第12話 その頃裏では

「リオン様!リオン様……!!」


 リオンたちが結界に閉じ込められた時――――ウィルバートは結界を破壊しようと、全力全開の攻撃を展開していた。結界の外側からは中の様子が綺麗に見えていたが、何をどうやっても入り込めなかったのだ。

 だからウィルバートとアーシャは、自分にはどうすることもできずに、一部始終を目撃していた。他国の手の者と思われる敵に、リオンとシャロンが襲われる様子も。リオンのために命を投げ出す行動を取った、シャロンのことも。それを追って、崖から飛び降りたリオンのことも。全部、全部見えていた。


 ウィルバートは今まで自分の築き上げてきたものが、全部ボロボロに破壊されていくような……そんな心地だった。リオンが崖に飛び降りた時には、もう、生きた心地がしなかった。


 あんなことがあったので、魔術対抗戦はもちろん中止となった。過去に例を見ないことではあるが、この国の王太子が行方不明になったのだ。国としての面目は丸潰れだが、仕方がないことである。

 設営されたテントの中で、リオンの補佐であるカイルが、気落ちするアーシャに声を掛けていた。


「騎士団が、川沿いをしらみ潰しに捜索している。きっと、二人とも見つかるよ」

「でももう、暗くなってきたわ。夜の山は、魔獣も出てとても危険だもの……大方の部隊は、もうすぐ撤退するんでしょう?本格的な捜索は、明日の早朝からになるんじゃないの?」

「……アーシャ嬢は鋭いね。その通りだよ」

「私、向こうの……私よりも落ち込んでいる人に、声を掛けてくる」

「あっ、ちょっと……!」


 アーシャはテントの出口のところで蹲っているウィルバートに駆け寄り、隣にポンと座った。彼はずっとこんな姿勢のまま、ぽつんと外にいるのだ。相当冷え切っているだろう。彼の手の上に、自分のものをそっと重ねた。

 ウィルバートは驚いたようだ。金色の瞳を少し見開いて、ゆっくりとアーシャを見た。


「心配だよね」

「……はい」

「悔しかったよね」

「…………はい」


 ウィルバートは呻くように返事をした後、ぽつぽつと語り出した。


「捜索隊に加えて欲しいと言ったのですが……お前は今、冷静じゃないから来るなと言われてしまいました……」

「冷静になるのは、無理だよ。だって、目の前だったもの。私も、冷静じゃないわ」

「はい…………」

「ウィルバート様は、リオン殿下のこと……すごく、すごく大切なんだよね?」


 ウィルバートは迫り来る感情を堪えるように、眉根をぎゅっと寄せてから、コクコクと頷いた。


「……僕が、六歳の時。遊んでいた川で、溺れそうになって。死にかけました」

「……うん」

「その時、身を挺して助けてくれたのが、リオンでした。リオンは、王太子なのに。大事な、御身なのに……お前が無事で良かった、って……からから笑ってた」

「……うん」

「僕はその時、このどうしようもなく善良な王太子を、命懸けで守っていこうって……決めたんです。決めたのに……。なのに…………今日、何もできなかった…………」


 ウィルは土の地面に、拳をガンと打ちつけた。よく見れば、握りすぎた拳には爪が食い込み、血が滲んでいる。

 アーシャはほっそりした手でその拳を取り、開かせて、簡単な治癒の魔術をかけながら言った。


「私も少しだけ、似てるの」

「貴女も?」

「小さい頃。私は人見知りのくせに口が悪くて、女の子たちからどんどん孤立して嫌われていった。酷く虐められることもあった」

「…………そうなんですね」

「でも、そんな私に最後の最後まで寄り添ってくれたのが、シャロンなの。お人好しのシャロンは、いつも優しく笑って、決して私のことを見捨てなかった……虐めっ子からも、身を挺して守ってくれた」

「…………」

「だから、私は決めたの。この親友を、私が守っていくんだって。決めたのに……。なのに…………今日、本当に何もできなかった…………」


 アーシャの両目からは、ぼろぼろと涙が溢れ出した。ウィルバートは治癒してもらった手で、その涙を拭った。熱い、熱い涙だった。


「きっと…………無事よ」

「……はい、きっと」

「見つかったら、怒らなきゃいけないわ。二人とも、なんて無茶するのって」

「そうですね。僕も怒ります」

「そうよ。きっちり叱らなきゃ。だから、きっと、きっと大丈夫よ……!!」


 アーシャの目からはとめどなく涙が溢れている。ウィルバートは、この不器用な女性が、自分の分も泣いてくれているのだと分かった。だから、彼女の涙を見て救われたし、その涙を拭うのは自分が良いと思ったのだった。



 ♦︎♢♦︎



「無事を知らせる伝書が来た!?」

「ああ、王宮宛に。リオン、シャロンともに無事。現在地は不明。近くの山小屋で夜を明かす、って書いてあったそうだ」


 リオンたちの無事を知らせる伝書の魔術が到達したのは、随分後になってからだった。泣き腫らして目が真っ赤になったアーシャはふらついてしまったので、ウィルバートがしっかり支える。彼女に声をかけた。


「二人とも無事でした。良かった」

「ゔん……!!」

「良かった、これで、助けられる……!」


 しかし、カイルが困ったように言った。

 

「でも、居場所が不明だから……やはり明日の早朝から、川沿いをしらみ潰しに探すしかないな。山小屋というヒントがあるだけ、まだマシか」


 これに反応したのは、アーシャだった。


「私、できるわ!伝書の魔術の、逆追跡!」

「え!?そんなことが……?聞いたことがない」

「オリジナルの魔術なの。火属性の感知増幅を使ってて……魔術陣はこれ」


 アーシャがさあっと描いたすみれ色の魔術陣は、斬新で新しく、複雑怪奇なものだった。しかし、対抗戦をアーシャと一緒に戦ったウィルバートは、彼女の実力を知っていた。


「彼女の魔術の腕は確かだ。例の伝書を、早くアーシャの元へ!」

「わ、分かった!」

「ちょ、ちょっと待って。探知には数時間かかるけど……それでも役に立つ?」

「ああ、十分です!すごいよ、アーシャ!!」


 ウィルバートはとても珍しい、満面の笑みをアーシャに向けた。無邪気なそれが、何だか眩しくて、アーシャも思わずくしゃりと笑ってしまったのだった。

 


 ♦︎♢♦︎



「出た!リオン殿下が伝書を飛ばした地点は、地図のここ。近くに山小屋があるわ!」


 数時間後、アーシャの解析結果が出て、騎士たちと地図を囲んだ。二人は相当下流まで流されたようだ。もしもしらみ潰しに探していたら、発見がかなり遅くなっていただろう。


「アーシャ、お手柄ですよ!」

「ふふ、役に立てて良かった」

「……僕は明け方を待たずに、出発します。さっき、有志の騎士を集めたんです。危険が伴うかもしれませんが、リオン殿下が心配だ。君も、そうでしょう?アーシャ」

「うん。シャロンのことが心配。どうか、私も連れて行って」

「そう言うと思った。一緒に行きましょう」

「ありがとう、ウィル!!」


 アーシャがぎゅっと抱きついて、ウィルバートはどきまぎした。温かい、柔らかい、何か、とてつもなく良い匂いがする。何だこれ――――と、年頃の男子はややパニック状態である。アーシャは人見知りだが、一度懐いてしまえば大変距離が近いのだ。

 

 ともかく、ウィルバートとアーシャ、それに有志の騎士たちは馬で駆けて、リオンとシャロンのところへ急ぐことになった。到着するのは、明け方ごろとなる予定である。


 ――――それまであの厄介な敵が、再びリオン様を襲ったりしていなければ良いのだが……。


 ウィルバートの懸念はそこにあった。彼ははやる気持ちを抑えながら、アーシャを後ろから抱き込むようにして、馬に乗ったのだった。

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