人の心はカネでは買えない

ファイセルは堂々どうどうむねを張って結婚式けっこんしきの会場を進み始めた。


広場中央ひろばちゅおうのバージンロードに足をあしみ入れた。


新郎新婦しんろうしんぷ聖域せいいきを踏みにじる暴挙ぼうきょに出た。


あたりに目をやると、服の色で周囲しゅういの人々の身分が変わっていくのがわかった。


夫婦ふうふで参加している者は服の明暗めいあんがハッキリしており、コントラストがえていた。


その様子はまるで暗いやみの中と光るほしのようにも見えた。


会場の前方の左右さゆう来賓らいひんの席が用意されている。


そこには富豪ふごう貴族きぞくすわっているのが見てれた。


せきにはまだきがあったが、ファイセルはまようことなく舞台ぶたいに向けて更に前進した。


おくすること無くそのまま進むと係員かかりいんに止められた。


「ここから先は立ち入り禁止きんしとなります。もうわけございませんが、親族以外しんぞくいがいの方は右手のせきの後ろにおすわりください」


まだ事を荒立あらだてるのは早い。


そう思った少年は右手の階段を降りて、親族席しんぞくせきの1列後れつうしろに腰掛こしかけた。


まわりからの視線しせんが一気に集まる。


一際ひときわ、目立つ黒いノダールだったので無理もない。


すわった位置から舞台ぶたいまでの距離きょりはそう遠くはなかった。


式の進行が完全に把握はあいできる距離きょりで、まずまずの好条件こうじょうけんといったところだ。


緊張きんちょうくため首を左右に振ってびをし、かたちからいた。


いよいよしきが始まる。


「あー、あーあー。皆さん、本日はラーレンズ様の結婚式けっこんしきへのご来場らいじょうまことにありがとうございます。では、ラーレンズさんから入場していただきましょう!!」


司会しかいが進行を始めるとれんばかりの歓声かんせいが上がり、中年男性ちゅうねんだんせい舞台袖ぶたいそでからあらわれた。


くろなノダールを着ている。


顔はまったくわからないが、かなりふとっていることはわかった。


「えー、ごふんごふん。諸君しょくん、私の結婚式けっこんしきに来たことを後悔こうかいさせないような豪華ごうかな式を用意したつもりだ。飲んだり食ったりで楽しんでいってくれたまえ。あー、すわせきのないやかしの見物客けんぶつきゃくは終わったらとっとと帰るように」


このふざけた態度たいどに、参加者からブーイングが上がると思えた。


だが、ラーレンズにさからうのがおそろしいのか、誰一人だれひととして声を上げるものがなかった。


この場において彼は絶対なのだ。


「では、花嫁はなよめの入場です。ラーレンズ様の7番目の花嫁はなよめ、リーリンカ様です」


反対のそでから明るい黄色のドレスを来て美しく青いかみをなびかせた女性が姿すがたあらわした。


「んっ?!」


ファイセルは思わず目をこすった。


そして、再度、壇上だんじょうの女性を確認した。


「んん⁉」


思わずファイセルは頓狂とんきょうな声を上げてしまい、口をふさいだ。


(な、なんなんだあの美少女びしょうじょは……これリーリンカの結婚式けっこんしきでしょ‥‥。間違まちがったか⁉)


身長の低さ。そして仕草しぐさに歩き方。複数ふくすう、さ特徴とくちょうがリーリンカに合致がっちした。


だが、あまりにも美少女びしょうじょすぎる。


あつ眼鏡めがねをかけていないと同一人物どういつじんぶつとはとても思えない。


どうやらかくれ美人びじんといううわさは本当だったらしい。


「わ、私がラーレンズ様の新しい花嫁はなよめになりますリーリンカです。皆様みなさま以後いご見知みしきを……」


広場中ひろばじゅうから拍手はくしゅが上がる。


声を聞いてファイセルはようやく彼女がリーリンカだと確信かくしんした。


顔がはっきり見えるせきだったのでもう一度、目をこすって彼女の顔を見つめる。


(え~、ウソでしょ~。そりゃあ美人だったらうれしいけど、男友達おとこともだちみたいに接してきちゃったからなぁ……)


色目いろめを使うつもりはなかったが、今になって女の子扱い《あつか》いをしなかった点はひっかかる。


もっとも、そんな態度たいどだったからこそ、リーリンカとは近い距離でせっしてこれたのだが。


ぼんやりそんな事を考えていたが、急いで気分を切りなおした。


しき着々ちゃくちゃくと進んでいったが、そのほとんどがラーレンズの自慢じまんじみた紹介しょうかいばかりだった。


花嫁はなよめなのにも関わらず、リーリンカが話題に上がることはまったくなかった。


舞台ぶたいの手前にはテーブルがあり、食事や酒がわれた。


いわずもがな、一般庶民いっぱんしょみんは指をくわえて見ているだけである。


ラーレンズは貴族きぞく富豪ふごうのコネ作りのためだけに彼らに声をかけて回っていた。


しかし、ファイセルの方を見るとそっぽを向いて別の来賓らいひん達と話をしていた。


まるで利用価値りようかちがないとでも言いたげなあつかいだ。少年はひそかにいかりと闘志とうしを燃やした。


昼食会ちゅうしょくかいが終わると、婚姻こんいん儀式ぎしき神官しんかんが来た。


そしてリーリンカがノダールをラーレンズにかけたりと、聞いていた通りのおまりの手順で式は進んだ。


広場はひっきりなしに花火があがり、徐々じょじょ来賓らいひん見物人けんぶつにんり上がっていった。


そしてついにクライマックスである婚姻こんいんあかし交換こうかんする時がきた。


「ではこの『エンゲージ・チョーカー』をおたがいの首につけ、永遠とわあいちかっていただきます!!」


式はクライマックスに向けて熱をびてくる。


神官しんかんはこを開けると男性用と女性用の漆黒しっこく首飾くびかざりが1つずつ用意されていた。


首輪くびわのように首にはめるタイプのアクセサリーである。


この後、チョーカーの交換こうかんからちかいのキスにうつり、新郎新婦しんろうしんぷ退場で式は終了する。


チャンスはチョーカーをつける前、ラーレンズと、リーリンカがかい合うその時だった。


おごそかな雰囲気ふんいきで静まり返った会場に、怒号どごうのような名乗なのりがひびわたる。


「待たれよ!! われはカルバッジア!! そのむすめ、気に入った。私が買おう!!」


大声を上げながら立ち上がったファイセルに、会場中の視線しせんさる。


「あにぃ?!」


新郎しんろう苦虫にがむしつぶしたような顔でファイセルをにらみつけてきた。


「聞こえなかったのか? そのむすめ、私がもらったと言っているのだ!!」


女性陣じょせいじんから黄色きいろ声援せいえんが飛んだ。


ファイセルはそのまま舞台ぶたいせまった。


ボディーガードがすかさず行く手をはばむ。


婚潰こんつぶしだ。がってもらおうか」


「ぐっ‥‥」


見張みはりはあとずさった。彼らのわきを少年は通り抜けた。


だれも止めることは出来ないといういである。


突然とつぜん出来事できごとに式場は騒然そうぜんとしたが、すぐ会場中かいじょうじゅうから大歓声だいかんせいあおりの声がひびいた。


ファイセルは舞台ぶたいに上がってラーレンズと対峙たいじした。


小僧こぞう~、ふざけるなよ。貴様きさま、どこのモンだァ!?」


富豪ふごうになりきった少年は自信じしんを持ってかえした。


祖父そふ遺産いさんを元手に、こちらで実業家じつぎょうかをやっている。始めてもないので貴殿きでんが知らないのも無理は無い」


そのまま一気にたたみ掛ける。


「それにしても貴殿きでんにはデリカシーというものは無いのかね? 自分の紹介しょうかいばかりで肝心かんじんの花嫁はなよめについてはまったれない。レディに対して敬意けいいもはらえないのかね?」


どんどんラーレンズの顔がけわしくなっていく。


「それに、来客らいきゃくはらうとはどういうことだね? 食事はみなで楽しく食べるものではないのかね? 見返りのない者とは食事できないのかね?」


中年ちゅうねんの富豪ふごうは顔をにしていかり始めた。


「そもそも貴殿きでんに関していい噂を聞いたことがない。なんでもかんでも金で動かせると思っているならそれは大きな間違まちがいだ!! 人の心はカネでは買えないッ!!」


参加者さんかしゃ威張いばってばかりのラーレンズが、徹底的てっていてきにこき下ろされるさまを見ることが出来た。


それがまた爽快そうかいで、式場全体しきじょうぜんたい歓声かんせいに包まれた。


リーリンカを見ると開いた口に手をてて、ひどくおどろいているようだった。


(ふふふ、これぼくだって気づかれてないんだろうなぁ。そりゃおどろくよね)


ファイセルは思わず意地悪いじわるみを浮かべた。


だが、ノダールの下の表情がのぞかれることはない。


「おい、銀行屋ぎんこうやべやぁ。買うっていうからにゃ大層たいそうがくはらってくれんだろうな? アァン!?」


ガラの悪い富豪ふごうはガンを飛ばしてきた。


すごみながらおどしをかけてくる。




「てめぇ、よくもどろってくれたな。当然、俺を誰だとわかっててツブしかけてきやがったんだよなぁ?! タダじゃすまねぇぞ。末代まつだいまでおれにツブしをかけた事を後悔こうかいさせてやるよ!!」


少しするとガードマンの男が銀行員の女性をってきた。


「ちょちょっ、出張業務しゅっちょうぎょうむはしますからどうかお手柔てやわらかに……」


ファイセルは男に近づいて手をはらいのけた。


「やめないか!! いたそうにしてるじゃないか。手を退けるんだ!!」


ガードマンは不満ふまんそうな顔をして離れていった。


こうしてファイセルの婚潰こんつぶしが、いよいよ始まった。


(あとはこいつの資産しさんが1000万シエール以下なことをねがうしか無いな)


少年は全身にじんわりと汗をかいていた。


「んじゃ、まず一番カネがかかってるとこから行くか。花嫁はなよ一族いちぞくにくれてやった分が400万はあるぜ」


ファイセルは《すず》涼しい顔をして400万振りんだ。


「えー、ええっと。カルバッジア様からラーレンズ様に400万シエールが振りまれました」


「あ、アァン!?」


ラーレンズは思わず目をパチクリさせて口座こうざを確認した。心なしか動揺どうようしている。


「つ、次にだなぁ、結婚式場けっこんしきじょう設営せつえいや、街の装飾そうしょくに300万はかかってんな。どうだ? もうはらえねぇだろ!?」


ファイセルは少しあせったが、ここでよわみを見せるとし負ける。


少年はまたもや何食なにくわぬ顔で300万シエールを振り込んだ。


“―ラーレンズ・ジッパ サマ 300,000シエール カルバッジア サマ ヨリ ニュウキン”


「ほ……ホントに振り込まれてやがる。こいつ、イカれてやがるぜ……」


ラーレンズのいきおいに明らかにかげりが見えた。


だが、これならどうだと言わんばかりに請求せいきゅうを叩きつけてきた。


「まだだ。最高級さいこうきゅうのエンゲージ・チョーカーはセットで200万はしたぞ!!」


カルバッジアはラーレンズをにらみつけた。


「それで、本当に最後か? んでくれたまえ!!」


ラーレンズの口座こうざに合計900万シエールが振り込まれていた。


彼はよろけながら後退あとずさりをした。


畜生ちくしょう!! てめぇ、ホントにイカれてやがる!! そんな小便臭しょうべんくさいガキに900万も払うなんて正気しょうきじゃねぇ!! へ、へへへ。だがよ、元手もとでは十分もらったからな。そんなガキくれてやる!! 好き勝手かってにしろ!!」


ゲスな富豪ふごうはそう台詞ぜりふのこして逃げだしていった。


大金たいきんを手にしたものの、こんな大恥おおはじさらしたのだ。


彼は今までの暴君ぼうくんのような生活は送れないだろうと誰もが思った。


婚潰こんつぶしには成功したようだが、まだ緊張きんちょうのせいで心臓しんぞうがドキドキしている。


これで一段落ひとだんらくついただろうと一安心ひとあんしんしていると背後はいご神官しんかんから声がかかった。


「あー、えー、では。なおして、エンゲージ・チョーカーの交換こうかんです。新しい新郎しんろうの方は新婦しんぷむかい合ってください」


少年の顔がきつる。


夢中むちゅうのあまりかんがえが行かなかったが、婚潰こんつぶしとは相手から結婚権けっこんけんうばい取ることである。


リーリンカを解放することに必死になっていて、大事なことをすっかり忘れていた。


(えっ!? って事はこれは僕とリーリンカの結婚式けっこんしきになるのか!? ちょっとちょっと……それは……)


「あの……新しい《しんろう》郎さん? 早く向い合ってくれませんかね?」


そこにはぎこちなく力の入った美少女びしょうじょが立っていた。


むかい合ってすぐに素性すじょうを伝えれば、リーリンカが止めに入ってくれるだろう。


そうファイセルはんで大人おとなしく定位置ていいちについた。

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