無尽のフィデリタス ~王国最強の忠臣だったけど無能な二世に追放されたので隠居しようと思いましたが、この国に対する忠誠は変わらないようです~

寿甘

辺境の中年剣士

「パルミーノ・アル・カドーレ、お前を将軍職より廃し、このベリアーレ王国より追放する!」


「陛下……どうかお考え直しを。パルミーノ将軍は長年この国に尽くしてこられた忠臣の中の忠臣。この国にとって無くてはならない存在です」


 国務大臣のセルゲイ・イワンコフが国王に意見するが、当のパルミーノがそれを手で制し、首を振る。


「謹んでその処罰をお受けいたします」


 疎まれているのは知っていた。先代の王に受けた恩を返すため、身を粉にして働いてきたことで、王から誰よりも厚遇されてきた。そう、その息子である王子よりも。自分よりも大事にされる忠臣に対する王子の嫉妬は、いつしか憎悪へと変わっていった。本来であれば自分が受けるはずだった父王の寵愛や民の称賛をパルミーノが奪っていったのだと。


 パルミーノは王子に対しても最大限の敬意を示し、彼から投げかけられる罵詈雑言も全て受け入れ、恥をかかせようとして頻繁に申し付けられた無理難題も全てこなしてきたが、ついには王子の信頼を獲得することができなかった。


 そして闘病中であった先代の王が息を引き取り、二代目国王として王子が戴冠し、セリア二世と名を改めた翌日に彼は国王の権限においてパルミーノの解職と追放を宣言したのだった。


「……レガリスの微笑みを貴方に」


 口を閉ざし、王城を離れるパルミーノの背中に兵士達の声がかかる。パルミーノは内心でその言葉に苛立ちを覚えていた。


――善き行いをした者には善き報いが与えられる。


 それがレガリスの教え。パルミーノも幼い頃から幾度となく聞かされてきた。


 だが現実はどうだ。


 貧民の子として生まれ、野垂れ死に寸前のところを建国の王セリア・ストームガルトに拾われた。その恩を返すため、死に物狂いで勉強し、昼夜を問わず剣を振り、王国に害を及ぼすモンスターを片っ端から仕留めていった。少しでも困っている者がいれば、国王の名の下に手を差し伸べた。妻も娶らず、部下を育てることに全力を注いだ。誇張ではなく人生の全てをベリアーレ王国のために捧げてきた。


 その結果がこれだ。


 いったいどこに女神レガリスの微笑みが見えるのか。嘲笑う悪魔の顔ならいくらでも。


「……陛下。最期の命だけは、果たせそうにありません」


『どうか、これからもその剣でこの国を守ってくれ』


 病の床で先王が最期に発した言葉が脳裏に浮かぶ。その守るべき国から追放されてしまった。与えられた名剣は没収され、いま腰に差しているのは一般兵士用の量産品だ。


 王国から離れた場所へとパルミーノを運ぶ馬車に揺られながら、今後の生活に思いを馳せる。生まれた時からこの国で生きてきた。他の国の文化に馴染めるだろうか。そもそも『パルミーノ』はベリアーレ王国最強の剣士として世に名を轟かせ、周辺各国からは多くの恨みも買っている。のんきに他国で第二の人生を開始するというわけにもいかない。


「……新しい名前がいるな」


 名を捨て、別人として生きるしかない。幸い、パルミーノの容貌はそれほど特徴的でもないから、直接の知り合いでもなければ正体に気付くこともないだろう。


「お降りください」


 御者をしていた兵士がパルミーノを馬車から降ろした。おかしい。王国の外へ出るにはまだ数刻はかかるはずだった。辺りを見回すと、国境近くだが王国内にある村の前だった。収穫の時期を迎えようとする黄金色の麦穂が視界に広がっている。


「どうした? まだ国の外には出ていないが」


 疑問を述べるパルミーノに、兵士が跪いた。


「ここは私の故郷です。王都から遠く離れたこの地にまでは陛下の目も届きますまい」


 要するに、この村で正体を隠して暮らせということだ。ありがたい申し出だった。国外に出ればどう生活していいかもわからない過酷な人生がまっているだろう。この兵士にとっても、最強の剣士が故郷を守ってくれることになるのは心強いことだ。


「陛下の命に背くとは、将軍のままであったなら処罰しているところだが、今の私はただの浮浪者だ。この恩を深く胸に刻むとしよう」


「どこから情報が漏れるかもわかりませんので、村の者には貴方の正体を明かしません。この手紙を持ってあちらの大きな家を訪ねてください。職を失って途方に暮れていた使用人にこの村を紹介したことになっています」


 いくらか口裏を合わせて、パルミーノを見送った後に兵士は馬車を国境へ向けて走らせた。国外に追放したことにするのだ、帰るのが早ければ怪しまれる。


 馬車の姿が見えなくなるまで見送った後、パルミーノは示された家へと向かった。


「ごめんください、この村を紹介されてきた者ですが」


 戸を叩き、声を掛けると中から人が出てきた。おそらく村長かなにかだろう、白髪まみれのしわくちゃな顔に警戒の色を見せながらパルミーノに相対した。これには心の内で喜んだ。この顔を見ても国の英雄だと分からないということなのだから。


 差し出された手紙を開き、少し読むとすぐに老人は喜色満面に変わった。


「おお、コロゾフの紹介か。よく来られた。この村には若い者が少なくてな、歓迎するぞ。儂は村長のベンタスじゃ、困ったことがあれば何でもいいなされ」


 パルミーノは自分のことを若いとは思っていない。もう四十にもなるのだ。それでもこの村では若手になるのだろう。であれば、この村のためにやれることはいくらでもあるに違いないと、先行き明るく感じた。


「よろしくお願いします。私はクオ・ヴァディス。力仕事ならいくらかはできると思います」


 この日、この時より英雄パルミーノは自身の名を捨て、辺境の村に生きる中年の剣士クオ・ヴァディスとなったのだった。

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