蒼海の巨城たち〜大西洋の旭日旗〜
とりさん
プロローグ〜1991年2月29日〜
「現在というものは、過去のすべての生きた集大成である。」
-----カーライル
アムール共和国南部、ウラジオストック軍港には日本帝国海軍第二艦隊が停泊していた。
かつてロシア帝国海軍の根拠地だったここに、旭日旗をなびかせた大艦隊を停泊させているという状況は、いくつかの歴史上の偶然によって形作られた光景だと言えた。
1914年から始まった第一次世界大戦にソ連成立のどさくさにまぎれるような形で、このアムール共和国は成立した。しかし、当時の太平洋艦隊のほとんどを戦力として取り込んだとはいえ、こののっぽのような形状をした国は圧倒的にソ連の軍事力に押されている状況だった。
だが、そこに手を差し伸べた国があった。日本帝国、そしてその同盟国である大韓民国、中華民国である。
この3国は軍事、産業ともにアムール共和国に対して大規模な援助を行なった。
とくに日本は、日清戦争後からロシア人の南下政策には危機感を抱いており、単純にソ連の国境線上の戦力を増派するにしても、現在敵対関係にある第3帝国や米国の対策を考えるならば、そこまでの戦力を割けるわけではなかったからだ、日本にとってするならば、友好国となりうるアムール共和国の成立は願ってもみないことだったのだ。
結果、アムール共和国は日本帝国らの援助によって、短期間でそれなりの国力、戦力を持つことになり、また国内には先ほどの3国の軍隊を駐留させ、ソ連軍による侵攻に睨みをきかせていた。
ウラジオストックに日本海軍の艦艇を停泊させているのもそのような事情からのことだった。
◆
1991年2月29日、ウラジオストックに停泊していたのは、日本帝国第二艦隊の主力といってよい、20隻以上の艦艇たちだった。
旗艦は[信濃]、就役は今から約50年前と、今ではすでに旧式と化しているものの、依然として有力な信濃級戦艦のネームシップだった。
[信濃]の艦長を務める
春川自身は柔和な顔つきをしているが、軍人然とした雰囲気を漂わせているため、なにか超然とした、常人とは違う視点で生きているような凄みを感じさせている。
雰囲気自体は、彼の父親から受け継いでいるのかも知れないと春川自身感じていた。彼の父親は第二次世界大戦と太平洋戦争を経験したことのある海軍軍人だった。
春川はぶるっと震えた。
気温のせいか、不意にくしゃみが出る。
現在の天候は晴れで、白く光る太陽が水面を照らしてはいたが、港の気温は0度を下回っている状況だ。
凍らぬ港を持つウラジオストックは、ロシアの中でもそこまで気温の低い方ではないと言われているが、それでも関東生まれの春川にとってしてみれば耐えられたようなものではなかった。
ウラジオストックのあちこちにも、第二艦隊の巨大な艦艇群が停泊していた。
見渡す限りでも、レーダーや射撃指揮装置の発展により、それぞれ、一昔前の巡洋艦や駆逐艦ほどに巨大化した駆逐艦や
[信濃]の後部甲板から見て右端には、今の日本海軍内でも強力な砲戦型巡洋艦、羽黒型重巡洋艦の[羽黒]、[古鷹]の2隻が、そして、そこから少し離れた場所には、連装ミサイル発射機二基を積んだ、防空巡洋艦[鈴谷]と[熊野]、そして戦闘爆撃機を10機以上搭載可能な軽空母[瑞鳳]が見える。
その中でも、彼の[信濃]はその中でも最も強大な水上戦闘艦だった。
[信濃]は全長278m、排水量約65000トンに達する巨艦で、主砲として五五口径四六センチ連装砲四基八門を装備していた。
「よくもまぁこんなもの使ってるもんだな…」
春川はそう言って、彼の父親に似た顔を歪めた。
旧式である[信濃]が今でも現役でいられたのには政治的な理由があった。ようするに前の戦争の武勲艦を残すことで兵の指揮を向上させるという話だ。
それに、50サンチ砲を搭載した新型に比べると確かに見劣りする部分があれど、火力としては遜色はない。
このような事情の積み重ねにより、今でもこの艦は洋上に浮かんでいられているのだ。
それに、春川自身もこの艦に乗ることに対して悪い気分ではない思っていた。
春川家は代々海軍にゆかりのある一族であり、この[信濃]にも、過去に彼の父親が乗艦していた。
彼からしてみてば自分と縁のあるこの艦に少し親近感すら持っていた。
春川は腕時計で時刻を確認した。もう少しで1時を回ろうとしていた。
そろそろ時間か、と彼は艦内に戻る。
彼と[信濃]がここにいる理由は、先日ソ連軍がアムール共和国へと侵攻を開始したからだった。
原因はよくわかっていないが、正直言ってもともとソ連はアムール共和国に対して圧力をかけており、これが徐々にエスカレートしていって開戦となったのだろう、ということになっている。
一部ではすでに戦闘が行われており、日本帝国軍だけでなく、共和国内に駐留している大韓民国軍や中華民国軍もすでに交戦状態になっている。
第2艦隊の任務は陸上部隊への支援砲撃を行うこととなっていた。現在ソ連軍は全盛期ほどの力はないとはいえ、アムール共和国内に駐留している戦力はそれほど大きいものではなく、いまだにソ連軍が多少優勢といった状況だった。また非公式ながら、いまだに日本帝国と対立状態の米国が装備品などをソ連に支援しているといった話も入っている。
ともかく、春川は任務を達成するため、彼は通路を通り、すぐに本艦の戦闘を行うための場所であるCIC(戦闘指揮所)へと向かった。
大型艦とあってか指揮所も巨大に作られており、広さや搭載されている設備も、駆逐艦や巡洋艦とは比較にならないほどだ。
彼はそのうち中央にある卓に座った。コンソールには湾内部の状況と艦の位置がリアルタイムで映されている。
彼の隣にいた艦長が命じた。
「艦隊各部最終確認終了、進路上に障害物なし」
「機関始動」
「機関始動、GT(ガスタービンエンジン)異常なし」
下から腹の底から鳴るような機関音が響き、地面が少しずつ揺れるのを感じる。
春川は、艦がうまく動いているのを感じ、よしと頷いた。
「艦隊各艦に通達」
彼は最終確認をするとすぐに命じた。
「本隊はこれより出動、陸上部隊支援のため艦砲射撃を行う。全艦警戒を厳とせよ、以上」
[信濃]ら第二艦隊各艦がウラジオストックを出航したのはグリニッジ標準時午後1時06分の時だった。
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