第二部 アーシャとウィルバート編

第1話 独り身……?

 アーシャ・メレディスは黒の真っ直ぐな髪に、ぱっちりとしたすみれ色の瞳を持つ、可憐な美少女である。しかし可愛い見た目に反して、物事をずばずば言う性格が災いして、今まで近寄ってくる男性はあまりいなかった。


 しかしアーシャは最近、とある悩みを抱えていた。


 彼女は今日も、シャロンの横で考え事をしながらぼうっと過ごしていた。するととてもウキウキした様子で、リオンの補佐であるカイルがやってきた。横に女の子を連れている。


「やあ!とうとう僕にも、婚約者ができたんだよ!皆に続いて、独り身を脱却だ!彼女だよ。紹介するね」


 最近は、独り身が辛いと言ってメガネを曇らせていることが多かったカイルだが、やっと彼にも春が来たようだ。なんだか頭の周りに花でも飛んでいるかのように、ルンルンとしている。


「ライザ・ノートンというんだ。ノートン侯爵家の次女なんだよ」

「ライザと申します。よろしくお願いします」


 カイルの婚約者になったというライザは、侯爵令嬢なので、アーシャも顔だけは知っていた。今も柔らかく微笑んでおり、良い雰囲気の子だ。彼女は茶髪に緑の目をした、大人しそうな印象の少女だった。


「シャロン・クリストルです。良ければ、仲良くしてくださいね」

「アーシャ・メレディスと申します。よろしくお願いします」


 それぞれ簡単に挨拶をする。


「できれば僕たちも、リオンとシャロンみたいな、仲の良いカップルになりたいよ!」

「そう言ってもらえると嬉しいわ。ちょっと照れるけど……」


 そんなことを少し話した後、カイルとライザは去って行った。遅れてやって来たリオンとウィルバートは、少し呆れた様子で言った。


「ずっとあの調子なんだよ。婚約者を見せびらかしたくて、仕方ないんだ」

「ちょっと浮かれすぎで、心配ですよね……」

「あの二人は、恋愛して結ばれたの?」

「いや?親が持って来た縁談らしい。面識はなかったらしいけど、カイルが食いついたそうだ。よほど独り身が寂しかったんだな」


 アーシャの質問に、リオンが答えた。どうやらカイルとライザの二人は、知り合ってまだ間もないようだ。アーシャはぽつりとこぼした。


「独り身、独り身って皆言うけど。私も一応、まだ独り身なんですけど……」


 それに即座に反応したのは、護衛騎士のウィルバートだ。


「アーシャを独り身にしておけないと思ってる男が、ここにいるんですけどね」

「…………」


 ウィルバートは白銀髪を顎まで伸ばし、金色の目をした、中性的な美形である。彼は綺麗なテノールで意味深なことを言って来たが、アーシャは何も答えなかった。

 アーシャの悩みの種は、まさにこのウィルバートのことなのだ。最近彼は、アーシャにあからさまな好意をちらつかせるようになった。しかしアーシャは、それにどう答えるのが正解なのか、心がまだ決まらないのである。

 ウィルバートは、さっと小さな花束をアーシャに差し出した。最近はこれが、毎日の日課だ。


「アーシャに花を持って来ました。今日はラベンダー。香りが良いから、部屋に飾ってくれると嬉しいな」

「ありがとう。良い香りね」


 ラベンダーの花言葉を、本当は知っている。「私に答えてください」だ。どんなに求愛しても答えしようとしないアーシャに対する、メッセージなのだろう。本当ははっきりとそう分かったが、アーシャは何も言わなかった。


 ――――だって相手は、二面性が売りの腹黒キャラなのよ。いつ手のひらを返されるか、分からないじゃない…………。


 アーシャの本心はこうだった。アーシャは前世で『花束の恋を君に』という、この世界の原作ゲームをプレイしているのだ。だからこそ、裏の情報を詳しく知ってしまっている。そのため怖気付いて、ウィルバートの差し出す愛に応じる決心がつかないのである。

 

 本当は、彼のことを憎からず思っているのに……用心深すぎるアーシャは、新たな一歩を踏み出せないでいるのだった。

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