Dear Ficel.Saplay

ファイセルはカバンの中にあったリーリンカの手紙を読み始めた。


――親愛しんあいなるファイセル・サプレ殿どの


唐突とうとつではあるが、お前にあやまらなければならないことがある。


1つはこの手紙を見つけにくい場所に隠しておいた事だ。


この手紙をいつお前が見つけるかはわからない。すぐに気づくかもしれないが、終わった後かもしれない。


肝心かんじんなのは二つ目にあやまらなければならないことだ。“


ファイセルはここまで手紙を読んでとてもいや予感よかんがした。


特にあやまられるような心当たりも無かったので余計に不安が加速していく。


ファイセルは手紙の続きを目で追った。


“2つ目にあやまらなければいけないこと。


これがこの手紙の趣旨しゅしなのだが、私はお前にうそをついてしまった。


前に私が富豪ふごうに買われる友人の話をしたな? 


そんな友人は実在じつざいしない。実のところ、富豪ふごうに買われるのは――この私だ。


皮肉ひにくにも二人だけの秘密というのは事実で、お前だけにしかこの事は伝えていない。


こんなこと、他の連中に伝えられるわけがなかった。


お前にだけ伝えたのはほんの少し、ほんの少しリーダーにあまえたかったからだ。


だまっていれば良かったのに、それでもお前には伝えたかった。


かすかな希望のようなものにすがったのかもしれない。


しかしこれも運命だと私ははらをくくった。


富豪ふごうの嫁にさえいけば家族や一族が一生いっしょう、生活に苦労くろうせずに済むんだ。


私が我慢すればそれでいい。


もう学院がくいんには行けなくなるだろう。


しかしお前らと過ごした4年間は一生忘れることはない。


他の連中にもよろしくな。


こんな形で別れをげることになるとは不本意極ふほんいきわまりない。


まぁ私らしいといえば私らしいのだろうな。


じゃあな、元気でやれよ。


――リーリンカ・ウァーレン”


まるで、なみだでもこぼしたかのようにインクがにじんだあとがいくつもあった。


ファイセルは呆然ぼうぜんとしていたが、すぐにわれに返った。


「ファイセルくん。どうしたのうわの空で。顔が真っ青だよ」


「あ、あの時、あんなに悲しそうな顔をして……必死にうったえていたのはこういう事だったのかッ!!」


少年は手紙を握りしめてテーブルを強く叩きつけた。


「クソッ!! リーリンカの馬鹿ッ!!」


滅多めったに声を荒げないファイセルがそう叫んだ。


リーネのビンは大きくれ、リーリンカのバッグの中身がガチャガチャとむなしく音を立てた。


「それなのに、それなのに!! 気づいてあげられないなんて!! くそっ、こんなのって無いよ……謝らなきゃいけないのは僕の方だ……」


ファイセルはすぐに脱力してうつむいた。


オルバはあわてることなく、落ち着いて声をかけた。


「おちつきたまえファイセル君。君がそこまで気を乱すとはよっぽどの事だと思う。だが、そういう時だからこそ冷静に対処することが最善さいぜんだと言える。まずは頭を冷やすんだ」


少年は自分が取りみだしていた事に気づき、大きく息を吸った。


もどかしい気持ちはふくらむばかりだったが、気持ちは落ち着きを取り戻していく。


「……その薬をくれた女の子が富豪ふごうに買われていくんです。本人はとても嫌がっていたんですが、一族のしあわせのために、と。結婚って我慢がまんしてするものじゃないですよね……? 何とかして彼女を助けてあげたい。どうにか……どうにかならないですかね」


妖精フェアリーは突然に荒々あらあらしい態度をとったファイセルにおどろいていた。


しかし、その話を聞くと悲痛ひつうな表情に変わった。


彼女はおばあさんにしか何も言葉に出来ないようだった。


オルバの方はと言うとなにか考え込んでいる。


「ライネンテ中央部には娘を売らざるをえないような集落はあっても、富豪ふごうはめったに居ない。貧富ひんぷの差はさほど無いはずでみんな貧しい。となると一族ごとよめ買収ばいしゅうするような富豪ふごうが居るのは東部になるね」


ファイセルはリーリンカの出身地について思い出した。


「確か……ロンカ・ロンカってまちだったと思います。東部の中では大きい規模きぼまちだという話は聞いていますが……」


オルバは無精髭ぶしょうひげの生えたあごをさすっている。


「ファイセル君、”富豪ふごう”っていくら位のお金を持ってる人の事を言うと思う?」


「う~ん、最低でも総資産が1200万シエールくらい無いと富豪ふごうとは言えないんじゃないですか?」


オルバはファイセルの考えを聞くと指を振りながらしたをならした。


「チッチッチッ。それは北部とか、西部の話でしょ。東部の富豪ふごうって言ったら総資産300万シエールくらいからだよ? あとは簡単な話で買われたら買い返す。つまり、その娘を買い戻してしまえばいいんだよ」


オルバは窓の外に目をやりながら続けた。


「東部では富豪ふごうが自分の地位を誇示こじするためにライバルの結婚式で花嫁はなよめを含めて丸々買収まるまるばいしゅうしてしまう”婚潰こんつぶし”っていう風習ふうしゅうがあるんだ。結婚式が終わりきってしまう前ならばコソコソせずに買い戻せるんだよ」


かがやきを失っていた少年のひとみが再び生気せいいび始めた。


「はい! ではファイセル君、東部の男性の民族衣装みんぞくいしょうについて説明しなさい!!」


ファイセルは地理の授業でやった東部地方についての知識を思い出した。


「えーっと伝統刺繍でんとうししゅうのついたノダールという衣装で。マフラー状の布を服の上から巻いていて、頭に巻き付けているノダールの量と質によっておのれの身分を示す……でしたっけ?」


オルバはうなづいてファイセルを指差した。


「ブリリアント!! つまり、ノダールさえ巻けば現地の富豪ふごうに変装できるんだよ。君がその姿のまま結婚式会場に行っても相手にもされないだろう。だが、ノダールをぐるぐる巻きにしていけば誰も文句もんくをいうことは出来ない。時に新婦新郎しんろうしんぷでさえもね」


師匠ししょうは考えをめぐらせながら、部屋の中を歩き始めた。


「おまけに素性すじょうまで隠すことができる。非常に都合つごうがいいんだよ。これで、婚潰こんつぶしの予備知識は出来た。まぁ実際はそう簡単には行かないかもしれないが、チャンスは間違いなくある。問題は彼女がいつ結婚式を挙げるのかってことと、資金面の問題、そしてどうやってロンカ・ロンカまで行くかって事だね」


リーリンカは「今月の下旬げじゅんには帰省きせいする」と言っていたはずだ。


賢人は問題ないとうなづいた。


「まだ時間はあるよ。結婚式の準備にも数日かかる。まだ結婚式を挙げてないと見ていいだろう。これでタイムリミットの問題は解決」


オルバはいつもどおりマイペースかつ、テンポ良く、ポンポンと問題を解決していく。


機転きてんく人物とはこういう人のことを言うのだろう。


流石さすが賢人けんじんと呼ばれるだけはある。


その歩調ほちょうに後押しされて、ファイセルにはもうまよいの色はなかった。




「じゃあ次、資金の問題。確かに東部は富豪ふごうのラインが低いとは言った。でも、実際にどの程度のものなのかはわからない。もしかしたら総資産2000万シエール超えクラスとかもありうる」


師匠の顔がけわしくなった。


「こればっかりは相手が大した資産家しさんかでないことをいのるしか無い。無理してもメンツ丸潰まるつぶれの婚潰こんつぶしだけはけたいだろうから、高値を請求してくるだろう。だが、幸い我々はリッチメンだからね。そんじょそこらの金持ちには負けないのさ」


彼は得意とくいげにおどけて背後のクローゼットを開けた。


そして乱雑らんざつに積まれた布袋を持ってきた。


「なんと、魔術局まじゅつきょくのババールさんが私に300万シエールくれたのさ。頼むからこれで手を打ってくれないかってね。変な貸しを作るのも嫌だから散々断ったんだけど、最終的に玄関先に置いて行ったんだ。全く魔法局まじゅつきょくもお金の使い方を考えたほうがいいよね」


大金たいきんあつかっているとは思えないざつ所作しょさである。


師匠せんせい!! さすがにこれを受け取るわけには……」


「ファイセル君、私にはほしいってものが無くってね。ここでこんな生活をしているとこんなものはさほど重要なものじゃないと思えるんだよ。だから、これは君が使うほうがよっぽど有益ゆうえきだし、正しい」


賢人けんぎんがひょうひょうと言うので、ファイセルは遠慮えんりょするひまがなかった。


すぐに弟子は手持ちの資金を数え始めた。


「えっと、まずアクアマリーネが550万シエール……」


オルバはおどろいたような表情をしながらつぶやいた。


「今、アクアマリーネそんなにするんだ……国内ではあんまり聞かないけど、海外でスケイルメイルとかシールドを製作するプロジェクトが立ち上がってるんだろうね」


旅の想い出を遡さかのぼるようにコインを積み上げる。


「天然ダム決壊けっかいを防いだお礼に50万、ヨーグの森でアテラサウルスを退治して街道を開放した報酬ほうしゅう……」


再び師匠せんせいのぞき込んできた。


「ああ、ダム決壊ってあれかぁ。私の妖精界ようせいかい泥水浸どろみずびたしになったあれかぁ。無茶なことするなと思ったけど、結果的にどろ土属性つちぞくせいとのコネクションが出来たから助かったよ。でももう少し自分の命は大切にしなきゃいけないね」


ファイセルは首を縦に振りながら報酬ほうしゅうを数え続けた。


「90万シエールもありました。あとは魔術局まじゅつきょくの人に協力してもらった報酬金が50万……」


オルバはあきれたように口を挟んだ。


師弟揃していそろって魔術局まじゅつきょくと深く関わることになるとは何の因縁いんねんだろうね。で、何を手伝てつだったの?」


テーブルの上に莫大ばくだいな量のコインが積み上がっていく。


「コフォルさんって人の手伝いでオウガー退治の囮役おとりやくをやってました」


オルバも金勘定かねかんじょう整理整頓せいりせいとん手伝てつだい始めた。 


「また危ないことに首を突っ込んだもんだね。どうせタスクフォースでしょ? オウガーの始末しまつも彼らの仕事だからね。ちなみに彼らはコードネームしか使わない。任務のたびに名前を変えてるのさ」


思わずファイセルの手が止まった。


「なんで師匠せんせいはそんなに詳しいんですか?」


オルバは肩をすくめて答えた。


「だってさ、魔術局まじゅつきょくが私の家までズカズカと上がり込んでくるのに、私が連中のことを何一つ知らされないってアンフェアじゃない? だから私側にも密偵みっていがいるんだよ。おっと、ちょっと口がすべったかな? ほらほらファイセル君もお金まとめて!」


2人は旅路たびじの話など、とりとめないことを話しながらようやくコインを数え終えた。


「え~っと、僕の手持ちの分が200万シエール、銀行に預けてある分を含めると750万シエール。そして師匠から頂いた300万シエールを足すと……1050万シエール!!」


オルバは納得したように深く頷いた。


「う~ん、上出来。これで資金面しきんめんは解決っと。あとは最後の課題、どうやってロンカ・ロンカまで行くか……だね」


ファイセルはオルバが顔をしかめたのを見過ごさなかった。


そして賢人は深刻な顔をして、ロンカ・ロンカへ行く”奥の手”を明かし始めた。

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