない。
「王女のご滞在中、なるべく王宮に通うようにしますね。クロード様の相談にも乗ります」
「そうしてもらえると助かるよ。君はただでさえ忙しいのに、申し訳ないんだけど……その分僕も、君のケーキ店に対して必要なサポートを、全力でさせてもらうから。例えば、信頼できる従業員の派遣とかね」
「それは、大変助かります……!」
アデルは目を輝かせた。洋菓子店から自分が抜ける、その時間の分の負担をどうするか、悩んでいたからだ。
「僕の派閥は事件でピリついているし、第二王子派閥は僕の婚約内定で焦っている。今は社交シーズンが終わって、派閥争いが表面化していないとはいえ……何をしてくるかわからない。アデルも、身辺には十分に気を配ってくれ。君は重要人物だから」
「はい」
「まあ、遠出するときはユリウスを伴えば、ほとんど安心だ。必要以上にビクビクして暮らす必要はないからね」
「ふふ、そうですね。ユリウスは強いですから」
「君に付いている凄腕のメイドも、本来なら是非スカウトしたいところだけど……それは止めておくよ。君専属で付いていてもらえると思えば心強い」
「リナですね」
リナは、あの襲撃事件の活躍で一躍有名になった。騎士団から強引なスカウトが来そうになったのだが、クロードが止めてくれたのである。
「リナは、スカウトされても行かないと思います。彼女はお菓子の奴隷ですから」
私がクスリと笑いながら言うと、クロードは二個目のケーキの最後の一口を味わいながら、しみじみ言った。
「気持ちはわかるよ…………君のケーキは、ちょっと美味しすぎるから」
相手が誰であれ、美味しそうに食べてもらえるのは嬉しいものだ。クロードもお世辞ではなく気に入ってくれているのが分かって、アデルは心から微笑んだ。
このようにして、アデルはクロードの『友人』の枠に収まることになったのである。
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