Case.46 コスプレする場合


 初月と火炎寺は日向に呼ばれて、今日は被服室へとやって来た。

 調理実習室の隣にあるこの部屋は、昔は手芸部の活動場所でもあったが、今は部員がおらず出入りする人がいない。

 授業でも使われることは稀なので、卒業まで入室せずに終わる人も多い。

 そんな場所にもなぜか入れる日向は、両手にたくさんの紙袋を持ち待ち伏せていた。


「それは?」

「あゆゆ良い質問だねぇ! 今日は男の子が好きそうな服を選ぶよ! これを着ればどんな男だってイチコロ! もう告白するしかないって思うわけだよ!」

イチコロ……。さっそく着替えようぜ!」


 日向から紙袋を受け取った火炎寺はやる気満々に被服準備室へと入った。


「どんな服を用意したんですか?」

「それはういちゃんも着てみたらわかるよ〜。はい、これういちゃんの分」

「はぃ?」


 ──そしてバニーガールに至る。


 袋にこれしか入ってない時、初月は(間違って渡されたのかな)と思ったけども、隣で既に火炎寺はバニーガールに着替え終わっていた。

 どうやら間違えていない。


(間違えて欲しかった……)


 そう思いながらも初月は着替える。

 ボディースーツはハイレグ仕様のため、とてもお尻に食い込む。

 黒タイツも穿いているからお尻が丸見えというわけではないが、それでも恥ずかしい。

 ウサ耳を付け、手首に白いカフスを付けて、黒兎はモジモジしながら準備室から出てくる。


「ういちゃんカワイイよ〜!」

「ぅぅ、別に嬉しくなぃよ……恥ずかしぃよぉ……!」


 しかし、声が小さいので日向に嘆きは届かない。

 胸のサイズが合っておらず、とてもスカスカ。今にも剥がれ落ちそうで初月はずっと胸を隠している。

 対して火炎寺は堂々としていた。


「あゆゆもキレー!」

「そうか? 一番綺麗か?」

「うん! 一番キレイ!」


 むしろ火炎寺はちょっと楽しんでいる。

 初月と全く同じデザインだが、サイズは一回り大きい。

 そして、布が足りていないのか、胸がこぼれ落ちそうになっている。


「けど、雪浦はこんなので惚れて告白してくるか?」

「そう思って別のもたくさん用意してみたよ! もちろんういちゃんのも!」

「なんで!?」


 その後も、二人はたくさん着替えた。

 季節を先取りしたスクール水着。

 白衣の天使のナース服。

 風紀に乱れたミニスカポリス。

 神々しい神聖なる巫女服。


 ありとあらゆるコスプレ衣装を──


「コスプレじゃん!?」


「あゆゆはそれを選んだんだね……?」

「ああ、〝童貞を殺すセーター〟ってやつ? も捨てがたかったが、アタシの中ではやはりこの猫耳メイドが一番だろ! なぜなら猫耳は可愛いからよ!」

「そのセーターに猫耳付けたら最強なのでは?」

「っ!? 天才かよ委員長……!?」

「ふふーん、知ってる〜」


(そんなので街中出たら痴女だよぉ! って学校でもアウトだけど、ってわたしもダメだ! 同じの着ている! ……あれ、今思えば無理に着替えなくてもよかったんじゃ……)


 流されがちな初月は気付くのが遅かった。


「ふ、普通に制服はダメですか……?」

「なるほど、制服も一種のコスプレだと……?」

「そぅじゃなくて! 告白されるためだからって、奇をてらった服装じゃなくても……」

「けど、この組み合わせなら男は一殺イチコロなんだぞ!」


 火炎寺の目は熱く燃えていた。

「これしかない!」と、誰が言っても止まらないくらいには加熱していた。


「そぅかもですけど……。そもそも雪浦くんの服装の好みは知ってるんですか?」

「知らん」

「ふぇっ……!? じゃ、じゃぁ雪浦くんがもしその服が嫌ぃだったら逆効果じゃなぃですか!?」

「「た、たしかに!!」」


 当然のことなのに、雷に打たれた衝撃を日向と火炎寺は喰らった。


「ワ、ワタシ、ずっと失恋更生させることしかやってこなかったから、普通の恋愛とはなんたるかをつい忘れてしまっていたよ! たしかにこんな格好してる人が告白されるわけないじゃん! え、バカじゃん!」

「そりゃそぅだよ……」


 火炎寺も膝から崩れ落ち、現状と自分の格好を見つめ直す。


「雪浦のこと、全然理解してなかったな……」

「何が好きで、何が嫌ぃなのかは知ってぉくべきだと思ぃます。まずは雪浦くんのことにつぃて深く知ることからだと思ぃますよ」

「さすがういちゃん! 恋愛マスターだ!」

「ぃぇ、別に当たり前のよぅな……。それにわたしはフラれてますけど……」


 相手の好み嗜好を知ることは大事だ。

 ただ、これだけじゃない。


「また、火炎寺さんが雪浦くんに知ってもらぅことも大事だと思ぃます。火炎寺さんは何が好きで何が嫌ぃかも相手に伝ぇてぉぃた方がぃぃです。事前にそれらを知ってぃると、告白の基準にもなりますし、付き合ってからのすれ違ぃも防げると思ぃます。同じ好きは共有して、違ぅ好きでも一緒に好きになれるよぅ歩み寄るんです」

「な、なるほど……さすが恋愛マスター……」

「わたしフラれてますけど……」


 と、いきなり火炎寺は初月の手を取る。


「わわっ!?」

「初月、いや師匠。師匠と呼ばせてくれ」

「ぇぇ!!?」


 とてもキラキラした目で見つめる火炎寺に、初月は少し恥ずかしくなる。


「そうだよな。よ、よぉし、覚悟を決めたぜアタシ! まずは雪浦に話しかける!」

「そぅですね……ぇ、そこから!?」


 女子力とか鍛えている場合じゃなかった。

 根本的なところがまだだったのだ。


「じゃあ、さっそくその学年一位のとこに行ってみよー! あゆゆ、ういちゃん! じゃなくてシショーもはやくー!!」

「ひ、ひなたちゃんは師匠って呼ばないでよぉ……!」


 我先にと、日向は被服室から飛び出していった。


「ぅぅ、もう行っちゃった……わたしたちも早く追ぃかけなぃと……」

「だな……あれ? 制服ってどこ行った?」

「ぇ? 確かわたしも火炎寺さんも紙袋に入れてたはずじゃ……」

「その紙袋がないんだよ」


 着替える度、着ていた服と紙袋に入っている次の服とを律儀に入れ替えていた二人。

 そういえばいくつかの紙袋がない。

 そして日向が出て行った際に紙袋をいくつか持っていたような気がしてきた二人。


「「…………ぇ」」


「ひ、ひなたちゃぁぁん! 制服持ってぃかなぃでー!?」


 だが、初月の声量では、到底日向に届くことはなかった。

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