第40話 新たな息吹②


リオトの呼びかけに、いつものメンバー――ベルノス、セリフィアム、ウィリアム、そしてネクロドレイク――が、第2層の防壁の外側に集まっていた。


リオトは少し離れた場所からパネルを操作し始める。


「じゃあ、いつも通りで」

「かしこまりました」


ベルノスがリオトの指示に頷くと、リオトは手札から『自然の賢者 グローヴィア』を選び、召喚に取り掛かる。


召喚を選ぶ彼の指が一瞬止まるが、迷いを振り払うように深呼吸をして、召喚を実行する。


ピコンッ!という通知音が鳴ると同時に、リオトを中心に自然が活発に動き出す。


半径10メートル、いやそれ以上の範囲で草花が一斉に生え広がり、リオトの前に木の根が地面から生え出し始める。


それは次第にリオトと同じくらいの高さまで成長し、木の幹が集まり、膨れ上がり、最終的に人の形を取るまで成長していった。


幹が一気に開き、そこには自然と融合した美しい女性――『自然の賢者 グローヴィア』が現れた。


「……自然を……統べる……新たな王……お目にかかれて……光栄です……。自然の知恵を……貴方様に……少しでも……お伝えいたしましょう……」


グローヴィアの体は木や蔦、花々で覆われ、肌は樹皮のようにざらついている。全身が緑と茶色、そして青や白、桃色の花々で彩られており、瞳はエメラルドグリーンでまるで宝石のようだ。長い髪に見えるものも実際には植物で、神秘的な光の球が彼女の周りを漂っている。


右手には木の根や草花が生えた大きな杖を持ち、下半身は木の幹や根が地面とつながっているように見える。


「初めまして、自然の賢者グローヴィア。俺が召喚者のリオトだ。そして、ここアークノクティア国の王だ。よろしく」


リオトが手を差し出すと、グローヴィアは微笑み、木でできた手でそれを握り返す。


「……リオト様……よろしく……お願いいたします……」

「仲間たちを紹介するよ」

「......はい」


リオトがベルノス、セリフィアム、ウィリアム、そしてネクロドレイクを紹介すると、グローヴィアは彼らを一人ずつじっと見つめる。


「……なるほど……深淵を……信奉しんぽうする方々なのですね……」

「グローヴィアは、深淵の教会の人たちは嫌いかな?」

「……いいえ……帝国や……ドワーフたち……悪鬼らに比べれば……むしろ……自然に近い存在です……」

『ほう?自然に反して存在する我を前にして、よく言う』


ネクロドレイクが試すようにグローヴィアに顔を近づける。


「……大いなる……いにしえの龍よ……。私は……貴方が……土にかえり……大地に……恵みを……もたらすことが……本来のさだめだと……思います……。だけど……かりそめの命であっても……生きている方が良い、と……」

『ふん……我が生きていることで、お前たちの愛する緑が滅びてもか?』

「……大地は……死にません……自然も……滅びません……。我らは……どんな状況でも……再生する……。もしも……それができぬ時が来るとすれば……それは……星そのものが死んだ時でしょう……」

『……精霊らしい理屈だ』


ネクロドレイクなりの歓迎が終わり、彼が引いたのを見て、セリフィアムがグローヴィアに近づいた。


「はじめまして、自然の賢者グローヴィア様。私は、深淵の教会で巫女をしていたセリフィアム・エスカと申します」

「……初めまして……深淵の巫女様……。貴方は……とても……不思議ですね……」

「不思議……ですか?」


セリフィアムも初対面でこんなことを言われたのは初めてなのか、驚いた表情を見せる。


「……ええ……貴方も……前の世界に……引っ張られている……ようです……」

「……!?」


グローヴィアの言葉に、その場にいた全員が驚いた。しかし、ネクロドレイクだけは静かだった。


リオトは思わずグローヴィアに詰め寄り問いかける。


「前の世界って、グローヴィアは何か知っているのか!?教えてくれ!前の世界って何だ、神って何なんだ!」

「……リオト様……落ち着いて……。私も……すべてを……知っているわけでは……ありません……。私は……この地の記憶を……ただ……聞いているだけです……」

「.........この地の記憶?」


グローヴィアが少し怯えたような様子を見せたことで、リオトは冷静になり、一呼吸おいてから質問を続けた。


「……はい……森の精霊たちの声……。この星が……最初に芽吹いた時……その最初の芽……それらが……今もこの世界に……生きています……。その記憶を……私は聞いているだけです……」

「それが――前の世界ってことか?でも、どうして前の世界が……別に世界があるのか?」

「……最初に……この地に根付いた木は……この世界で生まれたものでは……ありません……。別の世界から来た……全てが枯れ果てた世界から……」


全てが枯れ果てた世界――それは、すごく悲しく残酷な景色だろう。そこで、リオトはかつて同じような風景を思い浮かべた人物を思い出す。


「それって......セフィが最初に言っていた、記憶の風景か?」


リオトはセリフィアムに振り返り、彼女の反応を伺う。セリフィアムは首を振る。


「枯れている......ううん。私にはわからないわ。私が覚えているのは、むごい景色と、巫女としてのおぼろげな記憶だけよ」


セリフィアムが苦々しい表情をして、呟く。

それに呼応するように、グローヴィアも呟く。

 

「悲しい……」

「悲しい……?」


リオトが繰り返すと、グローヴィアは少し考えて、口にする。


『……リオトに宿る、この地をつかさどっていたなら……知っている……はず……』


グローヴィアの静かな声が、風に溶けるように響く。


「この地を司る王?……それって……!」


リオトは驚きで声を上げ、ベルノスに視線を投げかける。ベルノスもすぐに頷き、眉間にしわを寄せながら、この場で二人だけが聞いた――かの神獣の名乗りを思い出し、言葉をなぞる。


「......太古の森を守護せし者にして、この地の王―――白狼公ガルディウス」


リオトはその名前に目を見開き、心の中に響く何かを感じ取ったかのようだった。


『……そう……』


グローヴィアがゆっくりと頷く。


『......かの王なら...この森を...この世界を......守ってきた……長き時の流れの中で……』


リオトはその言葉を反芻はんすうするように繰り返す。


「世界を……守る?――――から?」


リオトの困惑した顔を見て、ベルノスは少し考え込むように唇を噛み、重い声で答えた。


「……人間……でしょうか?」


だが、その瞬間、ネクロドレイクが鋭い目を光らせ、鼻を鳴らす。彼の巨大な身体が微かに揺れると、周囲の空気が緊張で満たされた。


『違う……もっと恐ろしいものだ』


ネクロドレイクの低い声が地響きのように響き、リオトたちの胸に重くのしかかった。


「恐ろしいもの……?ネクロドレイク、何を知っているんだ?」


リオトは息を飲んでネクロドレイクを見つめたが、彼は淡々と続けた。


『……正確なことは我も知らぬ。何かが脅威となる……それは明らかだが、すべては、時が明かすだろう……』


ネクロドレイクは深く息を吐き、顎を軽く振った。その雰囲気は、セリフィアムに感じたものと同じ、どこか曖昧で、でも何かを覚えている。それはおそらく本人たちにとって煮え切らないモノ。


――でも、それは間違いなく彼の力と、この世界にかかわる何か。


リオトは焦燥感に駆られ、頭を抱え込んだように言葉を吐き出す。セリフィアムはそんなリオトを見て傍に駆け寄った。


「え……待って、じゃあ……俺たちがそのガルディウスを倒してしまったってことか!?世界を守っていた王を……」


リオトの顔に浮かぶのは混乱と後悔。彼はベルノスに目を向けた。ベルノスも驚きと共に眉を下げて、焦りを抑えられない様子だ。


「ぇ......そん、な......まさか!?」


ベルノスも、リオトの言葉に反応して声を上げるが、二人ともどうすればいいのか分からず、ただお互いを不安、後悔、恐怖がひとみった瞳で見つめているだけだった。


突然、ドシンッ!とネクロドレイクの大きな爪が地面を叩き、その音が静寂を切り裂いた。


彼の巨大な頭がゆっくりとリオトに向けられる。彼の表情は変わらず冷静だが、その眼光はどこか洞察どうさつに満ちている。


『落ち着け……知りたいのならば、白狼に聞けばよい。そういうことだろう、精霊」


深淵の古龍の言葉に精霊の賢者はコクリと静かに首を振る。


『ならば、そう時間をかけず召喚できるのだろう?あせるな……すべては、時が教えてくれる。言ったはずだぞ、リオト。.......自分の道を見失うな』


ネクロドレイクの重々しい言葉に続く静かな空気の中、セリフィアムがそっとリオトの隣に寄り添った。彼女はゆっくりとリオトの肩に手を置き、優しく微笑んだ。その瞳には、彼を信じる揺るぎない確信が映っている。


「リオト様……」


セリフィアムの声は、穏やかで静かだが、心に響く力強さがあった。


「今は……冷静にならなければなりません。もしも、かの神獣が世界の守護者であったのなら、貴方がその手で倒したことにも……きっと意味があったのでしょう。それは、今後の貴方の道にも……繋がっていくはずですわ」


彼女はリオトの目をじっと見つめ、落ち着いた声で続けた。


「リオト様なら、きっと正しい選択を見つけられます……今は、焦らず……その時が来るのを待ちましょう」


リオトの目には、未だに迷いが残っていたが、セリフィアムの柔らかく温かい声と落ち着いた姿勢が、彼の心に安らぎを与えた。彼女の手が彼の肩に触れる瞬間、その温もりが少しずつリオトの不安を和らげる。


「……そうだ……そうだ……わかった……」


リオトは苦笑を浮かべながら、ようやく納得したように小さく頷いた。


すると、急に彼は何かに気づいたかのように目を見開いた。


「あっ!」


リオトが急に叫ぶ。その声に、全員が驚き顔を向けた。


「引けるかもしれない!今すぐに!」


リオトは興奮気味に手元のカードを見ながら叫んだ。


「え?どういうことですか?」


ベルノスはまだ理解できていないようで、首を傾げる。


「グローヴィアの召喚効果だよ」


リオトは嬉しそうに手札を確認しながら説明する。


『召喚効果……?』


グローヴィア自身も、自分の力がどう発動したのかを理解していないように、首を軽くかしげた。


「手札から、スペルを二枚引くことができたんだ」


そう、グローヴィアが召喚されたと同時に、通知音が鳴っており、確認すると、手札に入ってきている。


――――――――――


《自然の賢者 グローヴィアの召喚効果により、デッキからスペル『大地の恩恵』を2枚手札に加えます》


大地の恩恵

種類:スペル(レア)

説明:デッキから2枚のカードをドローする。その後、1枚の手札をデッキに戻す。


――――――――――


リオトはすぐにそのカードを確認し、顔をほころばせた。


「よし、これだ……」


ベルノスがすかさずアドバイスする。


「リオト様。さっそく使われては?」


ベルノスの言葉にリオトは頷き、カードを見つめた。


「よし、使おう!」


リオトの手が光るカードに触れた瞬間、勝負のドローが始まる。緊張が辺りを包み込んだ。


――続く。





「漢達には、引かねばならない時がある。戦況を覆す――運命のドロー!!」


――リオトの手に託された最後の希望、次に待つは新たなカード!果たして、白狼公ガルディウスを召喚することができるのか!?


次回、『運命の召喚!白狼の覚醒』――リオトのドローが、未来を変える!



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