呼吸と髪を整えて

@mioma-11

第1話


『んーなんかぁ、優しいんだけどぉ、物足りないって言うかぁ、はっきり言ってい?もさい』


今度こそ、と意気込んでお付き合いした人にフラれて30分

俺はトボトボと表参道を歩いていた

彼女とはマッチングアプリを通して知り合って、数回デートもした

なるべく嫌われないようにしていたつもりだったけど、やっぱりダメだったみたいだ

原因は何か分かっている

この見た目だ。

もさい?知ってる。でもどうしても髪型を変える勇気が出てこない

目を隠すくらいの前髪、輪郭が分からないくらいに被さっている横髪

首が隠れるほどの襟足

髪の毛は俺の装備だから


これがないと俺は人と喋れない







「おにぃさーん…」

「え、え?!俺?!」

「あ、はい。あなたっす」


トン、と軽く後ろから肩を叩かれた


「な、な、何?!」

「俺、そこの店で美容師やってるんですけど、あ、美容師って言ってもまだ駆け出しの見習いで、今はまだシャンプーしかしてないんすけど」

「は、はぁ…」

「よかったらお兄さんの髪切らせてもらえないかなぁって…あ!お代は頂かないんで!」


驚くほどの長身と有り得ないくらいに整った顔面

美容師よりモデルやってるほうが稼げそう

そんなイケメンが俺を見て小首を傾げている

女性にその仕草をすればイッパツで落ちるだろう


「あーカットモデルってやつ?」

「そうっす!長さは変えないんで、ちょっとすきバサミの練習をさせてください!」


パチン!と顔の前で両手を合わせるイケメンに思案する

確かに最近ちょっとシャンプー面倒くさくなってきたし、ドライヤーの時間も長くなってきた

ちょっと梳いてもらえば楽になる、か?


「ほんとに長さ変えない?」

「変えません!お客さんの要望なしに変えちゃったら洋樹くんにシバかれるんで!」


誰だよヒロキくん。まぁお店の先輩とかなんだろうけど


「んーいいよ。丁度鬱陶しくなってきたところだし」

「あざっす!お兄さんいい髪質してるからちょっと毛量減らすだけで見違えるようになりますよ!」


ニカッと笑った犬っころのような美容師さんが眩しくて目を細める

陽キャだ……いや、美容師目指すくらいだから陽キャだろ


「そしたら店までご案内します」


ルンルンと音が付きそうなくらい朗らかなイケメンの後ろをゆっくりと追う


「あ、一応なんかあった時のために連絡先控えさせてもらうんですけど、大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。ところでお兄さんのお名前は?」

「俺ですか?俺は牧田玲二です」

「マキタ、さん」

「はい。牧場の牧に田んぼの田で牧田です」

「わかりやす。俺はね、鮎川」

「アユカワさん」

「そ。梳くだけで美容室行くの嫌だったから声かけてもらって良かったかも」


スタスタと歩いていく牧田さんとリーチに差があり過ぎて小走りでついて行く

コイツ、彼女置き去りにしてフラれるタイプだろ


「はい、ここです。洋樹くーん!」

「お、モデルさん見つかった?」

「はい!すきバサミの練習させてくれるって」

「良かったじゃん。初めまして、ここの店長やってます飯丘洋樹です」

「こんばんは、鮎川です」

「アユカワさんですね。こちらに連絡先とフルネームでご記入をお願いします」


ヒロキくんは店長さんだったか

こっちはこっちで系統の違うイケメンだな

マッチョ系だ。

美容師っていうよりジムトレーナーとかのほうが似合いそうな


「鮎川了さんでお間違いないですか?」

「はい」

「ありがとうございます。今回はカットモデルなのでお代金は頂戴しません。コイツは見習いですんで、最後は俺が仕上げをおこないます。ガタガタの髪で店からは出しませんので」

「ふふ、お願いします」


煌びやかな都会にお店を構えてるにしてはちゃんとしてる

チャラくなくて、誠実だ


「鮎川さんこっちでお願いします!俺見られると緊張するんで」

「え、お客さんに見られるよね?」

「そうなんですよね…だから今のところシャンプーが1番楽な仕事です」


軽く会話をしながらイスへ案内される

店の1番奥まったところへ座って、店長さんは少し離れたところでコチラを見ていた


「じゃあよろしくお願いします」

「…はい!」


鏡越しでも眩しい笑顔にふたたび目を細めた









「…………んー……んー……」

「………」


数分後、順調に襟足横髪を梳き終わって、前髪にきた段階でハサミがピタリと止まった


「唸ってる」

「だって前髪は梳いちゃうと場合によっちゃ寝癖が直りづらくって…かと言ってこのままだとバランスが…」


確かに。前髪だけやたらめったらもっさりしてるのはバランスが悪い

俺は気にしないけど、牧田さんは気になるだろう


「いいよ、切っても」

「え、でも…」

「目の真ん中くらいまでなら大丈夫」

「………店長…」

「いいって言ってもらってるし、少しずつ切らしてもらったら」

「なるべく、なるべく切らないんで!」


すきバサミから通常のハサミに持ち替えて、そっと前髪を掬われる


「わ…鮎川さん綺麗な目」


へにゃりとイケメンが笑う

……ガードなしで見るイケメンの破壊力って凄まじいな


「俺を口説いてないでカットしてください」

「別に口説いてませんけど?」


素か…タチ悪いな


「切りますねー」


シャキン、シャキンとゆっくりハサミが前髪を切り落とす


「……ここまでにしときます。どうですか店長」

「うん、そのくらいまでならいいんじゃない。鮎川さんどうですか?」


思ったより切られなかった前髪に驚きつつも鏡で確認すると、バランスが取れているような気がした


「問題ないです」

「ありがとうございます!そしたらシャンプーしますんで!」

「え、いやいや!流石にそれは」

「シャンプーして乾かしてから仕上げするんで気にしないでください」


店長さんにもそう言われて、シャンプー台に寝転んだ


「熱かったりしたら声掛けてください。流しますね」


ゆっくりと丁寧な手つきにウトウトと眠気が襲ってくる


今日はデートのために早起きしたから……マズイ……


ダメだ、ダメだと思いつつも、コトンと意識が落ちた






これが後に大騒動に発展する、俺と玲二との初めましてだった

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