第25話 静子視点:恋人からのメッセージ
過去への罪悪感。それが先輩の本質、優しさの根っこかも知れない。自分の勝手で相手を苦しめた罪。その意識が彼女を支えているのかも知れなかった。彼女は、自分の絵筆を握った。「それが相手への贖罪だ」と言う風に。真っ白なキャンパスに自分の罪を描きつづけた。
私も、その罪に償いつづけた。自分の課題に布を被せて、彼女の後を追いつづけた。私は彼女が指差すに風景に目をやり、それが伝える意図を読んで、彼女と同じようにうつむいた。「美しさは、罪……らしいです。前に読んだ本、何かのエッセイ本だったかな? それに書いてありました、『相手を美しい』と思うのは、『自分がそれだけ汚れているからだ』って」
先輩は、その言葉に吹き出した。「正しくその通りだ」と。自分が公園の花壇を見ながら「綺麗」と思うのは、自分がそれだけ汚れているからだ。本当に美しい人は、美しい物に目をやらない。彼女は「それも傲慢だね?」と言って、花壇の一輪に手を触れた。「『自分が一番に綺麗だ』と思う。自分に勘違いしている人は、それを『常識だ』と思っているんだ」
私は、その言葉に胸を痛めた。先輩は決して、傲慢ではない。自分の汚れを知っている意味でも。彼女は私が思う以上に清く、そして、汚れた人だった。私はそんな先輩に悲哀を感じて、その肩にゆっくりと触れた。悲しみに揺れる、少女の肩に。「花は、枯れます。枯れるけど、また来年に咲きます。自分の命を燃やすように」
先輩は、その言葉にうつむいた。まるで、自分の過去を思いかえすように。私の手に触れ、その表面を撫でた。彼女は私の手から手を放し、両目の涙を拭って、自分の周りを見渡した。彼女の周りには、美しい花壇が広がっている。
「ごめんね、せっかくの休みなのに。また、嫌な事を言っちゃった」
「いえ。そう言うのはこう、色々と難しいですから。簡単に『こうしよう』とは、ならない。先輩が苦しんでいる間は、私も同じくらいに苦しみます」
先輩は、その言葉に目を見開いた。「感動」と「感嘆」が混じった顔で。彼女は私の肩に手を乗せ、その体温をしばらく感じて、肩の上から手を下ろした。「秋ちゃんは、本当に良い子だね」
彼女が好きになるのも分かる。彼女はそう言って、顔の表情を変えた。花壇の中に咲いている花々と同じ、光のような笑顔を見せて。彼女は花壇の花を指差し、私の手を引いて、通路の上をまた歩きはじめた。「ごめん、気を遣わせちゃった。せっかく遊びに来たのに」
その言葉にもまた、首を振った。先輩の不安を和らげる意味で誘った遊び。その中にはもちろん、こう言う意味も含まれている。彼女の気持ちに耳を傾ける意味も。だから、その謝罪にも「大丈夫です」と微笑んだ。「彼女がそれで、落ち着くのなら」と。
彼女が普段の調子に戻るなら、私への気持ちなんて「どうでも良い」と思った。私は先輩の手を握って、周りの花壇を指差した。「それよりも、ほら? 天気もこんなに良いんだし、撮らなきゃ損です。ここまで来るのに結構掛かったし。元を取るためにも」
先輩は、その続きを遮った。「確かにそうだね」と言う風に。沈んだ気持ちで撮影に臨むのは、先輩としてもやっぱり損である。趣味は、思い切り楽しまなければ。先輩は自分の周りを見渡し、自分が「ここだ」と思ったところにカメラを構えて、その先にある風景を切り取った。
「往復で二千三百円。高校生にはちょっと、厳しい値段だからね? 落ち込む時間が勿体ない。世界は今も、進んでいるんだから」
私も、その意見にうなずいた。先輩のようなカメラは持っていないが、この風景は撮らなきゃ損。色取り取りの花が咲き誇り、通路の左右からも良い匂いがする風景は、良いカメラが無くても、「撮った方が良い」と思った。
私は自分の気持ちを切り替え、先輩の後に続く形で、自分の気に入った写真を撮りはじめた。「あっ、これは可愛い。これも!」
そう言って、スマホのカメラを構えた。私はカメラの写せる範囲で、花の全体を撮ったり、花びらの内側を撮ったり、花の上に留まった蝶を撮ったりした。先輩も自分のカメラを使い、カメラの画角を弄って、わたしのカメラでは撮られない写真や花の柱頭に寄った写真、花弁の上を這う昆虫や枝の上に留まった鳥なんかを撮った。私達は午後の休憩を入れて、自分の好きな写真を撮りつづけた。「さて」
私は、その声に顔を上げた。先輩がカメラを下ろす動作に「ハッ」としたが、どうやら「止めよう」の合図らしい。公園の先から差し込む光も、いつの間にか夕日に変わっていた。私は鞄の中にスマホを入れて、先輩の「帰ろう?」に従った。「はいっ!」
先輩はその返事に微笑み、鞄の中にカメラを仕舞って、公園の出入り口に向かった。私も先輩の後ろを歩いて、公園の中から出た。私達は段々と暗くなる古い道路を進んで、駅のホームに向かった。
駅のホーム、正確にはホームの中だが。ホームの中には、人があまり居なかった。私達と同じ方向の人を除いて。公園の中で見た人達はホームの反対側にある、上り方向の列車に乗る人が大半だった。
私達は改札口の人に往復券を見せ、ホームの中に出て、そこに列車が来るのを待った。列車は、それからすぐに来た。二両編成の状態で、ホームの前に停まったのである。列車は両端の搭乗口を開いて、その中から乗客を降ろした。
私達も彼等が降りたところで、列車の中に入った。私達は電車の中をしばらく歩くと、二人が向かい合わせに座れるボックス席を見つけて、「ここにしよう」と座った。「座れて良かった」
私は、その声に微笑んだ。休日の電車は混みやすいが、今回はその問題を避けられたからである。私は進行方向の弱側に座ると、窓枠の上に手を乗せて、外の景色を見はじめた。先輩も私の動きに続いて、夕焼けの空を見上げはじめた。
「偶には、良いですね? こう言うの」
「うん」
ハッキリとした返事。だが、その視線は変わらなかった。「向こうの世界を見た感じ。学校の生活も良いけど」
先輩は「クスッ」と笑って、私の顔に視線を移した。顔の半分に夕日の光を受ける形で。
「秋ちゃん」
「はい?」
「ありがとう」
私は、その言葉に首を振った。「そんな言葉は、要らない」と。自分はただ、先輩の気持ちを癒したいだけだった。私は穏やかな気持ちで、先輩の顔を見つづけた。「私も、楽しかったので」
先輩は、その返事に微笑んだ。私の言葉を心から喜ぶように。彼女は窓の外に流れる風景を見て、その一つ一つに瞳を揺らした。私も彼女の顔を眺める中で、彼女と同じ物を見つづけた。私達は目的の駅に着いたところで、駅のホームに降り、互いの顔を見て、相手に「さようなら」と言った。「また、明日」
先輩は私の声に微笑み、私も先輩の声に頭を下げた。私達は駅の中から出て、自分の家に帰った。私は家の両親に帰宅を伝え、今日の夕食やお風呂に入り、ベッドの上に寝て、自分の枕元にスマホを置いた。スマホの「ピロン」が鳴ったのは、正にその瞬間だった。私は通知の送り主を見て、そのメッセージを開き、メッセージの内容を読んだ。「え?」
郷本先輩が? 私は「混乱」と「安心」の中で、みーちゃんにコメントの返事を書いた。「試合に来たの?」と言う風に。予選リーグには出なかった郷本先輩が、決勝リーグの、それもチームメイトの危機に現れるなんて。みーちゃんから送られてきたメッセージには、その詳細がびっしりと書いていた。私は夜の空気が漂う中で、その内容をまた読みかえした。
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