第2話 許せない

「もぉ~! 私はただ錬金術を極めたいだけなのに!!」


 中央塔二階の廊下を級友と歩きながらクレアは愚痴を零す。


「錬金術を極めたいならそのロアンって人の提案に乗ればいいじゃない。試験を全部任せられるなら、アンタは自分の研究に集中できるでしょ」


 級友のエマは冷たく切り返す。

 エマは青い髪のクールな女子だ。クレアの錬金術仲間である。


「ペアのランクが上がらないと行動範囲を制限されるし、使える施設も限られる。全任せするわけにはいかないでしょ! それに錬金術を使うフリをするとか、結構難易度高いし!」


「それもそうね」


「ほんっと男ってワガママな奴ばっか!」


「だったら私みたいに女子の騎士と組めば良かったでしょ。ま、女子同士は女子同士で面倒なこともあるけどさ」


「……はぁ、エマが騎士だったら良かったのに。――ん?」


 廊下の窓からクレアは外を見る。

 窓から見える中庭に……ロアンが居た。ロアンは金髪のロングヘアーの女子と何やら話している様子だ。

 クレアと違い胸が大きく、色気のある女子だ。クレアは彼女の胸を見て、ムーッと唇を尖らせる。


「あれ、エヴァリーじゃん」


「あの子がエヴァリーなんだ」


「同じウェポン学の授業取ってたでしょ」


「あっはは~。ウェポン学の授業中は武器にしか目がいってなくて……」


「ほんっと武器バカ」


 ロアンとエヴァリー、なにやら2人の空気は険悪そうだ。


「もう、仕方ないな……」


「行くの?」


「一応、今のパートナーだしね~」


 クレアは階段を下り、柱の影から中庭を覗き込む。


「……なぜだエヴァリー! 俺たちは2人で星級ステラランクを目指すと約束しただろう!」


 ロアンの怒号が中庭の穏やかな空気を切り裂く。

 周囲の他の生徒はロアンの声にされ、退散していく。


 星級ステラランク。それは生徒の中でトップに値するランク。

 個人に与えられる称号ではなく、ペアに与えられる称号だ。一流の騎士と一流の錬金術師のコンビでないとまず手に入れられない。


「いい加減、しつこいですわよ。ロアンさん」


「理由を聞かせろと言っている。俺が1度でも足を引っ張ったか?」


「……いいえ。あなたは優秀な騎士でしたよ。剣技も上等、錬金術にも精通している。唯一で最大の欠点は……あなたが六等貴族だということです」


 貴族は特等貴族と一から六等貴族の合計7つの位からなる。

 六等貴族は特別貴族とも言われ、他の6つの位とは大きく異なる。なぜなら彼らは厳密には平民だ。特別に一時的に貴族の位を与えられているに過ぎない。

 この錬金騎士学園は貴族専門の学校、しかし身分とは別に優秀な人間は引き込みたい。ゆえに、優秀な平民に在籍中のみ貴族の身分を与えるのだ。クレアやロアンはその例である。 


 本来貴族でない彼らは一部の生徒より疎まれている。


「同じ実力で、位に差があるのなら……より高い方を選ぶ。当然ではありませんか」


(さいってー!)


 クレアは自分勝手なエヴァリーに対して嫌悪感を抱く。


「その通りだ!」


 エヴァリーに同意し、中庭に現れたのはヴィンセントだ。


「同じ能力を持つ人間ならば、より高貴な方を選ぶのは当たり前だ。もっとも、俺様はお前より強いがな!」


 ヴィンセントの言葉は盗み聞きしているクレアにも突き刺さる。


「……誰だお前は」


「ヴィンセント=レイノルズ。エヴァリーの新たなパートナーだ」


 ヴィンセントは仲良さげにエヴァリーの肩を抱く。


「……正気か? その赤毛猿と、本気で星級ステラランクを目指すつもりか?」


「あ、赤毛猿だとぉ!?」


(ぷっ!)


 クレアは思わず吹き出しそうになるが耐える。


「エヴァリー。お前は以前、『実力さえあれば身分など関係ない』と言っていた。あれは嘘だったのか?」


「わたくし、そんなこと言いましたっけ? はっきり申し上げると……わたくしは一度だって、あなたを対等な存在だと思ったことはありませんわ」


 ロアンは舌打ちし、2人をにらみつける。


「あぁん? なんだその眼は? そんなに俺たちが気に食わないなら謝罪を賭けて決闘試合でもやるか?」


「……くだらん。そんな児戯じぎに付き合う気はない」


 背を向け、ロアンは立ち去ろうとする。


「逃げんのかよ! だっせぇなぁ!」


「まったく、元パートナーながら恥ずかしいですわ」


「……」

 

 なにも言葉を返さず、立ち去ろうとするロアン。

 だが――



「その勝負……受けて立つ!!」



 空間を切り裂く少女の声。

 ロアン、ヴィンセント、エヴァリー、中庭の様子を二階から眺めていたエマや野次馬の視線が1人の少女に集中する。


 彼女の名は――クレア。


「クレアぁ……!!」


 忌々し気にクレアを睨むヴィンセント。その鼻にはまだ腫れが残っている。


「その勝負、受けて立つ! 私とロアンで、アンタら2人を叩き潰す!」


「おい、なにを勝手なことを言っている!」


 ロアンが反論する。


「こんな何の得にもならん勝負、受ける必要など――」


「うるさぁい!!」


「ぐはぁ!?」


 ロアンの顔面にクレアのドロップキックが突き刺さる。

 敵であるヴィンセントやエヴァリーですら唖然とする一幕。

 地面に倒れ込むロアンを見て、エマは「……あんなおてんば娘とは絶対組んでらんないわ」と呆れた。


「悔しくないわけ!? そんなタコができるまで剣を振ってきたのに、地位なんかを理由に手を切られてさ!」


「お前……」


「私は悔しい……! あの女、絶対見返してやる!」


 クレアはヴィンセントを指さす。


「このボンボン赤毛猿! アンタもまとめて叩き潰してあげる!!」


「お、お前らぁ……! さっきから人のこと猿猿言いやがって!! 俺たちが勝ったら靴舐めて謝ってもらうからな! 勝負は一週間後! 騎士2人による刃無しオフブレードの決闘で決める! 異論はないな!? クレア!」


「上等よ! 私たちが勝ったら、ロアンへの無礼の全て、きちんと謝罪してよね! 行くよロアン!」


 クレアはロアンの首根っこを掴み、ズルズルと引きずってその場を去ったのだった。



 --- 



「やれやれ……まったく余計なことをしてくれた」


「あー、もう。うるさいうるさい」


 目を覚ましたロアンを連れて、クレアは学園敷地内の森の中にある自身の工房へ向かう。


「こうなっては仕方ない。決闘は俺が作った武器で戦う」


「本当にそれで勝てるの? ヴィンセントはそれなりに優秀な剣士。エヴァリーだって、あなたが執着するぐらいには優秀な錬金術師なんでしょ?」


「それは……そうだが」


「どうするかは、私の錬成物を見てから決めても遅くないでしょ」


「ちっ、わかった。それは構わない……しかし、お前の工房はこんな森の深くにあるのか?」


「基本みんな部屋に工房を持つけど、私の場合、部屋じゃ狭くてね」


 辿り着いたのは木造の一軒家だ。


「ただいま~」


 クレアの後に続き、ロアンも工房の中に入る。

 ロアンは工房の中を見て、目を丸くした。


「これは……!?」


 工房中に飾られた剣・槍・斧。

 そのすべてがロアンの持っている剣を遥かに超える切れ味を誇る。


 錬金術にも精通しているロアンは、これらの武器の完成度の高さにすぐさま気づいた。


「久しぶりパイロン! 今日も良い艶ね! あぁん、レヴィ。ちょっと錆が出てるわ。後で綺麗にしてあげるねぇ~」


 クレアは武器1つ1つに名前をつけ、まるで人に接するように話しかける。

 そう、彼女はド級の……武器フェチなのだ。


「……これはすべて、お前が作ったのか?」


「ええ、そうよ。こと武器の錬成に関しては誰にも負ける気はしない。あなたの剣なんか、私の剣なら一撫でで壊せちゃうんだから」


 ロアンは「やれやれ」と肩を竦める。


「これは負けられんな」


 ロアンはわずかに、口角を上げていた。




 ――――――――――

【あとがき】

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『続きが気になる!』

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