第36話 受け継がれた血脈


(このままだと、みーちゃんが消えてしまう)


 居場所がわからない所在不明ではなく、存在そのものの消失。

 想像だけで膝から力が抜けて、バルコニーの手摺りに縋り付いた。一人で立てなくて、でも座り込みたくなくて震える足に力を込める。歯を食いしばって泣くのを堪えた。


(みーちゃん…!)


 空で雷が鳴り響き、じわじわと不穏な風が私の前髪を揺らす。

 手摺りに縋り付く私の手の上に、セバスチャンの手の平が乗った。


「大丈夫ですムツミ。みーちゃん様は帰ってきます」

「何を根拠に言ってんだよ…」

「魔王と戦っても、勇者はマナに溶けません。この世界には勇者の子孫がいますので、間違いありません」

「えっ」


 思わず振り返れば、セバスチャンは真剣な表情で視線を合わせて頷いた。


「私の妻が先代勇者の子孫です」

「えっ」


 真顔でとんでもない情報を更新された。


「ちなみに魔王討伐メンバーだった騎士は妻の弟です」

「そういやいたなそんな奴…」


 やめろここに来て新しい情報を追加するな。

 そう思ったが結構前に出ていた。

 すっかり存在を忘れていたが、そういえばいた。顔だけ王子よりキラキラした顔の騎士がいた。

 性格の悪い聖女とサイコパスでマッドな魔法使いの印象が強すぎて忘れていた。


「先代は三百年前の英雄です。勿論会ったことはありません。ですが子孫に残された手記から、かの人がどれ程故郷に焦がれていたのか察することはできます」


 魔王討伐後。

 故郷よりこの世界でできた恋人を選んだ勇者は、賞金と爵位を得て復興に尽力したらしい。魔王を討伐した勇者としてだけでなく、勇者らしい善性でこの世界の人々と助け合って過ごしたらしい。

 残ることを選んだが、それでも故郷への未練は残り、その思いを綴った手記が一族で保管されているようだ。


「勇者を知る、貴重な資料です。私も目を通したことがあります…だからこそ、あなた方を必ず帰さねばと思うのです」


 今まで勇者の血族の存在を伝えなかったのは、この世界に根を張ることを選んだ勇者の話だったからかもしれない。

 私とみーちゃんは元の世界に帰る事を念頭に置いているので、異世界在住を選んだ勇者の話をされても喧嘩を売られているのかとしか思えない。

 しかし今言ったのは、私がみーちゃんが消えてしまったらどうしようと震えていたからだ。


「みーちゃん様はムツミのところに帰ってきます。あの方は、本当にムツミを案じておられる」


 それ、保護者役の私がみーちゃんにしなきゃいけないことじゃない?

 それともセバスチャンの中で、私はみーちゃんに世話をされている側なのだろうか。


 呆然としたが気が抜けて、足に力が戻ってくる。私はふらふらしながら立て直した。

 その様子を屋根の上から見ていたラスボスが、残念そうに顔を歪めた。


「昔と今は状況が違うというのに、そんな期待を持たせるようなことを言うなんて…二人とも制御できないお子様ですので、全力を出せば溶けると思いませんか」

「そうなればお二人はマナになる前に隕石になるわけですから、世界が滅びてしまいますね。そうならないよう、あなたは我々に…ムツミに会いに来たのでしょう。無駄話ばかりせず、早急に目的を口にされては?」

「ひっかいてきたのはそちらでしょうに…」


 不満そうにしながら、ラスボスはぬらりと重力を感じさせない動きで屋根の上から手摺りの上に移動した。巨体が猫のように手摺りに乗ってしゃがむので、私はぎょっとして距離をとった。姿勢悪く丸まった巨体は、面倒だが困ったぞと言いたげに首を傾ける。


「お伝えしたとおり、お二人の喧嘩を止めなければ世界が滅びます。そしてその喧嘩を止められるのは、喧嘩の原因であるあなただけです」

「マジかよ」

「まさか喧嘩の原因である自覚がおありでない?」

「そこじゃねぇよ」


 自覚はある。

 魔王に追い出されてすぐ、みーちゃんが怒りそうだと考えた。仲良くできるわけがないって思った。

 私が言いたいのは、私に小さな怪獣大戦争を止められると思われていたことだ。

 止められると思っているのか。みーちゃんのおまけでしかないこの私に。今まで一度だって泣き止ませたことのない私に。

 というか魔王、追い出したはずの私が戻ってきたら更に燃料の投下にならないか。


(…気にするの、そこじゃねぇだろ、私)


 問題点を口に出そうとして、グッと呑み込む。そうじゃない。今気にするのは魔王の機嫌じゃない。

 みーちゃんのことだ。


 魔王と喧嘩しているみーちゃん。

 多分みーちゃんは、喧嘩をしながら泣いている。

 勇者とか隕石とかじゃなくて、泣いているみーちゃんを、放っておいてはいけない。

 たとえみーちゃんにおんぶに抱っこ状態でも、私のほうが年上なんだから。


 私が、泣き止ませないといけない。


「…どうやったら、みーちゃんのところに行けるの」


 いまひとつ言動に信頼を置けないラスボスを睨み付ける。

 空の雷は、激しさを増していた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る